第12話 図書館
私は大臣から受け取った金貨100枚入りの袋、10袋をバッグにしまいこんだ。
パンパンに膨らんだバッグは重くて持てそうにない。
「バッグ、持つぜ」
「ありがと」
びのは重いバッグをひょいと持ち上げる。
さすがびのだ。
伊達に毎日筋トレをしていない。
「それじゃあ、オレたちは、これから冒険の支度をしようか……と言いたいところなんだけど……」
「まだ何か?」
「通行所を作って、寄越せ」
びのは手を出して要求する。
「それならもう、手配してあります」
大臣は言いながら木札を渡してきたので、びのはそれを奪い取った。
手際がいい大臣だ。
普通そこまで頭が回らないというのに。
もしかして、自分が不法入国とか詐欺まがいのこととかをしたことがあるとか?
いや……それはあり得ないか。
大臣だしな。
きっと、亡命して逃げてきたとかの似たような案件があったのだろう。
「これは通行所と住民票を兼ねておりますので、これがあれば、町のギルドにも入れますよ」
「ギルド?」
「ギルドに入れば、モンスターの情報を交換したり、技能を身につけたりすることもできます」
「ふーん」
びのは、興味ないかのように返事をした。
ギルドって、結局人の集まりでしょ?
あまり気のりはしないな。
「ギルドに入れば、動物やモンスターの素材をお金に換えることもできますし、お金を預けることもできます」
「換金率が高いところはどのギルドだ?」
びのは換金率が気になるようだ。
「それは、素材の需要によりますね」
「生産系ギルドと冒険系ギルドは、必要な素材が異なりますし」
「ちなみにどんなギルドがある?」
「生産系ギルドには、商人ギルドや、農業ギルドや工業ギルドなどです。冒険ギルドは、剣士ギルドや格闘家ギルド、魔法ギルドや弓ギルドなどがあります。最近は、魔王討伐ギルドなんてものもできました」
「ふーん」
「お好きなギルドへ所属してください」
いや、ギルドなんか必要ないけどね。
私達は、城を後にした。
…………
……
「それにしても、びの、支度金を交渉してつりあげるなんて、びっくりしたよ」
異世界に来て、その考えには至らない。
大抵の人は交渉などせずに、王子様から大金をもらったという認識だけで満足するだろう。
「当然だ。魔王を倒すんだぞ? 装備を揃えるための必要経費だ」
「いや、そうだとしても、やり過ぎじゃない?」
「これでも足りないくらいだ」
命かけて一千万。確かに安すぎる……
「悪いな、覧。まさか、魔王退治をすることになるなんて……」
「気にしないで。びのが守ってくれるんでしょ?」
「ああ、命にかえてでも守ってやるよ」
「じゃあ、私も命にかえてもびのを守るよ」
「おいおい、どっちも守ってんじゃないか」
ピンチになったら、お互いがお互いを守り抜く……
それは愛の物語。
純愛系だね。
「じゃあ、死ぬときは一緒ってことで」
サムズアップする私。
「縁起でもないぞ、覧」
「あっさりと死なないためにも、そのお金で装備品を揃えに行こうよ」
「いや、その前に……図書館でレファレンスだな」
レファレンスとは、図書館で必要な情報を教えてくれるサービスのことだったよね?
「なるほど。さすが、びの。まず最初に情報を集めるとはおみそれしました」
確かに情報は大切だが、それを収集するには時間がかかる。
先に行っておくのが正解だろう。
「茶化すなよ」
私たちは図書館へと向かった。
…………
……
「木札を」
入り口で入館証代わりの住民票の提示を求められた。
図書館では、住民票の木札がないと入れないようだ。
あれ? 確かこの木札は、市民権を得た大人にしか発行されないんだよね?
この世界では、図書館は大人の特権ってことか?
元居た世界でも、図書館は大人が利用するところで、子どもは使えなかったという歴史もあったから、木札が必要なのも不自然じゃないか……
「木札のご提示ありがとうございました。初めての図書館のご利用ですので、簡単に説明させていただきます。食べ物や飲み物は絶対にださないでください。出した場合、出禁となるおそれもありますので。他にも――」
そのほかにも簡単な説明を受け、図書館へと入った。
ほとんどの図書館が飲食禁止であるように、この図書館も飲食禁止なようだ。
図書館というからには、たくさんの本や資料が陳列されているものと思ったが、実際に本や資料は全くと言っていいほどなく、あるのはカウンターだけ。
ここ本当に図書館?
入って最初の感想はこれだった。
すべての本や資料は閉架図書や倉庫で保管されているのだろうか……。
もしかすると、この世界では紙自体が高価なのかもしれない。
あるいは、日光に短時間あたるだけで変色するからかもしれないが、とにかくおおよそ元の世界の図書館とよべるものではなかった。
「レファレンスをお願いしたいのだが、ここでいいか?」
びのは図書館へ入るなり、カウンターの女に話しかける。
「はい、ここであってますよ。レファレンスですね?」
「魔王と魔法について書かれている資料を片っ端から調べてくれ」
「レファレンス料金は、1ゴールドで3日間ほどかかりますが」
「お金かかるんだね、びの」
元居た世界ではレファレンスをお願いしても無料だったが、ここでは金がかかるようだ。
「10ゴールドやるから、1日でできるか?」
タイム・イズ・マネー。
金より時間の方が大切なことをびのは知っている。
金は稼げば手に入るが、時間は二度と戻らないからな。
「それは、ちょっと……」
「20ゴールド」
「えっと……お金の問題ではなくてですね……」
お茶を濁すカウンターのお姉さん。
「できないのか?」
「あのですね……」
「無理は承知の上だ。そこをなんとか頼む」
ウィンクをするびの。
「かしこまりました。20ゴールドでお受けいたします」
ちょっと、びの。
カウンターのお姉さんの目がハートになってるんですけど?
私がいるのに、ウィンクまでしてからに。
帰り道に刺されてもしらないんだからね?
「さてと、それじゃあ、装備を買いに行くか?」
びのはお姉さんのことなど気にせずに、すたこらさっさと図書館を出ようとする。
あいかわらず、用件だけ済ませる、用件人間だ。
「その前に、アンティークショップに行こうよ」
「なんでアンティークショップに行かなければならないんだよ?」
びのは不満そうな顔をする。
「そりゃ、お土産屋だよ。お土産。異世界に来たんだから、高級なお土産買っていかないと、お母さん拗ねちゃうよ?」
「お土産って……この世界に来たばかりじゃないか。荷物になるものを持って町の中を歩くのもたいへんだぞ。最後にしようぜ。このお金も結構重いんだからな」
「いやいや、逆だよ、びの。お土産にどれ位のお金を残さなければいけないかを先に分かっておかないと。残った予算だけだと、しょぼいお土産しか買えなかったってことあるよね? それに疲れてる時に見るお土産は適当に買っちゃうじゃないか。先に買いたいものをリストアップしておいて、最後にまとめて買えば手間が省けるよね?」
お母さんはそこらへんうるさいんだから、きちんと買わないと、後でどやされるのはわかっている。
「まあ、急ぐ旅でもないか。お好きなように」
びのは諦めたかのようだ。
そうそう、びの、人間諦めが肝心だよね。
「すみません、この町の地図ってありますか?」
びのの許しを得た私は意気揚々とカウンターのお姉さんに尋ねた。
「町の地図ですか?」
カウンターに座っていたお姉さんは、私の申し出に困惑しながら答えた。
それもそうか。大人っぽいとはいえ、私はまだまだ子どもだ。
子どもが地図を見せてくれなんて言いだしたら、そりゃあ困惑するだろう。
「ええ、ちょっと、アンティークショップまでの道を調べようと思って」
「地図を読めるのですか? その歳で? 私でも読めないのに……」
ふーん、地図が読めない女性の典型的なタイプなのかな?
きっと私が地図にいたずら書きでもする悪ガキとでも思っていたのだろう。
とりあえず、ここの教育水準が結構低いってことだけわかった。
「ええ」
「1年前に作られた、簡単な地図ならありますが、貸し出すことはできません」
そういえば、元の世界でも、利用頻度が高い町の地図は貸してもらえなかったな。
多分、そういう理由ではないと思うけど。
この世界の司書が地図を読めないのであれば、おそらく、この世界の人々でも地図を読める人は少ないだろうし。
「じゃあ、それを見せてください」