第50話 吾妻鏡
「ははは、信じられないのも無理はない。まさか、自分の想像に依って、覧の体型がその都度変わるなんてこと、受け入れられるわけがないよな」
「そんな……」
そうそう、びの、その絶望に染まった表情、ぞくぞくする。
「加えて言うなら、びの、お前は本来の姿じゃない」
「オレが本来の姿じゃないだと?」
「ああ、お前は2100回目に俺を殺した。俺は死の間際、新たな魔王を生み出したのだが、その時、2100回目のびのと取引をしたんだ。お前の望む世界にしてやるかわりに、もう一度この冒険を続けて欲しい……と。快諾した2100回目のお前は、『強くて賢いびの』という設定を望んだ。それがお前だ。2101回目のびの」
その新たな魔王が俺の能力をどれくらい継承させたかがわからないから、困りものなのだ。
以前のびのはレベル上げもできなかったし、装備も満足にできなかった。
今のびのはレベル上げもできるし、装備も出来ている……
以前、俺が施してあげた因果律・畏怖がどれくらい残っているのか分からない。
あの能力が解除されていないのが唯一の救いなんだがな。
「強くて賢いという設定?」
「そう、設定。2100回目までのびのは、強くもなければ、賢くもない、ステータスほぼ1の底辺中学生なんだよ」
「オレが底辺だと……そんなの信じられるか」
言葉を飲み込むびの。
「まったく、さっきから、自分のことを『オレ』って言ってるけどさ、俺からしてみたら、それ、違和感の塊でしかないんだぜ……」
「なんでだ?」
「2100回目までのびのの一人称は『僕』だったからな。まるで、俺の真似をしているみたいで、あまりいい気持ちはしなかったぜ」
「オレはそんなことしらない」
「知らないのも無理はないさ。世界を繰り返すたびに、お前は忘れるんだから」
そう、何度も何度も忘れるんだ。びの、お前は。
繰り返すたびに。
そこは2101回目でも同じだろう。
俺たちのことも、過去のことも全て忘れるのだ。
「楽しかったか? オレTUEEEE――のヒーローごっこは」
「ふざけるな!」
『お前を許さない。絶対殺してやる』……か。
「おっと、俺を殺すのか? いいぜ、殺せ。そうすれば、覧も消えてなくなる」
「オレは、オレは……」
さあ、びの、どうする?
びのは、どう決断する?
「覧を連れて、元の世界に帰る」
「言うと思ったぜ。どうぞ、お帰りください」
「なんだと?」
『大凶はもしかしてオレと覧が元の世界に戻ったとしても、覧のことを消すこともできるのか』……と思ってしまったな、びの。
因果律・畏怖発動。
2100回目に覧にかけておいたあの能力だけはまだ残っていたから、その必要もないと思ったが、念のため心の中で発動させた。
「くくく……お前の想像通り、俺は覧を生かすことも、殺すこともできる」
もし仮に、あの能力が残っていなかったとしても、今回のお前の心の声に因果律・畏怖をすれば、結果は同じだったがな。
俺は不敵に笑った。
「そんなはったりに引っかかるか」
「はったりだと思うなら、どうぞお帰りください。ただし、覧ちゃんは、俺のところに」
「……ハイ」
覧は俺の命令をすんなりと受け入れ、俺の隣へと立つ。
俺は覧に後ろから抱き着いた。
あー、果物のような甘い香り。
もう、ずっとぎゅっとしていたい。
「覧、どうしたんだ? なぜ、その女に従う?」
「だ・か・ら、言ってるだろ? 覧ちゃんは俺が創ったの」
本当はここでコンパクトをいただいて、びのの世界とジオフの世界を支配してもいいんだけど、そんなことをしたら、びのが怒り狂って、対策を立て、俺をいの一番に殺しにくるだろう。
今ここで完全にお邪魔虫をしっかりと排除してからのほうが、世界征服しやすいはずだ。
「あれ? 私? なんで、大凶の腕の中にいるの? 離して」
覧は抵抗をし始めた。
「はい、抵抗しない」
「ハイ」
俺の命令を素直に受け入れ、抵抗を止める覧。
「覧を解放しろ」
「ここは魔王らしく、ふははは、囚われの姫を開放してみろ、びの!!……というのがセオリーなんだけど、それで、怒り狂ったびのが不思議な力に目覚められても困るからなー。要求通り、覧の主導権をびのに戻してあげよう。意思のないお人形さんを屈服させるのは、つまらないし。覧、びの側について」
「ハイ」
素直にびののほうへと向かう覧。
「あれ? 私……」
正気に戻って、目をぱちくりとさせる覧ちゃん。
うーん、キュート。
「大凶、魅了の効果を使ったのか?」
「違うってば。魅了の効果は一定時間しか効かないだろーが。でも、俺が覧ちゃんに施した能力は半永久的に続くの」
おいおい、頭いい設定なんだから聞きなおすなよ、びの。
「お前の施したの能力?」
「ああ、俺が覧に与えていた能力。覧には、吾妻鏡という能力をつけていたんだよ」
「吾妻鏡?」
「何で、俺がびのにわざわざ自分の能力を解説しないといけないんだよ?」
「いいから教えろ!!」
なんで上から目線なんだよ、びの。
「教えてください、魔王大凶様……だろ?」
「くっ……」
唇を噛んで、うつむくびの。
「びの、そんな奴に、頭下げてまで教えてもらう必要なんかないよ」
あ、そーゆーこと言っちゃうんだ、覧ちゃん。
「別に教えなくてもいいんだぜ、びーのー」
そういう態度をとるなら、こっちには、教える必要などこれっぽっちもない。
吾妻鏡ってなんだろう??……と疑問に思いながら死んでいくといい。
「教えてください、魔王、大凶様」
頭を下げるびの。
ははは、屈服しやがった。
ざまあねえな。
そのまま教えてやってもいいが、それじゃあ、つまらない。
「え? 何だって? よく聞こえなかったな。もう一度大きな声で言ってもらえるか?」
「びの、本当にダメ」
「覧ちゃん、うるさい。今は、俺とびののお話なんだから、部外者は入ってくんな。もう一回お人形さんに戻して、あーんなことやこーんなことしちゃうぞ?」
俺は凄みを利かせ、覧ちゃんを黙らせる。
「くっ……教えてください、魔王、大凶様」
びのは大きな声で深々と頭を下げた。
「そこまでお願いされたなら、教えてあげるぜ、勇者びの。吾妻鏡の能力を。俺の能力吾妻鏡は、俺が指定したやつの隣にいて、妻のようにかいがいしく世話をさせる能力さ。2100回目のびのが覧につけていた俺の能力を解除していたかと思っていたが、残っていて助かったぜ」
「なんだと?」
くくく……絶望しろ、びの。
「その能力に縛られていたせいで、覧はずっとびのの隣にいたんだ。約2100回もかいがいしく世話をした覧。可哀そうに。自分の意志ではなく、魔王に操られてびのの世話をしていたなんて……今すぐに解放してあげるからね」
無理矢理勇者のお付きをしている覧を解放する勇者かのように話す俺。
こんなアホな男にずっと付き合わされるなんて、考えただけでぞっとする。
まあ、させたのは俺なんだけどな。
「そんなの、ウソだ。はったりもいい加減にしろ」
「はったりだと思うなら、吾妻鏡の能力の対象を俺に変更してもいいんだぜ? もちろん、覧ちゃんはお人形さんのように扱うけどな」
正確に言うならば、信頼関係が成り立っていない俺を対象にすると、覧の思考が0になり、人形のようにしか扱えない。
覧は意志のない人形になり下がるのだ。
覧の思考を0にしてしまうと、俺の因果律・畏怖が使えなくなってしまうから、もろ刃の剣の一面もあるけれど、そこは黙っておこう。
「小説のタイトルにするなら、【天才美少女の成り下がり~勇者のお付きをずっとやってたのに、実は魔王の配下でした~】……ってところ? ざまぁ系かな? ああ、甘美な響き。考えただけでぞくぞくする」
「お前を倒す」
「ふーん、やってみれば?」




