第38話 キデギス
「キデギス総司令、勇者びの様と覧様がお見えです」
大佐にキデギス総司令と呼ばれた人は、長い銀髪で、中性的な顔立ちをしていた。
女だ。
見ようによっちゃ男にも見えなくはないが、キデギスは間違いなく女だ。
私にはわかる。
「お前が、キデギスか? オレはびの」
「私は覧」
「キデギスだ」
凜していて澄んだ高い声だ。
やはり、女で間違いないだろう。
「自己紹介を済ませところで、本題に入る。お前は、魔王に戦いを挑んだそうだが、何と言う名の魔王だ?」
「魔王・増強だ」
「戦況や情報を聞かせろ。知ってることは洗いざらい話せ」
「君は口が悪いな」
「性格もだよ」
びのはこちらをキッと睨む。
いや、ごめんね、びの。
これはね、びのの悪いところを伝えて、キデギスの彼氏候補から外れてもらう作戦なんだよ。
悪気があったわけじゃないんだ……ごめん。
とりあえず、心の中で謝っておく。
「オレのことはどうでもいい。まずは、増強について話せ」
「ああ、分かった。見た目は人間の子どもの姿だったが、額には角があり、鬼のようだった」
「子どもの鬼か……」
文献と情報が一致する。
どうやら、文献の内容は信じてもよさそうだ。
もちろんすべてを鵜呑みにはできないが。
「ああ、私もこの目で見たが、本当に人間の子どもと同じだった」
「どのような経緯で討伐をしようとしたんだ?」
「南にある『業火の砦』付近で、子どもが1人泣いていたらしい。兵士は魔王・増強だと気づかずに、保護をしてしまった」
「なんで気付かなかった?」
額に角があるなら、秒で気づきそうなものだ。
「保護された当初は、角を布で隠していて、兵士は気付かなかったようだ」
角隠しをしていたということか。
そこまで目立つ大きな角ではなかったということだろう。
そもそも、子どもの見た目だしな。
「魔王だと気づいたのはいつだ?」
「保護から3日後だ」
3日も一緒に過ごして気付かなかったのは、兵士がマヌケだったのか、あるいは増強が周到だったのか……
「風呂に入れるために、頭の布をとらせたところ、兵士が角に気付き、上司に報告をした。上司は手柄を急いだんだろうな。この城へ早馬を出すと同時に、魔王に攻撃を開始したそうだ」
「そして、結果は惨敗だった」
「ああ、私が駆け付けた頃には、砦に居た兵士は、全滅していた……」
「お前はどんな攻撃をしかけたんだ?」
「私が指揮を執り、増強を取り囲み、遠距離から攻撃していたのだが、魔王は遠距離の攻撃をことごとく防いできた」
「防いだ? 武器を所持していたのか?」
「死体となってしまった兵士の盾だよ」
なるほど、落ちている道具を使う程度の知能はあると。
どうやら、パワー馬鹿というわけではないらしい。
新しい情報だ。
「遠距離攻撃が有効ではないと悟った私は、接近戦で勝負をかけようと間合いを詰めた時、増強は持っていた盾を捨て、赤い右手で、部下をつかんだ。その瞬間、戦況が一変した」
「戦況が一変? ああ、確か、増強は相手のパワーをコピーして、強化するんだったな。きっと、防具のステータスも100倍したんだろう」
「ちょっと待ってくれ。どうして、君たちは増強の能力を知っているんだ?」
驚きを隠せないキデギス。
どうやら、増強の能力を知らなかったようだ。
図書館で調べられるくらいだから、軍がこの情報を把握していてもよさそうなものだけど……
「図書館で調べたからな」
「図書館にそんな有用な情報があったとは……」
なんてこったといった表情で天を仰ぎ見るキデギス。
「有能な司書に頼んだら一日で調べてくれたぜ」
「有能……ね」
私はわざとびのにだけ聞こえるようにつぶやいた。
どっちかと言うと、びのの格好良さとお金に釣られてのような気もするけど。
「何か不満気だな、覧」
「いや、別に……」
「先に情報があれば、もっと応戦できたのかもしれない」
私たちのやり取りを気にも留めずに、キデギスは歯ぎしりをする。
後悔先に立たずだ。
だが、魔王が出現してから時間もなかったし仕方ないだろう。
「その後の展開は話を聞かなくても推測できる。増強は、今までの増強とは思えないほどのパワーとスピードになり、増強の周りには死体の山が転がっていた……だろ?」
「その通りだ。大人数でいたずらに死者を増やすよりは、私自身が一騎打ちをしたほうが良いだろうと判断し、私以外を城から撤退させるための命令を出したのだが……」
「負けてしまった」
いやいや、相手の能力も知らない状態で戦いを挑めば、100%負けるよ、そりゃ。
増強の能力はライトノベルの主人公が持っていそうなチートスキルだもん。
「ああ。最初の方は、ほぼほぼ互角だったんだ」
「最初のうちはそうだろうね」
このキデギスのステータスをコピーしてないんだから。
「しかしながら、増強が私の手をつかんだ瞬間、私の手には負えないと悟った」
「そりゃ、相手の能力をコピーして強化するんだから、当たり前の結果だな」
「ちなみに、貴女のステータスは?」
「総司令になんてことを聞くのでありますか?」
あ、大佐は情報管理に関してしっかりしてるな。
少しだけ安心。
本当に少しだけだけど。
「かまわんよ、大佐。知りたければ、ステータスチェックをするといい。君もできるんだろ? 可愛いお嬢さん」
キデギスは私にウィンクする。
あれ? もしかして、キデギスは百合要素入ってる?
私、狙われちゃってる?
どう逃げればいいんだ?
「覧、どうしたんだ? ボーっとして」
「あ、何でもない。それでは失礼して。ステータスチェック」
コホンと咳払いをして、魔導書を出して魔法を唱える。
キデギス(キデギス)LV99 身長:187cm 体重:72kg
HP:9999(+999)
MP:9999(+999)
天職:魔法剣士 レア度:☆☆☆☆☆
筋力:9999(+999)
体力:9999(+999)
耐性:9999(+999)
敏捷:9999(+999)
魔力:9999(+999)
魔耐:9999(+999)
運 :9999(+999)
技能等:神々の過誤 レア度:☆☆☆☆☆
「オール9999か……」
「そうなると、今、増強のステータスは、オール999900ってこと?」
「もしそうであるならば、少々面倒だな……」
頭をポリポリとかくびの。
いや、少々なんてもんじゃない、かなり面倒だ。
びののステータスはオール5000。私のステータスに至ってはオール112だ。
「いや、今の増強のステータスは、そんなに高くはないだろう」
キデギスは確信を持ったかのようにいう。
「なぜそう言い切れる?」
びのは尋ねた。
「神々の過誤の能力だ。もし、私の能力をコピーして強化しているなら、例えどこにいようと肌で感じ取れる。だが、今はその感覚がない」
「なるほどな」
本能的な能力か。
一応説得力はある。
神々の過誤。加護ではなく、過誤。皮肉な能力だ。
「それじゃあ、何かの条件で、コピーした能力は消えるということだな」
「おそらく。それは、時間なのか、何かの条件なのか分からないが」
「自分で不必要だと思ったら解除できる能力かもしれないし、必要に応じて能力をオンオフできる能力かもしれないし、もしかすると、対象者が瀕死になると能力が消えるのかもしれないしな」
確実に言えることは、増強の能力は今現在発動していないということだけだ。
「ああ。私からはなんとも言えないな」
「ちなみに、今、増強はどこにいるんだ?」
「それは、大佐何か知ってるか?」
「監視の報告によると、今もなお業火の砦に居続けているそうです。どうやら、好戦的な魔王ではないようですね」
無暗やたらに突っ込んで、オレTUEEE—をするタイプじゃないということか……
……ってか、監視をつけてるとはいえ、よくそんな魔王を今まで野放しにしておいたな。
もしも好戦的な魔王だったら、この町は壊滅状態だぞ。
「そうか。場所が分かってるなら、オレと覧でなんとかできるかもしれないな」
簡単に言ってるけど、それ本当?
本当になんとかできるの?
相手は、強さ百倍、魔王・増強だよ?
元気百倍の子ども向けアニメの動くパンとわけが違うんだよ?
「え? 業火の砦には、あの最強種のモンスター、ドラゴンがいるんですよ?」
「最強種のモンスタードラゴン? それってどれくらいの強さなの?」
私は訊き返した。
「ドラゴンでありますか? 超大型になると、体長は6~7メートルほどの大きさであります。以前交戦した時には、ステータスは開示されていませんでしたが、兵士が1000人規模で戦ってやっと勝てる程度の強さであります」
「そのレベルのモンスターが砦に居るということですか?」
「そうなのであります」
「けっ、そんなの大したことねーよ」
びのは悪態をついてポケットに手を入れた。
「いや、ドラゴンがいるのであれば、私も協力を……くっ」
キデギスはベッドから脚を下ろして立とうとした。
「キデギス、お前はここで休んでいろ」
「キデギスはそこで休んでいて」
私はびのに同意し、にこっりと微笑んだ。
何故って?
びのとキデギスの間に愛が生まれるといけないから。
むしろ、私とびのの愛のパワーでドラゴンなんかやっつけてやるから。
「怪我人は、邪魔だ。そこでおとなしく寝てろ」
「心配せずに、寝ていてください」
私はおしとやかさをアピールしつつ、いいからそこでおとなしくおねんねしてろ……と心の中で思う。
何故って?
びのとキデギスの間に愛が生まれるといけないから。
大切なことだから何回でも心に刻み込まなければならない。
「それなら、私の代わりに、この魔法剣を使ってくれ。きっと君にも使えるはずだ」
「見せてくれ」
差し出された剣をびのは手に取った。
「これが魔法剣か……」
びのは剣を掲げ、じっくりと観察する。
凛々しい表情で格好いい……
「覧も気になるか? ほら!」
いや、実はびのを見つめてました……とは言い出しづらい状況なので、剣を受け取り、びのがさっきした真似をして剣を観察した。
鞘に白い柄がついている。
剣を抜いてみると、全体に反りがあって、片刃。
刃紋が波打っていて、とても美しい。
……って、これ、日本刀じゃないか。