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第4話 転移

「お腹休めも終わったし、はやく家をでようぜ、覧」


 びのが時計を見て、私を急かす。


「まだ、大丈夫だよ」


 私は落ち着いて湯飲みを持ち、緑茶をずずずと啜った。


「大丈夫ってどういうことだ? もう30分前だぞ。このままだと遅刻しちゃうだろ?」


 びのは時計を指差し、時間の確認をする。


「遅刻はしないってこと」


「何で? まさか、ワープでもしようってか?」


「さすが、びの。そのまさかだよ」


 私はさも当たり前かのように平然と頷いた。


「そのまさかって……マジっすか? 覧さん」


 驚きを隠せずに、私に訊き返すびの。


 ははは、驚いたか。


 もっとびっくりしてもいいんだからね。


 ついでに抱き着いて来てもいいんだからね。


 こっちは心の準備ができているんだからね。


 …………


 ちょっと間を取るが、びのは抱き着いて来ない。


 まあ、当たり前か。


「ついて来て」


 私は眉一つ動かさずに、ゆっくりと立ち上がり、びのとともに玄関の前まで行く。


「転移装置を作ってみたんだ」


「転移装置って、ワープだよな?」


 ワクワクが体からにじみ出てるよ、びの。


「うん、そう。玄関にあった鏡を改造してね」


 そう、これは現代科学で未踏の域、ワープマシーンなのだよ。


 これさえあれば、どこでもいける……はず。


 理論上は。


「でも、見た感じ、ただの鏡だな……」


 そのセリフ、言うと思った。


 でもね、これはただの鏡じゃないんだな。


 私は無言でリモコンのスイッチを入れた。


 ポチっとな。


 鏡はギュイーンという音とともに、バチバチと放電音を出しはじめる。


「へえ、暗黒が渦巻き、放電する鏡か……これをくぐれば、学校まで一瞬というわけだな?」


「うん、理論上はね……」


 さすが、勉強ができるだけあって、説明しなくても、ある程度状況を飲み込めている。


 これ以上動作させすぎると、今すぐにでも学校にワープしかねないので、一度鏡のスイッチを切ってからびのに伝えた。


「理論上ってことは……」


「まだ人体実験をしていないって言ったじゃない」


「もし、万が一誤作動を起こしたら、オレの体が引き裂かれるなんてことないだろうな?」


「それはない」


「じゃあ、転移場所を間違えて、海外に行っちゃったとか……」


「はい、パスポート」


「おいおい、出国のハンコがないけど大丈夫なのか?」


「海に出たら、いつの間にか、海外に行っていたと言い張れば大丈夫……多分」


「内陸だったらどうするんだよ?」


「ヒッチハイクしてここまで来たとか……」


「山中とかだったらどうするんだよ?」


「えーい、うるさい、うるさい。どんな状況になってもいいように、万全言い訳と万全の対策はしてある」


 どんなことが起きても対処できるように、サバイバル用品を詰め込んだブランドバッグをびのに見せつけた。


「おいおい、それ、ブランド物のバッグじゃないか。サバイバル時はリュックって相場が決まってるだろ?」


「私の理論はほぼほぼ完璧だから、誤作動を起こしたとしても、学校の近くのはず」

 そうだ、万に一つ、失敗なんてあり得ない。


「その言葉、信じてるぜ、覧」


 びのは珍しくサムズアップをした。


 私もサムズアップでかえす。


「んで、どうやったら学校へ行けるんだ?」


「鏡の前に立って、覗き込むだけでいいから」


「おありがたいね。一瞬で中学校へワープとは。成功すれば、寒い思いをして登校をする必要がなくなるぜ」


「二回目のノーベル賞だって夢じゃないよ」


「それならオレは、覧様の偉大なる助手ということだな?」


 助手どころか、発明者にしたっていいくらいだ。


「やったね、びの。成功したら、二人でインタビューを受けまくろう」


「「いえーい」」


 二人で、ハイタッチ。


 今のところは皮算用のぬか喜びだけど。


 近い未来、それは現実になるはずだから問題ないよね?


「靴は持った?」


 びのは訊いてくる。


「準備済み」


「それじゃあ、前人未到のワープ登校してみますか」


「スイッチ・オン」


 スイッチを押すと、私とびのは鏡へと飲みこまれた。


 …………


 ……


 

「びの、びの」


 私はびのに呼びかける。


「覧……」


「大丈夫?」


「ああ、オレは大丈夫だ」


 言いながら後頭部をおさえるびの。


「意識はあるね?……うん、バイタリティも異常なし」


 念のため、びのの脈をとった。


「ここ、どこだ?」


「スマホの電波が届かないところ」


「いや、そういうんじゃなくて、具体的にだよ」


 目の前には、見たことのない草原が大パノラマで広がっていた。


 青草の香りに、春のような、ぽかぽか陽気のせいで、へそ出しルックでも暑く感じてしまう。


「具体的には……分かんない」


「分かんないって……マジ?」


「うん、マジ」


「あれ? ……そういえば、なんでこんなところにいるんだっけ」


 記憶の混乱があるのだろうか、びのは、私に問いかけた。


「ごめん、びの。移動装置が誤作動をおこしたみたい」


「珍しいな、今回の実験は失敗か」


「ごめん」


 私はもう一度謝った。


 あーあ、1年前に人型ロボットを作って以来の失敗だ。


 少し落ち込む……


「ま、人間、誰しも失敗するさ。それより、これからどうするか……」


 びのは私の心を察したのか、フォローしてくれた。


 びのを心配させないためにも、挽回しないと。


「今日は中学校を休みにして、ここら辺を散策してみたらどう?」


「いいのか? 学校に行ってないことを知られたら、母が心配するだろ」


「とりあえず、母には、失敗するかもしれないって伝えてあるから大丈夫。もし、家のGPS機能が途絶えたら、学校に休みの連絡をして欲しいと伝えてある」


「さすが覧」


 念のために母さんに伝えておいて良かった。


「それに、家へはいつでも帰れるはずなんだ」


「いつでも帰れるはず……って、どういうことだ?」


 びのは尋ねてくる。


「コンパクトサイズの鏡も用意してあったんだ。壊れてなければ、この鏡でもう一度帰れると思う」


 私は自分のブランドバッグから、鏡を取り出し、びのに見せつける。


「こういう時、ドラマや映画だと、大概壊れていて、家に帰れないもんだろ?」


 私はハッとして、コンパクトが正常に動くかどうかを確認した。


 うん、正常に作動している。


 問題はない。


「現実はドラマや映画と違いますー。うまく作動していますー。すぐにでも帰れますー」


 まったく、びのが不吉なことを言うから、一瞬びっくりしたじゃないか。


「問題は正常に動くかどうかだな」


「うん、問題はそこだね」


「この温暖な気候と、スマホが使えないことから考察するに、日本の可能性は低いだろうな」


「もしも外国なら、鏡を使わずに飛行機に乗せてもらって日本に帰った方が安全かもね」


「んじゃあ、適当に散策して、日本に帰る手段を探しますか。もしなかったら、鏡を使う方向でいいか?」


「うん、そうしよう」


 さすが、びの。


 予定外のことが起こっても冷静に対処する。


 そういうところ、見習いたいな。


「バッグ、重いだろ? 持つぜ」


「ありがとう」


 びのは、私のブランドバッグを持ってくれた。



 …………


 ……



 ここは、森か?


 草原を少しばかり進むと、生い茂る木々がうっそうと生えていた。


 よくよく観察すると、熱帯樹林のような木が多いようだ。


 土がふかふかして歩きやすいのだが、整備されているようにはみえない。


 人が多く通ってるから、自然とできた道のようだ。


「ジャングルみたいな森林だね」


「どうする? 入るか?」


「うん、入ってみよう。人が居そうだし」


「入ってもいいんだが、蚊からの伝染病が怖いな」


「大丈夫、私特製の虫よけスプレーも持って来たから」


 私はスプレー缶を取り出して、びのに渡す。


「なあ、これって……」


「ん? 虫よけスプレーだよ?」


「これって、振りかけた後に庭に出たら、庭にいた全昆虫が死骸と化したスプレーだよな? 虫よけスプレーというより、虫殺しスプレーだよな?」


 ああ、そんなこともあったっけか……


 あの時は、害虫はもちろん、カブトムシやクワガタやバッタまでもがお亡くなりになったんだっけ……


 よく覚えてたな、びの。


「えっとね……その時私、ものすごく反省して、あのスプレーを改良したんだよ」


「お、改良したなら安心だな」


 びのはシューっと自分の体にスプレーをかけた。


 ラベンダーの香りが周囲に漂う。


「うん、そうそう、人体に害はない虫よけスプレーだから、安心だよ」


「ちょっと待て、改良したところは人体に影響がないというところだけか? ……ってか、前の虫よけスプレーは人体に影響があったのか?」


「えっと……どうだったかな……」


 ここは言葉を濁しておこう。


「おい、覧。オレによりついてきた虫が大量にばたばたと地に落ちているんだが……しかも、見たことのない虫だぞ、覧」


「びの、感染症はおっかないよね?」


「いや、まあ、そうなんだが……」


「背に腹はかえられないんだよ。たとえ環境を少しかえることになったとしても……」


「いや、市販の虫よけスプレー買えば、それで済むからな」


 ぽかぽか陽気に誘われながら、二人で歩いていると、人影を発見した。


「あれ、人じゃないか?」


 びのが興奮した面持ちで叫ぶ。


「そうみたいだね」


「第一外国人発見ー」


 びのはテンションがあがったようだ。


「でも、何で、人が通りそうもない獣道にいるんだろう?」


「食べ物でも採取してるんじゃね?」


「ああ、そうかもね」


 確かに、このぽかぽか陽気なら、果物や木の実の一つや二つ採取していてもおかしくはない。


「サイズ的に、子どもか?」


 遠くにいるので、分かりづらいが、おそらくフードをかぶった子どもだろう。


「ここは何処か訊いてみようか?」


「よし、行ってみるか」


 二人で駆け足して、人影に近づく。


 あと5メートルというところで二人して足を止めた。


「キシャー」


 奇声を発する、人影。


「あれは……人じゃないな……あれは、ゴブリンじゃないか!!」


 そこには、ゲームでよくみる、あのゴブリンがいた。


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