第29話 桜
2020/7/31 誤字を訂正しました。
「オレ達、町に帰るけど、ナルも帰るだろう?」
「え? あ、うん。お兄さんたちが帰るならナルも帰るよ」
「城門前まで、連れてってやるから、目を瞑ってろ」
「え? うん」
ナルはぎゅっと力を入れて目を瞑った。
「ちょっとの辛抱だ……」
びのがナルと手を繋ごうとしたので、慌てて割って入る。
「私がナルを連れてくから、大丈夫だよ」
「そうか、それなら頼む」
きーっ、なんでこんな女と手を繋がなければならないんだ……
びのと手を繋がせるより数億倍ましだから、手を繋ぐけどさ……
私はそっとナルと手をつなぎ、鏡をのぞきこむ。
私たちは、城門前の人通りが少ないところへと戻った。
「目を開けていいよ」
私はナルに目を開けるように促す。
「え? なんで?」
ナルは目をパチパチとさせて驚いていた。
当然の反応だ。一瞬でワープしたとは夢にも思うまい。
「それは、企業秘密だ」
適当に誤魔化すびの。
「いや、ナルが最近始めたばかり。こんな仕事儲からないって、馬鹿にされてるんだ」
この仕事、観光者には需要あると思う。
特にハードスライムの棲息地など、値千金の情報だ。
馬鹿にしたやつは先見の明がないな……
どこにだって、新しいことをするやつをあざ笑うやつはいるもんだ。
それに打ち克ってこそ商売は成り立つ。
頑張れ、ナル……って、なんで私はナルの応援をしてるんだ……
「そうか、ナルは、あの場所を何人の冒険者に教えたか?」
「この仕事を始めたばかりだから、まだ誰にも教えていない」
あ、なるほど、びの。
びのの考えてることが分かった。
「1週間の間でいい。ハードスライムの場所を秘密にしてもらえないか?」
やっぱり。
「1週間、秘密に?」
「ああ、1週間で良い」
「その間、休業しろって?」
「そうは言っていない。ハードスライムの棲息地だけを教えなければいいだけだ。約束できるなら、金貨15枚でどうだ?」
「1週間で金貨15枚?」
「悪い話じゃないだろ?」
ナルにとって悪い話ではないだろう。
ハードスライムの居場所を教えなければ、7日で15万円。
しかも、他の仕事を休業しろとは言っていない。
「分かった」
「契約成立だ」
びのは金貨15枚をナルに先払いするかどうか迷ったが、結局手渡した。
「いいの? 先払いで? ナル、他の人に言うかもしれないよ」
「信頼できると踏んだからな」
「まあ、信頼第一のお仕事だからね」
「なかなかいないんじゃないか? 情報を高値で取引するお客様は。オレがお得意様になれば、ナルはかなり儲けられると思うが」
「それじゃあ、遠慮なく。他にも何かご用命がある?」
さすがだ。
普通、お金をもらったら、さようならと言って帰るところなのに、まだ、商売の話をするとは。
「特にないが、アドバイスをするよ」
「アドバイス?」
「ああ。ハードスライムの場所まで時間がかかるなら、昼飯が必要だとか言っておいたほうがいいぞ。あるいは、昼飯のことは黙って、売りつけるとかな」
「最初から、お弁当と水を売りつけるつもりで、準備してました」
私たちにお弁当と竹製の水筒をみせつけるナル。
「おっと、そいつは営業妨害しちまったな」
「いいよ。冒険者なら、お弁当を持ってる可能性のほうが高いしね。それにもしお兄さんたちがお弁当を持っていなかったとしても、無料で渡してたよ」
「え? なんで?」
「だって、お兄さんたち、昨日金貨1枚もくれたじゃない。サービスしてたよ」
「ナル、商売うまいな」
「それは、どうも」
ナルは損して得を取るということを平然とする。
ナルならこの商売を成立させることもできるだろう。
「その弁当を買い取れればいいんだが、オレら弁当あるからな」
「お弁当は保存食でつくられてるから、食べるか売るかするので心配いりません」
お弁当を保存食で作っているところも抜け目ない。
「覧、ちょっと、ナルと話があるんだがいいか?」
「何? 私の目の前で浮気?」
「ああ、彼女の目の前で浮気だ。三年目の浮気くらい、大目にみてくれるんだろ?」
ウィンクするびの。
「そうそう。私とびのがあったのは、私が4年生で今は6年生だから、ちょうど3年目で……って、馬鹿言ってんじゃないの。浮気をする態度が気に入らないの」
どごっ。
私はびのの脇腹に正拳突きを入れた。
「「はっはっはっ」」
二人とも笑いあい、ナルは置いてきぼりだ。
「ああ、すまない。オレらの故郷のテンプレートギャグなんだ。本当に浮気をするわけじゃないから、気にしないでくれ」
ナルはわけわからなそうにしている。
まあ、わからないよね。
…………
……
「おまたせ、覧」
「密会の相談でもしてたの?」
「覧の目の前で? まさか。そんな勇気ありません」
「さっきまでは勇気凛凛だったけど、今、私を目の前にしているから、勇気はない……なんてオチじゃなきゃいいけど」
浮気をする男はどんだけ束縛しようが、GPSつけようが、24時間一緒にくっついていない限り、どんなことしてでも浮気をしようとする……と誰かが言っていた気がするし。
「ナルと話している時は、浮気話をする時は100%勇気で、覧と話しているときは0%勇気……って、どんだけ甲斐性あるお調子者なんだよ……オレ」
「お調子者のびのだからな……中二病のびのだからな……ライトノベルあるあるのハーレム万歳のびのだからな……」
「おいおい、どんだけオレの印象悪いんだよ。他の人からもオレがそういう風に映ってるなら、モテないのも頷ける」
「大丈夫、私がいるよ」
私はびのの肩にポンと手を置いた。
「いや、その覧がオレをけなしてるんだからな……」
ぐーとびののお腹が鳴る。
「とりあえず、遅めの昼ごはんとシャレこむか」
「え? ここで食べるの?」
人通りが多いとはいえ、往来がある道だ。
こんなところでレジャーシートを広げてご飯を食べれば、行き交う人々から白い目でみられるだろう。
「ここじゃないよ。覧、ついてきて」
私はびのについていく。
15分ほど歩くと公園についた。
「ここって……」
「びっくりしたか? ここは桜が有名な公園だ」
植えられたすべての樹木が桜ではないかと疑ってしまうほど、たくさんの桜の木が植えられていた。
白に限りなく近い桜色は木漏れ日を反射させ、神秘的な雰囲気を醸し出す。
桜の花びらが風で雪のように舞い散り、石畳は桜の花びらで埋め尽くされ、側に流れている小川にはたくさんの花筏がゆっくりと流れていた。
絵にも描けない美しさというのは、こういうことをいうのであろう。
生命の息吹が咲き誇り、散っていく姿に私は息をのんだ。
「お花見もできるらしい。どうだ感動したか?」
「もちろんだよ。こんなに桜があるところ、行ったことないもん」
ひきこもり歴2年。
インターネットやテレビで桜の名所をみたことはあるものの、実際の桜並木を見たことはこれが初めてだった。
「よろこんでくれて何よりだ」
「いつ、下調べしたの? びの」
「それは企業秘密だ」
きっとナルに訊いたのだろうが、詮索するだけヤボかもしれない。
「さて、弁当にしようぜ。ここなら、ゆっくりと食べられるだろう」
びのはお弁当を広げた。
「母特製の弁当……って、今日はカルボナーラ」
「私が頼んでおいたんだ、スパゲッティ。びの、好きでしょ?」
「ああ、大好きだぜ」
景色の綺麗さに気をとられ、食べたスパゲッティの味は覚えていなかった。
花より団子なんて言葉があるけど、あれは嘘だ。
本当に綺麗な場所なら、団子より花だよ。
「こういうところでおしゃれにワインとか飲みたいな……」
「もう、中学生が何言ってるの?」
「オレ、20年以上もの間生きてる気がする。だから責任はとれる気がする。従ってお酒を飲んでもいい気がする」
「全部、気がするだけじゃないか。それでいいなら法律はいらないよ」
「冗談だよ、冗談」
私たちが花見を満喫していると、暗くなり始めた。
「夜もライトアップすれば綺麗だろうに」
「電気がこの世界にはないからね……」
「電気がないなら、魔法使いを置いて、ファイヤーでライトアップすればいいじゃない?」
いや、パンがないならお菓子を食べればいいじゃない風に言われても……
「魔王が出て情勢も不安定だから、魔法使いを配置なんかできないよ」
「おのれ魔王。お前らがいるから安心して花見もできないじゃないか……」
「そう思うなら、はやくびのが退治すればいいんじゃない?」
「えー、オレじゃない誰かがやってくれれば一番助かるー」
「いやいや、王国最強剣士キデギスがダメだったんだから、無理じゃないかな?」
「はー、頑張るかー」
珍しくやる気を見せるびの。
へくち……
私がくしゃみをすると、
「少し冷えてきたな……家に戻るか」
「そうだね」
私たちは鏡をのぞきこみ、家へと戻った。




