夜闇の王と
いかにもな王子様、若くして国王となる王子様。いつもキラキラしている服を着ている。今日もキラキラ、無駄にキラキラしている。
「前国王を弑したお前に、もはや恩情の余地などない。シェリル・ランドル、お前を処刑する。」
それはそれは美しい、綺麗な女にそう告げる。
「ふ、ふふふふ、あはっあははははっ!!」
綺麗な銀髪が揺れる。彼女の真紅は弧を描き、空色の瞳は細められる。
なぜだろうか、王子様は苦しげに女を見つめる。
「…とうとう狂ったか。衛兵、こいつを連れて行け。」
衛兵が彼女を捕らえようとした時、ドサッと言う音が響いた。彼女を連れて行こうとした衛兵が倒れた。誰も何もしていないのに。
「連れて行け、ですって??ふふふふふ、面白いことを言うのねぇ??あなたたちが、私に敵うとでも??」
彼女は妖艶に笑う。皆が見惚れるような美しさで。
「!!おまえ、な、にを…」
王子様は目を見開いている。綺麗な翡翠の瞳がよく見える。
「あら、心配なさらないで??そこのおいたがすぎる子は眠らせただけですから。」
妖艶なのに、知的さが滲み出る。そんな表情。
「触れてもいないのに、そんなこと、できる、わけ…」
「ふふ、あなた、本当に忘れてしまったの??それとも演技??ああ、こんなことならもっと早くに逃げるべきだったわ。なんで、あなたたちのことを愛してしまったのかしら。」
そう、彼女は逃げることもできた。すべてを弑して。
でも、それをしなかった。それは、ひとえに愛していたからに他ならない。美しく、哀れな王子様を。逃れることのできない可哀想な王子様を。
「あい、した?」
「あら、知らなかったの??あなたの婚約者としてあてがわれた時から、私、あなたを愛してたわ。私を受け入れてくれたと思ってたし。それなのに、やっぱり私を1人にするのね。」
彼女はすべてを諦めたかのように笑う。もう消えてしまうのではないか、そう思えるような表情で。
王子様は苦しげに目を伏せる。金髪が揺れる。唇は堅く引き結ばれる。
「ま、もう今更よねぇ。私をここまで追いつめたのはあなたたちだもの。私が闇の魔力を持っているからと言って、それだけで排除に乗り出すなんて、ね。」
彼女は笑っている。すべてを諦めた表情で。それでいて妖艶に。
「最初は私のこの力を取り込もうとしたのでしょう??」
彼女は自らの手を見、王子様に視線を移す。
「…シェリル、お前、なんで、…」
「なに?歯切れが悪いわね。何か言いたいことがあるなら言いなさいよ。哀れな美しい王子様。いいえ、愛しい愛しいレ、イ、ル??」
美しく妖艶な笑みを浮かべながら王子様に問いかける。
「っ……たのむから、…そんな風に、泣きながら笑うなよ、たのむから、…」
彼女は涙を流し、笑っている。その、なんと美しいことか。儚げなことか。皆が彼女に見惚れてしまう。
「まあ??」
彼女は自分の手を頬にあてる。
「……私、まだ、泣けたのね。不思議な気分だわ。」
そう言うと同時に、彼女が黒いモヤに包まれ始めた。
「っ!!おい、どうした!なんで闇が!!」
哀しく憐れな王子様は立場も忘れてシェリルのことを心配する。自分のことよりも彼女のことを。
黒いモヤは、少しずつ晴れてゆく。代わりに、この場の足元に広がってゆく。まるで雨雲のよう。
王子様は彼女の元へ駆け寄ろうとするも、動けない。雨雲のような黒いモヤに足を掴まれ、動けない。
「っ!!おい、大丈夫か!!」
王子様は声を上げる。
シェリルはゆっくりと目を開き、まるで不思議なものを見るかのように、自分の手をグーパーグーパーさせているのを眺めている。
あまりにも様子の違うシェリルに、周りの者たちは皆戸惑う。王子様も例外でない。皆が一様にシェリルを目に留める。
しばらく手を眺めていたシェリルは、ゆっくりと王子様に視線を移す。その顔は、まるで泣きじゃくる童のよう。
「……わたし、あなたを、ゆるさ、ない。心優しい、リンを、いじめた。わたし、あなたを、赦さ、ない。夜闇の、覇者、癒しの、王よ。」
シェリルはそう言って、胸の前で手を組む。次第に足元に広がっている黒いモヤが、その黒が、夜闇の色へと変わってゆく。
「おい、シェリル。おまえ、何を言って…」
王子様は、何もすることができない。今更、王子様にはどうすることもできない。
王子様は、彼女が何もしていないと分かっていた。知っていた。
それでいて処刑を決断したのは王子様であるはずなのに。ああ、可哀想で、憐れな王子様。
あなたは王となるには善良すぎた。
「わたし、が、本物の、シェリル。今ま、で、あなた、が、話してた、のは、リン。心優しい、1人の、少女。わたし、が、生まれたとき、から、ずっと、いっしょ。わたし、が、助けを呼んでた、から、きて、くれた。それ、なのに…」
シェリルは歯を食いしばっている。手も堅く握られている。
「どういう、ことだ??お前は、一体…」
皆一様に困惑している。まるで態度が違う、喋り方が違う、1人の少女に。
「あなたには、わから、ない。リンの、悲しみ、なんて。わたしの、悲しみ、なんて。わたしが、呼ばなけれ、ば……リン、は、幸せ、だった、かも、しれな、い。わたしの、せい、で…」
話しているシェリルの体が光りはじめた。
「っ!?お前、何で光って…」
目を開けていられないほどの眩い光。
「もう、レイルはうるさいわねぇ。」
光が収まり目を開くと、先ほどまでシェリルしかいなかったはずのそこには、黒髪黒目の見目麗しい女性がいた。女性は純白のロングドレスを着ており、それも相まって天の使いのようにさえ見える。シェリルより少しだけ背の高い女性は、凛とした雰囲気を持っており、否応なく惹かれる。
突然現れた美しい女性に名前を呼ばれ、目を合わされた王子様はいたく混乱した。突然人が現れたのだ、無理もない。
「リ、ン!!」
「!!お前、誰だ!!」
王子様とシェリルの舌ったらずな声が重なる。
「シェリル、大丈夫、大丈夫よ。」
そう言いながらリンはシェリルを優しく抱きしめる。王子様のことは完全スルーだ。
「リンが、いる!リン、リン!!」
シェリルの綺麗な空色の瞳は、キラキラと輝いている。王子様はもはや開いた口が塞がらないようだ。
「ふふ、シェリル、少し、私の話を聞いてくれる??」
「きく!!リン、の、はな、し!!」
「シェリル、ありがとう。それじゃあ、皆さんには眠っていてもらいましょう。」
リンが指をパチンと鳴らす。すると、ドサっという音と共に、皆眠ってしまった。
「シェリル、私はね、あなたのところへ来たとき、ちょうど前の世界で死んでしまったところだったの。だから、あなたは私を呼んだことを気にしなくていいの。私に対して、罪悪感なんて持たないで。」
「でも、わた、し、リンを、呼んじゃっ、た。リン、たくさ、ん、つらい、想い、した。それ、絶対、わたしの、せい、なの。」
「それは違うわ、シェリル。大丈夫、大丈夫よ。ね?私はあなたに会えて嬉しかったわ。あなたに会えて、あなたを助けることができて、本当に良かった。お陰で、私は私の存在に価値を見出せたのだから。ね、シェリル。だから、謝らないで。お礼を言って欲しいわ??」
「、リン、ありが、とう。わたし、の、ところ、来て、くれて。リン、が、いなかった、ら、わたし、生きて、ない。ありが、とう、リン。」
「ふふっ。ええ、それでいいのよ、シェリル。私はあなたを愛しているわ。真に愛してる。あのね、私はもともとあなたに溶けて混ざるはずの魂のカケラだったの。きっと、今のあなたなら私を受け止め切れる。だからシェリル、手を、出してくれる??」
「リ、ン…いや、いなく、なら、ないで。ずっと、一緒、良い。だから、だから、いなく、なら、ないで。」
「シェリル、よく聞いて。私はいなくなったりしない。あなたと1つになるの。だから、大丈夫、大丈夫よ。ずっと2人で一緒よ。」
「……わかっ、た。手、出す。」
「ええ、さあ、…これで、ずっと一緒よ…」
その声を最後に、シェリルの意識は遠くなった。
「……ここ、は??わた、し、わたし、リンと一緒。リンの記憶、あったかい。私は、リンでもある。シェリルでもある。私たちは、1つ。…」
目が覚めるとシェリルは心地よい布団の中にいた。そのままシェリルは布団の中で幸せに浸っていた。十分浸ったと思って目を開くと、すぐそばに綺麗な顔の男がいた。
「!!」
シェリルは驚きすぎて声も出せない。
「目覚めたか、シェリル。まったく、その顔は何もわかっていないな??」
男は呆れたような顔をする。
「!!」
「表情を見ればそれぐらいわかるさ。何より、お前のことなんだ。さて、説明しがてらなんか食べるか。」
男は甘やかにシェリルを見つめている。かと思ったら、突然シェリルを抱き抱え、ソファへ移動し始めた。
「っー!!!」
びっくりしたシェリルは、おろせと男の胸を叩く。ひょろひょろしていそうなのに、中々に良い身体をしているらしく、相手にダメージはなさそうだ。
「何、お前は先ほど1つになったばかりだろう。こんな時くらい、おとなしく運ばれておけ。」
そう言った男は、ソファについてからもシェリルを手放さなかった。
そんな男に対し、シェリルの中に、なぜ知っているのか、そもそもここはどこなのか、お前は誰なんだという問いが生まれる。
「……あなたは、誰、ですか??」
「俺か??ふむ、そうだなぁ。お前の知っている名で言うなら夜闇の王ってところか??」
そう言った男は満足そうに笑っている。何か、満たされているようだ。シェリルは大きく空色の瞳を見開く。
「!!私の声に、応えて、くれたの??」
シェリルは夜闇の王が応えてくれたことを知り、とても驚く。せいぜい応えてくれるとしても、夜闇の精霊の中の1番下っ端だろう、と思っていたからだ。
「ああ、そうさ。俺のことはクレイと呼んでくれ。」
しばし迷ったのち、シェリルは男に聞いてみる。
「……王、なんで、私の声に応えた、の??」
「さぁ??何でだと思う??あとクレイと呼べ。」
「………わからない。ヒント、欲しい。」
「そうかそうか。ヒントか。そうだな、とりあえず水でも飲め。ひどい声だ。」
そう言った王は、彼女にコップを渡さず、自らが飲む。
「…???」
コップを渡されると思っていたシェリルの頭の中にはてなマークが浮かぶ。
「んっ、んんっ!!」
なんと、口移しで飲まされた。おかしい、これはおかしいとシェリルは思う。それと同時に、恥ずかしくて仕方がない。キスすら初めてなのに、まさか飲まされるなんて。もはやキャパオーバーしたシェリルは赤くなって口をはくはくとさせるしかできない。
「ふふ。これがヒントだ。わかったか??」
そんなことを言っている王はいたくご機嫌だ。甲斐甲斐しくシェリルの世話を焼こうとしている。
「さぁ、次は固形物を食べろ。ほら、口を開けて。」
シェリルはこれがヒントだと言われてさらに混乱する。もう何が何だか本当に意味がわからない。
「!!?!」
「ほら、きちんとふーふーしたから熱くないぞ。ほら、」
「むぐっ。…おいしい。」
食べさせられた料理はとてもおいしかった。
「そうだろう?さあ、食べれるだけ食べるんだ。俺はずっと待っていたんだからな。」
「……??待っていた??私を??」
働かない頭で王の言葉を聞き取る。
「そうだ、お前を待っていたんだ。中々1つにならなかっただろう。そのせいで、なかなか近くに寄れなかったんだ。すまないな、遅くなって。」
「??なんで私待ってた??遅い??何が??」
ますますわからなくなった少女は混乱する。
「ふふ、そうだなぁ。俺にとってお前は唯一なんだ。わかるか??俺は、お前が愛しくてたまらないんだ。だから、これからはずっと、俺と一緒にいてくれ。な?」
そんなことを言われ、シェリルはますます不思議でたまらなくなる。
「…でも、あなたは、夜闇の王。私、ただの人間。なんで、私??しかも、処刑待ち。はっ!!レイル!!衛兵!!あの人たち、ほったらかし!!どうしよう…」
「ああ、そんなことか。心配しなくていいぞ。俺がお前を掻っ攫って行ったことは皆が知っている。文句のつけようもないだろう。問題ないさ。」
「……王、私、……」
「クレイだ。」
「王、」
「クレイ」
「クレイ、私、ここどこか知りたい。」
「ふむ、それではこの城を案内しよう。」
「…あの、クレイ、下ろしてほしい。私、歩ける。」
「何、俺がしたくてやってることなんだ。愛しい番いを片時も手放したくない。だから、俺のわがままを聞いててくれよ。な?」
「……わかっ、た。」
シェリルは渋々了承した。
人々が目覚めると、目の前には夜闇の色の髪と瞳をもつ、それはそれは綺麗な男がいた。男は、シェリルのことを大事そうに抱え、甘やかな目を向けている。しかしながら、人々が目覚めたことを知ると、男の顔から表情が消えた。それは、綺麗な顔とあいまって酷く冷たく見える。
「目覚めたか、愚かな者たちよ。」
男の声は、どこまでも響くような、それでいて消えてしまいそうな、そんな声だった。
「そこの、お前がこの国の王となるのだろう。可哀想に。」
王子様は応えることができない。
「愛するものの想いに気づかず、愛するものを守ることが出来ず、終いには傀儡にされかかるとは。」
男はぐるりとあたりを一瞥する。
「ふむ、そこの、」
指をさされた太った貴族が浮かび上がる。
「ひぇっ」
男は静かに断言する。
「お前だろう、この国の王を殺したのは。」
「ち、ちちちちがう!!!お、おれじゃない!!!」
「ほ〜う、この状況で、この私に向かって、嘘をつくと??」
男は、綺麗な顔に、綺麗な笑みを浮かべた。笑っているのに笑っていないその瞳には、壮絶な色が浮かんでいる。
「ひ、ひぃぃ」
太った貴族は、情けない声をあげることしかできない。
「では、見せてやろう」
男が手のひらを上に向けると、黒いモヤが丸く集まり、広間の中央に浮かび上がった。
そこには、太った貴族と今は亡き国王が映し出されている。
太った貴族の持つ剣に串刺しにされた、今は亡き国王が。
太った貴族は笑う。
『はは、ふはははは!!お前が、お前が悪いんだ、この俺のことを、処刑しようとするから、、』
太った貴族は剣を引き抜く。国王が倒れた場所から、血溜まりが広がってゆく。
『これで、俺は処刑されない。しかも、こいつの息子を王にすればこの国は俺のものだ。』
そこに、賊が入ってくる。
『おい、本当にやっちまったぞ。本当に良かったのかよ。』
美しい賊は尋ねる。太った男は激昂する。
『い、いいに決まってるだろ!!お前、なんか文句あるのかよ!!!』
美しい賊の男は答える。
『あっそ。俺らはお宝と金さえもらえればそれで十分さ。さあ、さっさとその宝石をよこしな。』
『ふん、こんなものくれてやるさ。』
そこで、モヤに映っていた光景は霧散した。
「なあ、わかっただろう??」
父親の死ぬ光景を目にしてしまった王子様は、唇を噛み、手を堅く握りしめ、太った貴族を睨んでいる。
「さ、この茶番はこれで終わりだ。そうだ、そこの、」
男は王子様に近づく。
「まったくもって可哀想な奴だ。お前は王となるには善良すぎる。だが、お前が王位を継がなければこの国は滅び、争いに巻き込まれるだろう。」
男は少し思案する。
「そうだな。リンは哀れなお前を好いていたようだし、シェリルを貰ってゆく礼でもしておこうか。」
男は王子様から視線を外し群衆へと目を向ける。
「ふむ、そこのとそれとそれ、あとはあれとこれ、と。」
男に指をさされた者たちが浮かび上がる。そして、王子様の側に降ろされる。
「次なる王よ。此奴らならば、王のことを助け、支えていってくれることだろう。」
王子様は、男を見つめる。
「…あなたは、いったい、……」
王子様が、やっとの思いで絞り出した言葉。それに男は応える。
「ああ、そういえば名乗っていなかったな。俺は夜闇の王さ。」
応えれば、皆が一様に目を見開く。
「さて、もうこの国に長居は無用だ。我が番い、シェリルは貰ってゆく。ではな、次代の王、レイルよ。」
名を呼ばれた王子様が淡く光る。まるで、夜空に浮かぶ星々のように。
気がつけば夜闇の王は消え、その国の者たちだけが残った。
ある夜、1人の少女が国を去るのと時を同じくして、国王が誕生した。彼は心優しく、民に寄り添う政治を行い、皆に認められた。
一方で、その国王を狙う愚かな貴族たちもいた。しかしながら、一度として国王が傷つけられたことは無く、暗殺者として送り込んだ者たちが死んでいたという。
そのようなことがある都度、王はこう言った。
「それは、夜闇の王の力だ。王は私を哀れに思い、あの夜、祝福を授けてくれたのだ。1人の少女を貰ってゆく代わりに、と。」
その後も国王レイルはよく国を治め、後の世に名を残す賢王となった。しかし、生涯伴侶は娶らず、後には信頼する側近4人に国を与え、任せたという。
「ねえ、クレイ。なんでレイルを助けてあげたの??」
「ああ。それはな、お前の中にいるリンが、あやつを愛していたからだ。」
「うん、確かに愛してた。レイルは可哀想な人だったもの。」
「そうだな。俺たち夜闇に連なる者は、可哀想な者たちのことを大事にしがちだからなぁ。」
「ふふっ。でもね、今、私が愛しているのはあなたよ、クレイ。私を見つけてくれて、ありがとう。」
「っ、ああ、シェリル。俺もお前のことを愛しているよ。」