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第42話 赤い手

 美女の姿形が視えない。


 分かった。


 作戦といいつつ、この場から逃げたのだろう。


 わたくしのステータスは今や11200。対して、美女のステータスは112。


 勇者が足手まといにしかならないと判断したのだ。


 だから、逃がした。


 なるほど、悪くない手だ。


「索敵魔法」


「おいおい。索敵魔法も使えるのかよ……すげーな」


 勇者の反応をスルーして、わたくしは索敵魔法をつかい、逃げた美女の行方を念のため確認する。


 本当に逃げただけであれば、追いかける必要もないが、どこかに援軍がいて、そいつらを呼ばれても面倒だ。


 ん?


 どこにもいないだと?


 いや、待て。


 わたくしの索敵魔法でも捉えられないわけがない。


 わたくしの索敵魔法の範囲はこの砦の中はもちろん、本気を出せば半径1km圏内までなら感じることができるというのに、その感知にも引っかからない……


 女は煙のようにこの場から消えた。


 どういうことだ?


 近況の【濃霧】のように感知させない力があるのか?


 いや、そんな能力があるなら、最初から使っているはず。


 そんな隠密行動ができるのであれば、ドラゴンにも悟られずにここに侵入することさえできるはずなのだから。


 じゃあ、何故、気配がないんだ……


「なあ、目ばかりつぶって、覧を探してないで、オレの相手をしてくれよ」


 勇者は眉一つ動かさずに、わたくしを挑発してきた。


 ふざけるな。


 見えてる相手より見えない相手が優先だ。


 考えろ、考えるんだ。


 今、ドラゴンを倒したことで手に入れた魔法か?


 そうだ、その可能性がある。


 ドラゴンと戦っている最中、【濃霧】のように探知できない魔法を覚えたのだ。


 もしそうであるならば、いつ不意打ちを食らってもおかしくない。


 勇者は剣を構えたまま微動だにしないところをみると、何か罠をしかけたのかもしれない……


「無視かよ」


 当たり前だ。


 これで動いたら、罠にかかって一巻の終わりかもしれないからな。


「おい、増強とやら、不安が顔に出ているぞ」


「ひっく、ひっく、そんな表情していないの。戦いの最中に女はどこへ行ったの?」


 感知ができなかったので、目の前の男に尋ねる。


「さあな。目に見えないほどの速い速度で動いているとか?」


「ひっく、ひっく、それなら、わたくしの索敵魔法が感知しているはず」


 はやく動いているのなら、周りの風の流れが変わるから、簡単にひっかかるはずだ。


 おそらく、風の流れに逆らわずにたゆたっているのだ。


 だから感知ができない。


 きっと、そういう魔法のはずだ。


「それなら覧は透明人間になれるんじゃないか?」


 透明人間? なんだ、それ?


「ひっく、ひっく、透明人間って、何?」


「透明人間は透明人間さ。見えなくなるんだよ」


 そんな人間がいるのか?


 落ち着け。


 そんな人間がいるはずない。


 わたくしを混乱させようとしているのだ。


 今ここでするべきは、索敵魔法を止めて、目を開けて、周囲を見回すこと。


「どうするんだ。オレと戦うのか? それとも、覧が見えるようになるまで待つのか?」


 勇者は女が見えるようになると言った。


 ウソじゃなければ、この場合考えられることは、2つ。


 1つ目、挑発をして、わたくしが動くのを待って、カウンターを狙っている可能性。


 2つ目、わたくしの足止めをして、時間稼ぎをしたい可能性。


 それなら、カウンターに注意しつつ、魔法で攻撃することが、今の最適解。


 動かないことは不正解のはずだ。


 わたくしは目を開ける。


「お、やっと、オレにかまってくれるのか」


 言いながら勇者は剣を構えなおした。


 30秒ほど膠着状態を続かせる。


 勇者は剣を構えて、つっ立っているだけで、攻撃を仕掛けてくる様子はない。


 やはり、動いたほうがいい。


 息を整えながら自分のタイミングをはかる。


「ひっく、ひっく、ウォーター・スラッシュ」


「芸がないな。お前の魔法の太刀筋は、もう見切ってんだよ」


 勇者は、上半身を後ろにそらし、水の剣戟をかわす。


 その魔法は陽動。


「つかまえた」


 わたくしは勇者の腕を捕まえる。


 その瞬間に赤い手を発動。


 よし、成功だ。


 これで、わたくしのステータスは650000。


 これなら、美女がどこかに潜んでいて、全力で魔法を唱えたとしても、大したダメージにはならないはずだ。


 わたくしの勝ちが決定だ。


「しまった」


「ひっく、ひっく、勇者の能力をコピーしたの」


「そのようだな」


「降参するなら、今なの」


「ふーん、なるほど、まるほど。お前の能力の時間は100秒ってところか?」


 勇者はわたくしの言葉をスルーして、わたくしの能力を解析しようとする。


 100秒で能力が勝手に解除されると思われても困る。


「ひっく、ひっく……勘違いしちゃいけないの。弱い人間だったら、100秒で解除するの。もし、強い人間だったら最大100日の間、ハンドレッドの効力を続かせる……これを繰り返していけば、わたくしをいじめる人間はこの世からいなくなるの」


 本当は100日ではなく100分だが、わざわざ本当のことを言う必要もない。


 わたくしの勝ちが確定していることだけ伝えれば事足りるのだから。


「脅しても、その姿じゃ、怖くともなんともないぜ」


 ふん、わたくしのことが怖くないと言ってるときは大体が虚勢だ。


 こういう魔物は魔界で何度も戦ったからわかるんだ。


「びの、お待たせ」


「待ちくたびれたぞ、覧。」


 え? ちょっと待って。


 この美女どこから現れた?


 急に現れた気がしたが……


「ごめん、思ってたよりも時間がかかった」


「体は大丈夫か?」


「うん、体は大丈夫」


「無事で何よりだ」


「戦況は?」


「こっちはしくじっちまって、増強に腕を触らせちまった」


「え? マジで?」


「マジだ」


「じゃあ、びののステータスの100倍?」


「そうだ」


「失敗は誰にでもあるけど、この失敗は取り返しつかなくない? 無理ゲーじゃん」


「10秒だけもってくれ」


「もつかなー、10秒も」


「じゃあ、よろしく」


「ちょっと、本当に気を付けてよ。最悪死ぬかもしれないんだから」


「わかってるよ」


「ひっく、ひっく、わたくしを無視して話を進めるんじゃないの!」


 わたくしが怒鳴ると、今度は勇者の姿が消えていた。


 美女の次は勇者……


「ひっく、ひっく、勇者はどこへ消えたの?」


「え? それを戦ってる相手に訊くの? それおかしくない?」


「ひっく、ひっく、いいからわたくしの質問にこたえるの」


「それなら、こちらまでおいで。鬼さんこちら、手のなる方へ」


 手をパンパンと叩きながら美女はわたくしを誘導する。


 行くべきか行かざるべきか……


 いや、待て。


 まだ、わたくしは索敵魔法を使っていない。


 この美女はおそらく、こちらが移動するように仕向けているようにしか見えない。


 まずは冷静に状況確認だ。


「ひっく、ひっく、索敵魔法発動なの」


「あれ? 増強、何で周囲を警戒してるの?」


 美女がいなくなった時と同様に、勇者の姿も検知できない。


「ひっく、ひっく、また、透明人間になったの?」


「ああ、透明人間に会うのははじめてなのかな?」


「ひっく、ひっく、透明人間ならさっき貴女もなったはずなの」


「ああ、そうだったね……」


 この美女、口を滑らせたな。


 この美女は、『透明人間に会うのははじめてなのかな』と訊いてきた。


 ……ということは、先ほどは透明人間ではなかったと吐露するのと同義。


 つまりは、あえてわたくしを誘導するような発言をすることで狙っているのは時間稼ぎなのだ。


「ひっく、ひっく、貴女じゃ決してわたくしには勝てない」


「そんなのやってみないと分からないじゃない?」


 やらなくてもわかるだろうに……


 この美女のステータスは112なのに対して、わたくしのステータスは勇者のステータスをコピーしたので、およそ650000。


 赤子の手をひねるほどに簡単な作業だ。


「ここで降参するのなら、助けてあげるの」


「冗談でしょ?」


 美女はがくがくと震えながら冷や汗を垂らして、わたくしをじっと見つめる。


 こんな恐怖に怯えた美女を殺さなくてはいけないなんて、本当に残念だ。


 さてと、この美女を殺すか……と行動にでようとするのだが、気がかりなことが一つだけある。


 姿が見当たらない勇者のことだ。


 落ち着け。


 わたくしのステータスは勇者の100倍なのだ。


 仮に勇者が透明人間になってわたくしの隙を狙っているとしても、何も怖れる必要などない。


 それよりは時間稼ぎをして何を企んでいるかのほうが気になる。


 だから、時間を与えないのが最善なのだ。


「ひっく、ひっく、苦しまないように一撃で勝負を決めてあげる」


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