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第36話 違和感

「おや? どうした? 偽物さん。 オレの思った通りに行動してくれよ」


「そんなことできるわけないだろ」


 わっちはこたえてしまっていた。


「オレの予想通りだ。一度オレと違う行動をすると、オレと同じようには喋れないな」


「何が起こったの、びの?」


「ああ、簡単だ。オレがこの【濃霧】の中に入ると念じただけだ」


 そうだ。この男、今からわっちの【濃霧】の中に入ると思ったんだ。




「【濃霧】の中?」


「ああ、オレたちを取り巻くこの霧は魔法や能力を無効化するんだろ? それなら、オレが霧の中に入っても問題ないよな?」


「そうか、びのの偽物は魔法で偽物になってるってことか。もし、霧の中に入れば、偽物は今鏡を解除せざるをえなくなるってこと?」


「その通りだ。そう念じただけで、偽物はしっぽを出したってわけだな」


 くっ、そんな方法をこの短時間で見つけ出すとは、なんという頭の良さ。


 確かに、こんなに濃くした霧の中にわっちが入って行ったら、隠し持っていた魔素まで吸収されてしまう。


 そうすれば、わっちの正体はすぐに見分けられてしまうだろう。


 わっちの【濃霧】をそんな風に逆に利用するとは思わなかった。


 魔界にいた賢い魔物でさえ、そんな利用方法は思いつかなかったというのに……



『警告。勇者びのと同じことをすることができなかったため、強制的にシンクロが解除されました。もう一度対象者の解析を始めますか?』



 どうする?


 一度解除してしまうと、もう一度シンクロするまで時間がかかる。



 シンクロをせずに戦うか……


 ダメだ。シンクロをせずに戦って、引き分けにできるはずがない……


 最大のピンチか……


 いや、待て。


 勇者びのの立場に立って考えろ。


 びのはまだ、シンクロに時間がかかることを知らない。


 知らないということは、一度シンクロを解いたら、もう一度シンクロができるのか考えているはずだ。


 わっちは別に相手に勝つ必要などない。


 制限時間を費やして、引き分けにもちこせば、勝ちが確定するのだ。


 それならば、いつでもシンクロをできるようにしたほうが良い。


 脳内サポーター、シンクロをいつでもできるようにしておけ。


 『了解しました。解析を開始します……』


 解析が終了するまでは時間稼ぎをするのだ。


「さすが、勇者。まさか、わっちの正体を見破るとは思わなかった」


「お前のお世辞などいらん。さて、終幕といこうか」


 本物のびのは言いながら剣を構えなおす。


 わっちは剣を構えなおさなかった。


 脳内サポーター、解析はまだか?


 『50%完了……あと、3分ほどかかります』


 3分……なんという絶望的な時間だ。


 戦いの中では神経が擦り切れ、1分は1時間ほどに長く感じるというのに……


 くっ、これでわっちの負けだ……


 ……と観念するほど、わっちの性格はよくない。


 わっちはまだ負けたわけじゃない。


 びのが偽物だということは、最初から本物のびのにとっては当たり前の事実。


 ここからが本番だ。


 わっちはコピーしたびのの顔の口元を歪め、にやりと笑った。


「この絶望的な立場で笑うか……一体何を考えている?」


 びのは剣を構えながらわっちに尋ねた。


「さてね」


 偽物びのはそっけなく返事をする。


 わっちはびのをコピーすると同時に、覧のコピーもしていたのだ。


 つまり、この場には、【本物びの】と、【偽物びの】、【偽物の覧】がいるのだ。


 わっちの本体が霧だからなせる技。


 偽物のびのにはわっちの第1分身が入っていて、覧の中にはわっちの第2分身が入るのなど朝飯前だ。


 なんなら、わっち自信を分割して、人間なら最高5万人分のコピーを作ることさえできる。


 本物の覧は霧の中、一人でさまよい続けている。


 そんなことになっているとはさすがの勇者でも思うまい。


 偽物の覧に気付かずに、わっちにひれ伏せ、勇者びの。



「なあ、偽物?」


「何だ、本物?」


「もし、オレが今このロングソードで大気を切り裂いて、周囲の霧を集めてお前に当たるようにしたら、どうなるんだろうな?」


 くっ、ロングソードで間接的に【濃霧】を集めようというのか……


 さて、どうする。


【濃霧】をコントロールして薄くすることもできるが、それだと、魔素も使えるようになってしまう……


 このまま【濃霧】を出し続けて、偽物のびのだけ霧に当たり、偽物の覧だけで制限時間をやり過ごす……これがベストのはずだ。


 いや、待て、そうじゃない。


 ピンチの時こそ冷静になれ。


 びのはどれくらいの威力で霧を集める気なんだ?


 もし、城中の【濃霧】を集めようとしたら、偽物の覧まで霧に巻き込まれ偽物の覧まで姿を戻してしまう。


 そしたら、わっちの負けだ。


 シンクロを外したのは痛いが、この男ならやりかねない。



 まずは、霧を大量に集められても、わっちに影響がない程度まで、霧の濃度を弱めることは絶対にしなければならない。


【濃霧】……


 意識を集中させて霧を薄くする。


「へえ、霧は薄くもできるのか。これじゃあ、【濃霧】じゃなくて、薄霧ってところだな……」


「ふふふ、そうだね、びの」


「お? 覧もそう思うか?」


 わっちは本物の覧がするようにアイコンタクトをした。


 びのはそのアイコンタクトに気付き、わっちにアイコンタクトを返す。


 ふふふ、目の前にいる覧が偽物だとも気付かずに、暢気なものだ。


「そりゃあね。大逆転も良いところだよ。もう偽物のびのは観念したんじゃないかな?」


 偽物の覧を操作し、自然な会話を続け、びのの隙を伺い続ける。


「いやいや、そんなはずないだろう。偽物のオレの目を見てみろよ。あれはまだ諦めていない目だ」


 くっ……しまった。


 ここは、諦めたフリをしなければいけないところだった。


 そうすれば、びのは油断したかもしれないのに……


 まずは落ち着け。


 冷静になれ。


 冷静に対処すれば絶対に覧が偽物だと、びのにばれることはないのだから。


「本当だ。あれは、諦めていない目だ。それなら、こいつさっさと倒しちゃおう」


 覧なら、この言葉を言うはずだ。


 そして、本物のびのに近づくはずだ。


 わっちはゆっくりと本物のびのに寄り添う形で偽物の覧をすすませた。


「ああ、もちろんだ」


 びのは同意する。


 よし、いいぞ。


 ここからがわっちの演技の見せどころだ。


「やめろ……」


 わっちは、絶望に打ちひしがれたフリをして、びのの声でつぶやいた。


「もう、諦めろ、偽物め」


 本物のびのは、わっちに向かって語りかけてきた。


「まだ、わっちは負けたわけじゃない……」


 そう、これは負け惜しみではなく本心だ。


 覧が偽物だとばれない限り、勝機はこちらにある。


「そうか。思った通りだ。切り捨てご免」


 シャキン!!


 びのは突然、第二分身である覧を切り捨てた。


「……なんで?」


 なんで覧を斬るんだ?


「こいつは偽物だろ?」


 さっきまで居たわっちが化けた覧は、虚空へと姿を消した。


「何故だーーーー!? なんで、覧が偽物だと分かったんだーーー!?」


 わっちは叫んでいた。


 会話に嘘は入れていないから、そう簡単に気づかれるはずがない。


「視線だよ」


「視線?」


 何だ、こいつ。


 何を言っているんだ?


「霧が出てから、偽物の覧はオレのことばかり見過ぎだ。まるで、最初から本物がどっちか分かってるかのような振る舞いだったぞ」


「それだけの根拠じゃあ、そんなに思い切って斬れないだろう」


 根拠としては弱すぎる。


「確信したのはアイコンタクトだよ」


「アイコンタクト?」


 さっきしたアイコンタクトがなんだというんだ?


 何か問題でもあるのか?


「そんなの、違和感しかないぜ。普通は逆だ。もし、本物の覧なら、オレが本物と分かった時点で、偽物から目を離さないはずだ。偽物のオレは何をするか分からないんだからな。進んで自分からアイコンタクトをするはずがない。オレから目を離さなかったのは、覧が偽物で、オレの隙を伺っていたからだ。違うか?」


「くっ」


「さてと、残ったオレの偽物だが……」


「わっちはさっきの覧のように、やすやすとはやられないぞ」


「気持ち悪いな。オレの姿と声で『わっち』とか言われると」


 そうだ。


 わっちはびのと同じステータスを持っているのだ。


 覧はびのより弱かったからやられたんだ。


 わっちのステータスはびのと同じ。


 そうやすやすとは殺されない。


「最初、お前はこう言ったな。偽物を倒したら勝ちだと」


 びのは言いながら、わっちに斬りかかる。


 わっちはつばぜり合いをした。


「そうだ」


「それじゃあ、これで終わりだな」


「まだ、わっちは倒されていない」


 元の姿になって、制限時間まで逃げ切るか?


 いや、ダメだ。


 わっちが元の姿に戻れば、偽物を倒したことになる。


 そうすれば、魔法の契約書がわっちの命を奪うだろう。


 こうなれば、霧に戻らずに、びのの姿のままで時間になるまで逃げきってやる。


『びのの思考までは読み取れませんでしたが、行動だけならばシンクロが可能です――シンクロしますか?』


 ナイスタイミング、脳内サポーター。


 シンクロ再開。


「お前はこう思ってるはずだ。時間まで逃げ切ればわっちの勝ちだと……」


「それがどうした?」


「確かに、お前は倒されてはいない。だが、もう詰んでいる」


 ん? 何を言っているのだ? この男は?


 わっちが詰んでいるだと?


 そんなはずはない。


『シンクロ再開します』


 何故なら、たった今シンクロできるようになったからな。


 そうだ。


 この男はそれを知らないだけだ。


「「これで終わりだ」」


 叫びながら、斬りかかるびの。


 わっちも同じスピード・同じ力で斬りかかる。


 結局、つばぜり合いか……


 あと1分もないはずだ。


 お前の敗因は時間をかけ過ぎたことだよ、びの。


 このまま時間を稼げば、わっちの勝ちだ。


「アイス・フリーズ」


 後ろから声がしたと思ったら、わっちはカチカチに固まっていた。


 魔法だと?


「いや、それより何故覧がここにいる?」


 たまらず、シンクロをまた切ってしまう。


「オレが霧を魔法で集めようとしていたから、他の部屋の霧の濃度を薄くしただろ?」


「霧が薄くなれば、私は視界と魔素が得られるからね」


「しまった」


 そうか、わっちが霧を薄めれば、覧の視界も空気中の魔素も与えることになる……


 時間稼ぎばかりに頭が回っていて、他の要素のことを失念していた。


 このわっちが……


 それじゃあ、負けるのか、わっちは……


 勇者に負けて、わっちは魔界へと還るのか……


 魔界へ還って、体のあるやつらに馬鹿にされ続けるのか?


 やはり、お前は能力なしの『能無』だったと。


「ふざけるな!」


 勇者め。


 何から何まで最初から何でも持っていやがって。


 わっちと違って、知恵があって、強さがあって、そして何より、体まであるときた。


 憎い!


 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い!!


 わっちは、勇者に負けた能無として一生を過ごさなければならないのに……


「このままおやすみ、近況」


 ちくしょーーーー!!


 びのがわっちの体を真っ二つにし、わっちの体が虚空へと消え始めた。


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