第44話 断末魔
「オレたちの世界では、『鳩が豆鉄砲くらう』って言葉があるが、あんた、そんな顔してるぞ」
「ひっく、ひっく、なんで? なんで、わたくしの650000のステータスに対応してるの?」
回復魔法を使えないので、右肩の近くにある血管を力ずくで押さえつけ、なんとか止血する。
右手は、まるで脱臼したかのようにブランとなり、力が入らなかった。
「それはお前が弱いからだろ?」
「ひっく、ひっく、わたくしが弱い? そんなはずないの!!」
「ちなみに、オレのステータスは、レベル777で、全ステータス777777だ。覧はどうなんだ?」
「私はレベル680で、大体680000位かな」
「ウソをつくな!!」
勇者が777777で、美女のアベレージが680000だと……
ステータス・チェックをするまでもなく、はったりに決まっている。
「ウソじゃねーよ。ウソだと思うなら、俺たちをその赤い手で捕まえればいいだろうが」
そうだ、勇者の言う通りだ。
わたくしがこの赤い手を使って、勇者か美女をこの手で捕まえればいいのだ。
もし、本当なら、相手の百倍のステータスで戦える。
わたくしは美女目掛けて駆け出す。
「きゃー、こっちこないで。いやーーー――」
美女が突然断末魔をあげる。
ふん、やはりウソだったか。
美女はわたくしのスピードについて来れるわけが――
「――なんてね。ウォーター・ウォール」
わたくしの行動に気付いた美女がわたくしの目の前に水の壁を召喚する。
どういうことだ?
わたくしのスピードについてきているだと?
わたくしは召喚された壁をギリギリのところでかわし、左手を伸ばす。
よし、捕まえた――
――と思った刹那、わたくしの目の前から姿を消した。
また消えた。
一体どこへ行った?
「ちょっと、びの。私を捕まえようとしてるんだけど」
わたくしが振り返ると、そこには美女がいた。
「今みたいに鏡を使って転移すればいいじゃないか」
「それはそうなんだけど、万が一捕まったら、相手の方が有利になるじゃない」
「大丈夫だよ。相手は手負いだし、こっちは強化魔法でバフってもいるんだから捕まるわけないって」
「そんなバズってるみたいなノリで言わないでよ」
「先ほどまでは、確かに、勇者の平均は6500前後、覧は112だったのに何故?」
そんなはずはない、そんなのはったりだ……と言いたいのだが、それくらいの強さがないとわたくしの攻撃に対応することなどできない。
わたくしは言葉をひっこめざるを得なかった。
「情報古いんだよ、お前。それは昔のオレたちのステータスだろ?」
「ひっく、ひっく、情報が古い?」
そんなはずはない。
勇者と美女、合わせて3分程度しかこの場を離れていない。
3日会わざれば、刮目して見よ……という言葉は知ってるが、3分会わざれば、刮目して見よ……なんて言葉は聞いたことない。
何を言ってるんだ? この男は?
「オレと覧がお前の前から姿を消した時、レベル上げしてたんだよ」
「ひっく、ひっく、レベル上げ? そんなことできるわけがない」
3分だぞ?
「できるんだな、これが。町の近くにハードスライムっていうモンスターの住処があってな。そこで、ハードスライムを倒しまくったってわけ」
ハードスライム……たしか、1匹倒せば、一気にステータスに変化が現れるというモンスター。
存在は知っている。
硬い上に、ぶよぶよとしていて、全然倒すことのできないモンスターだ。
しかし、この砦にそんなモンスターはいない。
確か、ジオフの世界ではリネマの街の近郊にひっそりと棲んでいたはずだ。
「ひっく、ひっく、おかしいの。ここから、街まで馬で何分かかると思ってるの?」
3分じゃ、この砦を出ることも難しいはずだ。
「この鏡があれば、町まで1秒もかかんないんだぜ」
勇者たちはわたくしに手鏡のようなものを見せつけてきた。
「ひっく、ひっく、そんなものあるはずがないの」
移動手段が1秒?
そんな移動手段がジオフの世界にあるなんて聞いたことがない。
そんなの初耳だ。
「たった今見ただろ? 覧が一瞬で消えるところを」
「ひっく、ひっく、それは透明人間になっていたのではないの?」
「そんなわけねーだろ。何なら、確認してみろよ?」
「ひっく、ひっく……ステータス・チェック」
勇者に促され、わたくしは二人のステータスをチェックする。
愕然とした。
2人ともわたくしよりステータスは上だ。
そのうえで強化魔法をかけているのだから、もはや、わたくしに勝ち目はない。
「どうやら、信じたようだな」
「それにしても、恐ろしい発想だよね、びの。ボス戦の途中で、戦線を離脱してレベルを上げるなんて。普通、ボス戦は逃げられないから、その前までにレベルを上げて戦いに挑むのが常識なのに」
「それは、ゲームの常識だろ? これはゲームなんかじゃない。リアルなんだ。リアルなら時間さえあれば、何してもオッケーだろ? 瞬間移動してレベル上げをしたって問題ない」
「確かに」
悪魔のように笑いあう勇者たち。
こんな悪魔にわたくしは勝てない。
脚はさっきからがくがくと震え、まともに立っていることさえも難しい。
わたくしは、ゆっくりとゆっくりと勇者たちから後ずさった。
「一人が戦線離脱をしている間、どうやって時間稼ぐかに思案したけどな」
「びのと私が二人で同時に居なくなれば、増強はこの場所から逃げるかもしれなし、逆に、二人で戦い続けてたら、レベルアップできないもんね」
話続けながら、一歩、また一歩と距離を詰めてくる、勇者。
わたくしは少しずつ後ずさる。
「どちらかが、ここにいて足止めをしないとな、覧」
「びのが赤い手に捕まった時はどうしようかと思ったよ」
ふふふ……とにこやかに笑う美女。
笑ってはいるが、明らかに目は怒っている。
「だから、それは謝っただろ――」
よし、仲間割れをしそうな雰囲気だ。
仲間割れをした瞬間、逃げるしかない。
わたくしは裏口へと続く秘密のドアへと目線をやり、一歩だけ近づいた。
「――おっと、どこへ行くつもりだ? 増強ちゃん?」
しまった。
みつかった。
わたくしは出した脚を後ろへとひっこめる。
どんっ。
「ひっ」
何かが脚にぶつかり、驚いて後ろを振り返る。
そこには、ひんやりとした壁があった。
もう、どこにも逃げられない。
「ふふふ……逃げようたってそうはいかないよ」
「ああ、オレ達から逃げようなんて、そんなの、アイスキャンディーより甘い考えだぜ」
勇者たちはわたくしに迫ってくる。
逃げ場はもうない。
「やめ……」
やめてと言おうとして、言葉がつまる。
ひざが折れて、壁のところでしゃがみこんでしまった。
「さてと、びの、おしゃべりはこれ位にして……」
「ああ、そうだな、覧。魔王を屠りますか……」
勇者たちの影がわたくしを覆う。
もう、勇者たちに視線を向けることさえできずにうずくまってしまった。
「ひっく、ひっく、あっあ……あっ……」
もはや、声が声にならない。
カチャリ……という音。
おそらく、勇者が魔法剣を抜いたのだろう。
「大丈夫だ。一撃で決めてやるから」
くっ、わたくしはこのあと、死ぬ……
何かできることはないのか……
そうだ、酔狂お義姉ちゃんに伝えられるかな……
酔狂お義姉ちゃん、逃げて。
勇者には絶対に勝てない。
「増強、お前の敗因は、オレたちを知らな過ぎたことだな」
「ひっく、ひっく……いやーーーーーーーーーーーーーー」
わたくしが断末魔をあげると同時にわたくしの意識はなくなった。