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弐.人斬り二人

 目が覚めると、見知らぬ天井があった。

 柚月はのそりと起き上がると、障子戸を開け、廊下に出た。


 眩しい。

 世界が真っ白だ。

 光に慣れると、目の前に小さな庭が現れた。


 塀までたいした距離はなく、狭い。

 が、よく手入れされている。


 柚月は廊下に腰を下ろすと、そのままぼんやりとその庭の方を眺めた。

 柔らかな風が吹き、遠くの方からお祭りのような音がわずかに聞こえてくる。

 すうっと大きく息を吸い込むと、自然と顎があがった。


 空が、広く、晴れ渡っている。

 嫌なくらい穏やかに。

 その中に、黒い点が一点、舞っているのが見えた。


 ――…(とび)、か?


 それにしては、大きいようにも思う。

 高いところで、大きな円を描いている。

 それを見つめるうち、柚月の頭の中で徐々に霧が晴れていく。


 刀を抜き、取り囲んできた仲間。

 暗く険しい山道。


 ふいに脇腹が痛んで手を当てると、義孝の顔が浮かんだ。

 そして、楠木の、残酷な声も。


 ――もう…、戻れないんだな…俺。


 鈍い頭に、ぼんやりとそう浮かんだ。

 もう帰る場所は、無い。

 どこにも――。


 じわじわと湧いてくる実感に胸が重くなりそうになり、柚月はかき消すようにガシガシと頭を掻いた。

 ビックリするくらい、手に力が入らない。


「もう、起きて大丈夫なのですか?」


 突然の声に振り向くと、廊下の角に椿が立っていた。

 やはり、気配がない。

 足音もなく柚月に近づくと、隣に座り、手に持っていた薬箱と、それに乗せていた湯を張った(たらい)を置いた。


「包帯、替えさせて下さい」


 そう言われ、柚月は袖を抜こうとしたが、手どころか、体に力が入らない。

 椿がさっと襟元に手を掛け、助けた。


 するっと着物が腰に落ち、柚月の生身が現れる。

 剣術の心得があるだけあって筋肉がついて締まってはいるが、やはり華奢(きゃしゃ)だ。

 少年や女と言われるのも納得がいく。

 だがその見た目には不似合いな傷跡がいくつもあり、この青年がどんな道を歩んできたのかを、静かに語っている。


 特に背中から左腕にかけて多く、ほとんどがもう薄い。

 古傷、それも、都の武士たちではまず見ることが無い、刀傷だ。


 だがそれでもやはり、人斬り、とは想像しにくい。

 それも、一人で多くの男たちを切り倒すとは――。


 その細い腹に、痛々しく包帯が巻かれている。

 椿は手早く包帯を解き、傷の消毒をして、新しい包帯を巻きなおしていく。

 やはり、手際がいい。

 余った包帯と消毒液を薬箱に片付けると、続けて、湯で手ぬぐいを濡らした。


「あっ、自分でするよ」


 さすがに体を拭かれるのは恥ずかしい。

 柚月は慌てて手ぬぐいに手を伸ばした。

 が、力の入らない手ではうまく握れない。

 手ぬぐいが床に落ちて、ぼとっ、と間抜けな音がした。


「あ」


 思わず柚月の口から出た声も、また、間抜けだ。

 柚月と椿は二人そろって落ちた手ぬぐいを見たまま、言葉がない。

 一瞬、時が止まったような変な間になった。


 くすくす。


 沈黙を破る、かわいらしい声。

 柚月がちらりと目を上げると、椿が口元に手を当て、笑っていた。

 かわいい。

 が、それだけに、余計恥ずかしい。


「…ごめん」


 柚月の頬は真っ赤だ。


「いえ」


 椿はくすくす笑いながらそう応えると、手ぬぐいを拾って濡らしなおし、柚月の腕を拭き始めた。

 柚月は情けないやら、恥ずかしいやら。

 でも、どうにも体に力が入らない。


 されるがまま従うしかないというのに、椿の顔がすぐ近くにある。

 空気に交じって、ふわっといい香りまでしてくる。

 目のやり場に困り、じっとうつむいて耐えた。


 椿の手が、柚月の腕を優しく拭いていく。

 その手には、小さな傷がある。

 手だけではない。

 椿は顔にも、やはり小さな傷がある。

 それが、逃れようのない現実を表している。


 ――夢じゃ、ないんだな…。


 柚月は、改めてそう感じざるを得ない。

 きゅっと唇をかみしめたところに、ふいに椿が顔を上げ、目が合った。


「あぅ」


 これぞ不意打ち。

 柚月は思わず変な声が出た。


「あっ、ありがとう。その…いろいろ」


 気まずさをごまかそうと慌てるあまり、しどろもどろだ。

 だが椿の方は、柚月の慌てぶりを気にしている様子もない。


「いえ」


 そう言って、にこりと微笑んだ。

 その微笑みが、心なしか嬉しそうだ。


 穏やかな空に、鳥が鳴いている。

 日の当たる温かな廊下に、奇縁でつながった人斬り二人。

 奇妙な光景だ。

 それなのに、二人を包む空気は温かい。


 椿は、手ぬぐいを濡らしなおし、今度は柚月の背中を拭き始めた。

 嫌な汗とともに、薄暗い影も(ぬぐ)い去られていくようだ。


 柚月はだんだん気持ちが晴れ、感覚も目覚めてきた。

 肌をなでる風が心地いい。


 口元が緩みかけた、その時。

 ふと、視線を感じて自然と目が向き、同時に、戦慄が走った。


「ぅわぁっ!」


 突然柚月が大声を上げ、椿はその声に驚いて、はじかれたように柚月の視線の先を見た。

 廊下の角から、ひょっこり顔がのぞいている。

 雪原だ。


「あ、気にしないでください」


 雪原はひらひらと手を振っているが、心なしか、にやにやしている。


 どうして気にしないでいられる。

 そもそも、なぜそんな所からのぞいている。

 そして、いつからいた。

 柚月は頭の中に色んな事が駆け巡り、言葉が出ない。


 一方、椿は冷静に雪原が来た理由を察している。

 手早く柚月の体を拭き終えると、柚月と雪原、それぞれに一礼して下がっていった。


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