第41話 増強
「ひっく、ひっく」
わたくしのドラゴンが全滅した。
せっかく魔界で手なずけた友達なのに。
魔王同士、近くに居てはいけないと言われていたから、寂しくてドラゴンを召喚してもらっただけなのに……
一瞬で人間に殺された。
こうなることが分かっていたなら、お願いするんじゃなかったな……
わたくしのミスだ。
人間とも分かり合えると甘い考えを持っていたのもわたくしのミス。
なんて腹立たしいの。
「お前が増強か?」
人間の男が尋ねてくる。
名乗らなきゃ。
人間は我々魔王を全て滅ぼせば、世界が平和になると信じている。
わたくしが名乗らなければ、ジオフにいるほかのモンスターが魔王だと疑われて、被害にあうだろう。
わたくしのせいで他の魔物が襲われるのは心が痛む。
それならば、正々堂々と名乗って、わたくしを狙うように仕向けるのがわたくしの使命。
大丈夫。
数も強さもわたくしの能力の前では無力に等しい。
「ひっく、ひっく、わたくしの名は増強なの」
「そうか、お前が」
わたくしがそう名乗ると、人間の男からすさまじい殺気が感じられた。
最初の兵士と同じだ。
この男は、わたくしが魔王だと分かった瞬間、殺気をこめて襲ってきた兵士と同じ目をしている。
あんなに殺しつくしたのに、あの惨状を目にして、まだ戦おうとするのか、人間という生き物は。
本当に腹立たしい。
「ひっく、ひっく、あなたもわたくしをいじめるの?」
泣いている状況じゃないということは分かってるのに、涙を止めることができなかった。
「気をつけて、勇者びの」
「分かってるよ、覧」
あえてだろうか?
男の傍らにいた美女が勇者を強調して言った。
そうか。この男が勇者。
この男がいるから、人類が希望を捨てずに、わたくしに襲い掛かるのだ。
この男さえいなければ、人類は絶望し、魔物が棲みやすい世界に変わるのかもしれない。
「ひっく、ひっく、勇者……貴方がいるから、みんなで寄ってたかってわたくしをいじめるのね?」
貴方さえいなければ、もう、友達が殺されることもない。
魔物は人間とも仲良くなれるかもしれないと思っていたけど、それは淡い夢だった。
だから、わたくしはこの男を全力で殺す。
赤い手、発動!
わたくしは全速力で勇者と呼ばれた男につかみかかる。
あと、もう少し……
「びのに近づく女には、指一本触れさせない」
隣にいた美女がわたくしと勇者の間に入った。
しまった……と思った時には、すでに遅かった。
能力・増鏡で女の能力をコピーしてしまう。
一度コピーしてしまうと、その能力を時間になるまでは、他の能力をコピーできない。
仕方なく、美女の能力をわたくしの能力・赤い手で百倍にする。
「ひっく、ひっく、ステータス・チェックなの」
「ステータス・チェック?」
美女はびっくりしている。
どうやら、わたくしが魔法を使えることに驚いているようだ。
「おいおい、魔王がステータス・チェックの魔法を使えるなんて、聞いてないぞ、すげーじゃねーか」
わたくしは二人の驚きを完全にスルーし、表情を出さないまま、美女のステータスをチェックした。
どうやら、ステータスの開示はしているようだ。
この女の能力は、全て112か……
すごく強いというわけではないが、弱くもない。
百倍すると、11200。
全てのステータスが11200なら、冷静に対処すれば、この二人を倒せるかもしれない……
「ひっく、ひっく、ステータス・チェックなの」
勇者がステータスを開示しているかどうかはわからなかったが、念のためチェックしてみる。
よし、見れる。
アベレージ、6500……これなら勇者にも遅れを取らずに戦える。
ドラゴンと戦ったせいだろう、この男には疲れもあるようだ。
もしかしたら、遠距離魔法でもたおせるかもしれない。
「ステータス・チェックを2回したってことは、オレたちのステータスばれてるんじゃないか?」
「私たちの個人情報が……」
そんなに情報が大切だったら、非公開にでもすればよかったのに……
少しだけイラっとしたが、そんなことを思っている場合じゃない。
さっさとこの2人を葬り去ろう。
「ひっく、ひっく、ウォーター・スラッシュなの」
魔法の水で創られた刃が目にも止まらない速さで、勇者の体に斬りかかる。
「ウォーター・スラッシュ」
わたくしの魔法に気付き、勇者も同じ技で相殺するつもりか……
だが、わたくしの魔法のほうが強い。
わたくしのウォータースラッシュは勇者の魔法を突き抜けて、勇者の体を斬りつける。
「ぐはっ」
よし、勇者にダメージを与えた。
「わたくしの能力・赤い手は、掴んだ相手のステータスをコピーして、百倍にして返すの」
そう、この能力のせいで、わたくしは魔王としてこの地に送還された。
この強すぎる能力さえなかったら、わたくしは、魔王に選ばれなかっただろう。
もっと違う生き方ができたのかもしれない。
強い力を持ったばかりに、こんな異世界にまで来なければならなかったのだ。
ああ、なんて腹ただしい……
「なるほどな。覧のステータスを百倍にしたってわけだ――」
「そう、わたくしには絶対に勝てない」
だから諦めなさいという意味合いを含めて強く言う。
「はははははは……」
勇者め。わたくしの能力がすごすぎて、壊れてしまったか?
「文献通りだな」
「ひっく、ひっく、文献?」
文献と言えば、本に書いてある文章のことだったはず……
わたくしの能力が書いてある文献があったというの?
既に勇者たちはわたくしの能力を知っていた。
だから、わたくしが勇者びのに触ろうとしたときに、傍らにいた美女がかばったってこと?
確かに、それならつじつまが合う。
でも、それでもだ。
勇者の平均ステータス値は、6500程度なのに、なんなのだこの余裕は?
こちらは11200のステータスなのだから、こちらが優位であることに変わりはない。
やせ我慢か?
あるいは、ステータスの値なんか関係ないということなのだろうか?
「ひっく、ひっく、わたくしの目の前から消えるのであれば、見逃してもよろしくてよ?」
「はん、そんな演技に誰が引っかかるかよ」
容姿が子どもにしか見えないから、できる限り大人ぶって譲歩したつもりだったが、演技っぽくなってしまったか……
「ひっく、ひっく、本心なの」
でも、これは本当に本心だ。
できれば誰も傷つけたくない。
勇者の隣にいる美女は特に。
「はん、誰が、てめえの言うことなんか聞くか!!」
悪魔のような笑みを浮かべ、叫ぶ勇者。
これこそ演技で、虚勢とみた。
どうあがいたって、わたくしを倒せるわけがない。
「ひっく、ひっく、そう強がっていられるのも今だけですわ」
こちらに主導権があることをにおわせるために、また大人ぶった演技をする。
こちらのステータスは11200なのだ。
負ける道理がないのだ。
「覧、作戦通りに!」
作戦?
わたくしを倒す算段がついているというのか?
「本当にするの? 体への負担があるかもしれないから、嫌なんだけどなー」
美女のほうは顔を歪めた。
「大丈夫、覧ならきっとうまくいくから。お願いします」
「お願いされたら、するけどさー」
「よし、増強、オレが相手だ」
わたくしが勇者に目を向けた瞬間、美女はいなくなっていた。
美女はどこへ消えた?




