第53話 パトカー
オレは覧に走り寄った。
「びの」
大凶を倒したことで、覧の意識は元に戻ったようだ。
「覧、すまない。オレは……」
「気にしないで。私は大凶に創られた存在。もともと、そういう存在だったんだから」
「だが、覧……」
オレが次の言葉をだそうとしたところで、覧は自分の人差し指をオレの唇にそっとあてる。
「大丈夫。分かってるから」
それだけ伝えると、覧はにっこりと微笑んだ。
大凶が消えたから、私もそのうち消えると思う。自分の体だから、なんとなくわかる。大凶が言ったように、私の存在そのものも消えてしまうのかな……」
「オレは絶対に忘れないぞ」
絶対に忘れない。絶対にだ。
「ありがとう、びの。びのが忘れないでいてくれれば、私はびのの心の中で生き続けることができるよ」
「覧」
「そうだ、念のために、コンパクトを渡しておくね」
「ああ」
覧の体が消えかかっている。
「あれ? 10分も経ってないじゃない。大凶は信じちゃいけないね」
覧が消えること自体が嘘であってくれればよかった。
「覧、痛いところはないか?」
「ないよ、大丈夫」
「びのも消え始めてるよ」
「覧と一緒に同じところへ行けたらいいんだがな」
「びのは元の世界に帰るの。そして、幸せに暮らすんだよ」
覧が言い終えると、覧の姿は全て消えてしまった。
「覧!!」
オレの目の前も白くかすんでいく。
ピピピピピ……
目覚まし時計が鳴っている。
オレはいつも通り、7時に起きた。
あれ? なぜ、制服を着て靴を履いたまま、ベッドに入ってるんだ?
このオレが、どうして?
そう思った瞬間、頭がズキズキと痛くなった。
オレは今まで、何をしていたんだろう?
何か大切なことを忘れている気がする。
何だ?
思い出せそうで思い出せない。
絶対に忘れてはいけないことなんだ。
ウー
家の遠くでパトカーのサイレンの音がした。
『ほら、びのが嘘つくから、詐欺罪の容疑でパトカーが迎えにきたよ』
……って、誰かに言われたような……
思い出せそうで思い出せない。
喉まで出かかっているのに……
そうだ、覧だ!
良かった。覚えていた。
絶対に忘れない。
たとえ他の人が覚えていなかったとしても、オレだけは覚えているからな、覧。
とりあえず、母さんと父さんが覧のことを覚えているか確認しないと。
オレは1階へと降り、リビングへと入った。
「母さん、今日、覧と会った?」
オレは心臓をばくばくさせながら訊いた。
覚えているといいのだが……
「え? 覧ちゃん?」
やはり、覚えていないか……
いや、仕方ない。
きっと、大凶のせいだろう……
「覧ちゃんなら、今日は会ってないわね」
覚えている……だと……?
おかしい。大凶は覧の存在を消すと言っていたはず。
どうして覚えているんだ?
いや、母さんが覧のことを覚えているのは喜ばしいことではある。
「あら? 一緒に異世界に行ったんじゃないの?」
「いや、そうなんだけど……」
異世界に行ったことまで、鮮明に覚えているだと?
いや、それが当たり前なんだ。
きっと大凶が失敗したに違いない。
「ごめん、母さん。覧は異世界で行方不明になったんだ……」
「行方不明? 約束したじゃない。貴方の命にかえても守るって。すぐに覧ちゃんをここに連れて来なさい、びの」
鬼気迫るというのは、こういうことだろう。
「だから、それができないんだって……」
「……ざけないで……」
母さんが蚊の鳴くような声で何かをつぶやいた。
「母さん?」
「ふざけないで!!」
今まで聞いたことのないくらい大きな声で怒声をあげる母さん。
「覧ちゃんは、ノーベル賞を獲るくらいの天才なのよ?」
「いいから、はやく覧ちゃんを連れて来なさい!!」
「え?」
「『え?』じゃないわ!!もし、覧ちゃんが行方不明なんてことになったら、どうなると思う?」
「どうなるって……」
予想はできる……が、それを口に出すのは憚られた。
「稀代の天才が行方不明なんてことになったら、私たち家族が真っ先に疑われるわ。外国に売ったとか、殺したんじゃないかとか、色々な噂やデマが流れる。すべて、私たち家族の責任になるの」
『魔王の悪意をなめるなよ』とは、こういうことか。
そうか。きっと大凶はこうなるように仕向けたんだ。
オレに話しかけているふりをして、覧にもしかしたらこうなってしまうかもしれないと思わせた。
すでに、オレは大凶の術中にいたってわけか……
厄介なことにしてくれた。大凶。
「もし覧ちゃんがいないなら、私たち家族はおしまいよ」
「おしまい……なんでおしまいなんだ?」
ピーンポーン。
チャイムが鳴る。
誰だ? こんな朝早くに。
オレが対応しようとすると、玄関へ向かうと、父さんがさきに対応していた。
「旅乃けびのすさんですね? 戻衛覧さんの育児放棄の容疑がかけられています」
育児放棄だと?
それで警察が来た……
普通に考えればあり得ないことだ。
だが、大凶の畏怖を使えばあり得る話に変わってしまう。
「え? なんですか?」
「こちら、捜査令状です。すみませんが、家の中を確認させてください」
まずい。
覧がいないということがばれれば、育児放棄どころか、殺人犯にもなりかねない。
落ち着け。
それなら、異世界に行って、覧を探しだせばいいんだ。
オレが覧のことを覚えてるってことは、覧はまだ存在しているかもしれない。
オレは、覧に手渡されたコンパクトを覗き込み、城門前へと移動する。
「びの、ここに来ちゃダメだ」
ナルに会うなり、開口一番、言われた。
「どうしてだ?」
ジオフの世界を救った英雄だぞ。
「ジオフの世界を救ったのは覧で、その英雄の覧を殺した凶悪な殺人犯がびのになっているんだ」
「なんだと?」
どうして、こうなった?
「よくわかんないんだけど、何故か、みんなが世界を救った覧をびのが殺したと認識してるんだ。ナルにもよくわかんないんだけど、ナルの認識もびのが覧を殺した凶悪犯だと思ってるんだ。そんなことあるわけないのに」
くそっ、大凶か。
これも魔王の悪意というやつだ。
どうやったのかは分からないが、オレが殺人犯だという世界を創り出したのだ。
「いたぞ、勇者の覧様を殺した凶悪犯めっ!! みんなで捕まえて処刑しろ!!」
「王子様は、ナルがびのと会える伝手を知ってる。だから、ナルも監視されていたのかもしれない。逃げろ、びの。ここにいたら殺されてしまう」
くっ、現実世界でも異世界でも、オレの行き場はないってことか……
オレはどこで間違えた? 何を間違えた?
一体、何を……
いや、そんなことより、この現状、どうする?
どちらの世界に行っても、オレは殺人犯だ。
それなら、魔王の住んでいたという魔界に……なんて行けるわけはないか……
現実世界に戻って、自白をするしかないか……
もともと、覧の存在はなかったのだとしても、オレが大凶を殺し、結果、覧を殺したことにかわりはないのだから。
現実世界なら、オレを弁護してくれる人もいるかもしれない。
この荒唐無稽なストーリーを信じてくれる人がいれば……だが。
俺がジオフの世界から、現実世界に帰ると、覧から貰ったコンパクトがパリンと割れた。
家の全身鏡は、一方通行。
コンパクトなしには、帰ってくることはできない。
無暗に誰かをのぞかせて、ジオフの世界に送れば、オレは誘拐犯としてさらに罪を重ねてしまうだろう。
これで、ジオフの世界を証明することも難しくなったってわけか。
オレは現実世界に戻り、警官にも弁護士にもジオフの世界のことや、覧の存在のことなど、すべてを正直に告白したが、オレの話は信じてもらえなかった。
精神鑑定もされたが、オレは正直にその質問に答えたため、責任能力があることが認められた。
罪状は、殺人罪及び死体遺棄で、判決は終身刑だった。




