第二話 神声、存在
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「・・・ふぅ、うぅ・・・げほっ、げほっ・・・」
私たちは山を登っていた。満足な食料も与えられず、足がやせ細っていた私には本当にきつい。
「また喘息か。お前には何故その力があるか考えたことはあるか?それは俺たちの盾になるためだ。俺たちのために生き、俺たちのために死ぬのだ。それはとても光栄なことだろう?もしもお前が死んだとしたらヴァルハラに行けることを祈ってるよ」
ヴァルハラとは、英雄が死ぬときに行く場所だ。栄光ある死に方をしろという時に使う言葉。この場合は盾になって死ねという皮肉のようだが。
「これからドラゴンを倒すというのに、お前は本当に足手まといだな。いっそここで死んでしまえばいいのに・・・なぜイリニアさまはあのようなことを仰られたのだろうか・・・」
私がここに、このパーティに来る事になった理由、それは偏に”女神イリニアのお告げ”だった。”神声”とも言い、教会において発されるそれは、人々を導くものとして崇められ、人間に対する絶対の指針であった。女神が黒といえば人間は黒となるのだ。
それに従い、4年前からこのパーティに所属しているわけだが・・・
「ぅぁっ・・・」
足がもつれ、躓いた。
「ちっこの愚図が・・・ふんっ!」
ギルスは倒れた私の腿を踏みぬいた。べぎりという嫌な音がし、その直後にすぐに治った。
「ぐいぃっ!!!あぁ・・・あ・・・・・・うぅっ、くっ」
倒れたままだともっとやられてしまうため、私はすぐに立ち上がった。
いくら不死だろうが、人間には精神の限界という物があり、それを破ることは難しい。気管が狭まれば苦しいし、精神疲労はどんどん溜まっていく。空腹だって無くなることは無い。
全身を襲う痛みに耐えつつ、私は先頭を進んだ。
「早く行け。ただでさえ急いでいるというのに。ほら、お前のせいで日が暮れて来たぞ?今日は晩飯抜きだ」
「ぁ・・・はい・・・」
またご飯が抜かれる。いくら空腹だろうが、私が死ぬ事は無いというのを理解しているのだ。もうこれで3日はまともな食事をとっていない。
「まあこれで食料の消費が抑えられると考えればそれもいいか。そうだな、お前ら」
「ああ、そうかもな」
「ええ、そうねぇ」
ヴァンの言い聞かせるような言葉に、二人が賛同する。ヴァンが、にやりと笑った。
「どうせ、お前が死ぬ事は無いんだろ?ならば・・・もう、何も食べる必要は無いよな?」
来た。やはり・・・
この日が来ることは分かっていた。
「・・・は、ぃ・・・わかり、ました・・・」
私は、それに小さな声で応じた。
逆らうことなど出来はしない。
「はははっ!!!そうだよな。お前のような穀潰しに掛ける金など毛ほども無いんだ。分かったか?」
「・・・はい・・・」
みじめだ。自分が、酷く小さくて弱いものに思える。もしかしたら、この地球の上で一番不幸なのは私かもしれない。そんなことを考えてしまうほどに私は自分が嫌だった。
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「・・・ルーティアさまに言われて来てみれば、何と惨いことをする・・・これだから人間はいつまでたっても成長しないのだろうな。欲望9割9分9厘ではないか・・・それに引き換え、ルシアは・・・壊れかけだが、まだ間に合う。すぐにとりかかろう」
勇者たちの様子を、上空から見下ろす影が一つ。
「待っていろ・・・私が、助けてやる」
魔王リーア・ゼントレイは静かに呟いた。
もう少しでルシアは助かります。多分