第35話 シンクロ
だんだんと霧を濃くしてホワイトアウトさせ、まずは、びのと覧の視界を完全に奪う。
「何も見えない……」
「覧、大丈夫か?」
「うん、大丈夫!!」
よし、びのと覧の分断成功。
あとは、相手の姿・形・記憶まで、すべてをコピーする能力、『今鏡』でわっちが偽物に化ければ、舞台は整う。
『今鏡、発動させます。よろしいですか?』
今鏡を発動させた時に、わっちを補助する脳内サポーターが直接脳内に語りかけてきた。
もちろんだ。
わっちは、脳内サポーターにこたえた。
『記憶・能力・所持品・思考パターン・行動パターンを解析中……』
この解析に失敗してしまうと、わっちの今鏡は発動しない恐れがある。
いつも解析が完了するまで油断ができない。
『解析完了。今すぐにシンクロしますか? 一度シンクロさせると、自らシンクロを解除するまで、相手と同じ行動しか取れなくなります。また、一度シンクロを解除してしまうと、もう一度解析を1からしなければいけないため、その解析中、シンクロをすることができなくなってしまいます。よろしいでしょうか?』
もちろんだ……と言いたいところだが、ここですぐにシンクロさせてしまうと、【濃霧】の能力が切れてしまう。
少し待て。まずは、【濃霧】の霧を薄め、オートモードにしてからだ。
『かしこまりました』
魔界では、【濃霧】を濃くした視界0にした時点で、闇雲に動いて、自爆するモンスターもいた。
自爆したら、わっちまで巻き添えを食らう。
この賢い勇者ならば、無暗やたらと動くなどという愚行をおかさないだろうが、念のためだ。
あえて、視界を与えることによって、安心させる。
しかし、視界が開けた時、絶望するのだ。
同じ姿をして、同じ記憶と道具を持ち、同じ行動をする生き物を目の当たりにして、絶望するのだ。
視界を奪われる恐怖、それが与えられる安心感、そこからの絶望。
心を支配して、わっちのペースに持ち込む。
そうすれば、わっちは負けない。
負けなければ、勝てるのだ。
1時間相手と同じ行動をして、引き分けに持ち越せば勇者たちは死ぬのだから。
【濃霧】オートモード。
よし、このタイミングで、シンクロ開始。
『了解いたしました。対象とシンクロします……』
目の前の人間と同じ姿になることができた。
『シンクロ、完了いたしました』
よし、これで、完全コピー完了だ。
あとは、勇者と同じ行動をするだけでいい。
「え? びのが二人いる……」
「「ふん、オレに化けたってことか」」
びのと同じタイミングで、わっちは話す。
「「このデスゲームは、オレの偽物を倒せってことね……」」
キン
キン
わっちはびのと刃を交える。
「「同じタイミングか……」」
当たり前だ。
シンクロ率は1000%なのだから。
さあ、どうする? 勇者。
「「ふーん、能力や記憶だけのコピーかと思ったら、剣までコピーできるみたいだな……」」
その通りだ、びの。
わっちの能力・今鏡は、相手の持っている装備さえもコピーが可能なのだよ。
「「剣も同じ。力も同じ。だから、つばぜり合いが起こるってわけだ」」
なるほど、なるほど。
びのはとりあえず、どこまでコピーできるかを推し量っているというところだな。
魔界にも冷静に対処しようとするモンスターがいたにはいた。
まあ、時間が経つにつれて、冷静さを失ってはいったがな。
さて、この勇者がどこまで冷静でいられるか見ものだ。
「びのが二人……つまり、どちらかのびのが偽物ってこと?」
「「オレが本物の旅乃びのだ」」
わっちは同じタイミングで同じセリフを吐いた。
「もう、どっちのびのが本物なの?」
「「とりあえず、色々と試してやるよ。偽物」」
びのと同じように剣をおさめる。
「「まずは、これはどうだ?」」
わっちの心臓を突き刺てきたので、わっちも同じタイミングで、びのの心臓を突き刺した。
本当に心臓に突き刺さりそうなところで、お互いに寸止めをする。
「「オレはノーガードだったんだぜ? あと少し剣を突きだせば、命も取れるってのに、それもしないか……」」
シンクロしている間は、同じタイミングで同じ動きしかとれないのだ。
びのが剣を収めれば、わっちも剣を収めるしかなできない。
たとえ、あともうちょっとで命が取れる状況にあったとしても…………って、ちょっと待て、この男、死を恐れていないのか?
命が取られる状況においても眉一つ動かさないとは、どういうことだ?
よっぽど肝のすわった男だということか?
「「お次は魔法だ……って、魔素がこの空間にはないんだったな」」
そのとおり。
勇者が魔法をつかうだろうことまで見越して、【濃霧】で魔素を吸収させておいた。
大量に魔素を含んでいる魔法道具を持っていないことは確認済みだから、この濃い霧がある間、この城の外から魔素を持ち込まない限り、魔法は使えない。
「「さて、ここまで手ごわいとはな……」」
眉一つ動かさずにその場に座り込むびの。
もちろん、わっちも同じタイミングで同じように座り込む。
これが魔王の実力というやつだ。
「「さて、どうするか……」」
わっちは目の前のびのと同時に同じ姿勢で座禅を組んだ。
どうやら、焦らずにじっくり制限時間ぎりぎりまで考えてから決着をつける腹づもりのようだ。
そのままタイムオーバーになるのは目にみえている。
「私、何かできることないかな?」
「「今のところないだろ。もしも魔法が使えたら、ステータスチェックの魔法もお願いしただろうが、魔法を使えなきゃ確認のしようがない。まあ、ステータス確認をしたところで、きっとステータスも同じだろうから、その意味はなかっただろうけど……」」
よくわかっているじゃないか。
わっちとびののステータスは似てるのではなく、同じなのだ。
ステータスチェックなど、何の意味もない。
「「そうだ、文献には記憶も同じだと書いてあったが、もしかしたら、記憶は異なるかもしれない。覧、何かオレに質問してくれ」」
「分かった。ちょっと考えるから待ってて」
ふふふ。
残念。
それじゃあ、見分けがつかないんだな。
この能力は文献の通りで、ステータスと能力が一緒になると同時に、記憶までもがリンクするので、わっちがコピーすればどんな秘密も共有してしまうのだ。
魔界では、『過去の記憶までコピーするなんて、最悪』……なんて言われ続け、みんなに疎まれ、蔑まれ、わっちは1人孤独になったが、それでもこの能力を使い続けた。
負けないからだ。
記憶・ステータス・能力・持ち物、全て同じ。
自分と対峙したところで、自分には勝てない。
いつだって引き分けだ。
魔界では、魔王選抜試験の時に、刺し違えようとするものもいたが、わっちと刺し違えて死んでしまえば、魔王には選ばれることは一生ない。
負けない戦いを続けた結果、魔王の一人に選ばれた。
嬉しかった。
何せ魔界を飛び出して、ジオフの世界に君臨できるのだ。
これでわっちを馬鹿にしたやつを見返せる……と思っていた。
しかし、魔界での現実は甘くはなかった。
『魔王になったとしても、勇者を倒さなければ脳無しの【濃霧】使いだ。あいつは負けないだけで、勝っていないのだから』『体がないから、【濃霧】じゃなくて、無能だろ』……と陰で言われ続けた。
そうなのだ。
わっちは、負けないだけで、勝ったことも一度もないのだ。
誰一人として、わっちを認めてくれるものはいなかった。
だが、ここでわっちの能力『今鏡』を使い、頭脳戦で勇者をひれ伏させることができれば、今度こそ認めてもらえる。
バカにしてきたやつらを見返せる。
一生脳無しの【濃霧】使いなんて言わせない。
魔界ではしなかったが、今回は魔法の契約するスクロールで、相手との命のやりとりを契約し、時間制限を付け、引き分けに持ち込むことができれば、勇者相手でも勝つことができるはずだ。
時間内にわっちを見抜き、それを倒さなければ勇者が死ぬ。
大丈夫だ。
わっちを見分けることなんてできるはずがない。
倒せるはずだ……
わっちを馬鹿にした体のあるやつらを見返せるはずだ……
魔界で『ざまぁ』ができるはずだ……
「よし、考えがまとまった。それじゃあ、左のびのに質問です。私の好きな食べ物は?」
「アイスキャンディーだ」
本物のびのが答える。
「正解」
本物なのだから、知っていて当然だ。
いつだったか、質問者が本物も覚えていない質問をして、本物が間違ったなんてこともあったが、この勇者はそんなにマヌケではないだろう。
「じゃあ、右のびのに質問」
次は、わっちの番だ。
「私の好きな花は?」
わっちは、びのの記憶を辿る。
「桜だ」
こんなの簡単だ。
記憶もコピーしてるのだから。
なんなら、桜の散りゆく一瞬が綺麗だから好きという理由までも答えてもいい。
覧のスリーサイズから、覧に言えない秘密まで、なんでも知っている。
蛇足だから言わないがな。
「うーん、どちらも正解だね」
「じゃあ、本物のびのなら、私がせーのって言ったら、『覧、世界一愛してる』って言えるよね? いくよ? せーの……」
「「覧、世界一愛してるぜ!!」」
「びの、私も」
何なんだ、この茶番……
自分で叫んでて恥ずかしくなった。
びのの体だから、眉一つ動かさなかったけど。
「「これじゃあ埒が明かないな……」」
困ったら、びのは頭をぽりぽりと掻く癖があるようなので、その動作を同じタイミングでする。
さあ、本物は、偽物をどう倒す?
わっちが偽物だと分かっていても、わっちは簡単には倒れない。
なぜなら、わっちはびの、お前なのだから。
「「あーあ、魔物と人間の区別がつく道具があったらなー」」
そんなチートアイテム、この世界にあるわけないだろ。
そんなアイテムがあれば、世界がひっくり返るぞ。
きっとびのは分かってて言ってるな……
びのは、じっとわっちを睨みつけてくる。
わっちもじっとびのを睨み返した。
そして、びのは、ふっと笑った。
もちろん、わっちも……
「なんだと? ふざけるな!」
笑えなかった。