64.ラインハルト視点 ⑨
次の日、長剣を腰に差し冒険者らしい実用的な格好をしたラインハルトが冒険者ギルドに訪れた。
扉を開けて入った瞬間、ざわりと空気が揺れ、周囲の人々は話をやめ、辺りはしーんと静まりかえった。
質素な格好をしているがラインハルトの類を見ない美貌や、貴族たる高貴な佇まいは隠し切れてなく、周囲はその美しさに圧倒された。
受付嬢達は揃って頬を染め、数少ない冒険者の女性達はガン見レベルだ。対して男性達はあまりの神々しさに最初は圧倒されたものの、女性達の反応を見て、舌打ちをしたり、あからさまに睨んでいる者もいた。
注目される事に慣れているラインハルトは、周りのそんな雰囲気を全く気にする事なくキョロキョロと周りを見渡し、誰かを探している様だ。
「こっちだ!」
そう呼ぶと、一気に注目がカイトに移る。
その雰囲気にうっとなったものの、全く気付いていないラインハルトはほんの少し表情を緩めてカイトの元へやって来て挨拶をしてくるので、苦笑いしながら挨拶を返した。
その少しだけ緩めた表情を見て、受付嬢達がきゃあきゃあ言い出し、さらに周りの男達の機嫌が悪くなる。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします」
「うん、じゃあ取り敢えず出よっか」
「え? あ、はい」
カイトににっこりと有無を言わせない雰囲気で言い切られ、素直に従うラインハルト。
出てから、こそっと聞いてみた。
「何か不味かったでしょうか?」
「うーん……まあ、あんなトコで待ち合わせした俺も悪かったんだが、取り敢えずお前は自分の顔を自覚しろ! 要らぬ争いと招くぞ? 取り敢えずフード付きのマントでも着ろ。良いな?」
「はい。そうですね、それは困ります。気を付けます」
そのまま服屋に入り、目立たないマントを買って着る。
「冒険者登録はしてあるのか?」
「はい、学生時代にしました」
「今、何レベルなんだ?」
「21です」
「まずまずか。討伐はした事あるんだよな?」
「学生時代しかしていませんが、一応していました」
「ん、じゃあ取り敢えず俺の今のパーティに入って、暫く一緒にクエストをこなし、全体の流れを教えるわ」
「よろしくお願いします」
頭を下げ、素直に願うラインハルトを見てると不安になる。
「そうだなぁ……まずはその話し方を何とかした方が良い」
「いけませんか?」
「冒険者は身分を気にせず付き合うもんだ。相手の事情は聞かないのが礼儀だが、貴族をよく思っていない輩も居る。お前はまんまお貴族様だからな〜」
「そうですか、それは困りますね。直していきます」
「そうしてくれ」
◇
カイト達が泊まっている宿に行き、他のメンバーを紹介して貰う。
カイトのパーティは剣士、斧使い、弓使い、魔法使いの四人で行動している。
カイトは剣士でリーダーだ。
斧使いのホラントは茶色の髪に茶色の瞳、ガッシリ筋肉質で気さくな雰囲気を持つ。既婚者で嫁を大事にしている。
弓使いのジャンは焦げ茶の髪に緑の瞳、すらっとしていて筋肉がつく所についている。中々顔もよく、愛想も良い。女性関係は派手らしい。
魔法使いのサイモンは緑の髪に焦げ茶色の瞳、小柄でヒョロヒョロしている。少しおどおどしていてあまり人と話すのが得意ではなさそうだった。
予めカイトが説明してくれてあった様で、皆快く仲間に迎えてくれた。
クエストの受け方。移動や夜営。魔獣の討伐の仕方、討伐部位の採取の仕方。商人の護衛や村の護衛。様々な事を教わった。
長く一緒に居れば気心も知れ、色んな話をする様になる。酒が入れば仲はより深まる。
ホラントの嫁自慢や、嫁を大事にする方法、ジャンの女性の扱い方や、女性を喜ばせる方法など、今まで聞いた事のない事ばかりで、どれも新鮮で為になった。
一番衝撃だったのがジャンの言葉だ。
「言わなきゃ、誰も、何も分からないんだ。お前が嫁さんの気持ちが分からなかった様に、お前が何も言わなきゃ嫁さんだって分かる訳ないだろう? どんなに心の中で思っていても無駄だ。何の為に言葉があるんだ。思っている事はちゃんと伝えないと、後悔することになるぜ」
確かにそうだ。
思っているだけでは駄目だ。きちんと伝えないと。
それと注意もされた。
平民は貴族とは違う。貴族的な微笑みは、勘違いの元だから絶対にするなと言われた。私は女性に優しくするのも、やめた方が良いらしい。優しくするのは大切な者だけで十分なんだそうだ。なる程。
半年一緒に過ごし、冒険者としての活動も十分理解出来た。討伐にしても氷魔法を改良し、多勢にも対応出来る様になった。その頃になれば、言葉遣いも変わり自分の事を俺と言う事に抵抗はなくなっていた。
だが思ったよりもレベルが上がらなかったので、どうすればレベルが上がるかを聞いた。やはり魔獣を倒す事が、レベルを上げる事になると言われた。
でもこの辺だと魔獣を探すのに時間がかかるため効率が悪い。ダンジョンならば、より多くのモンスターを倒す事が出来ると言われた。
カイト達にお礼を言い、パーティを離れる。
別れを惜しまれたが、強くなってくると言えば俺の冒険者になった理由を知っている彼らは、仕方ねーなぁと見送ってくれた。
◇
ザザビークに行く前に神殿に寄って、新たなスキルを入手した。
以前に母上から、ルティカがアイテムBOXというスキルを持っていたと聞いた。
冒険者として活動していて、やはり一番困ったのは運搬や食事だ。荷物を沢山持って移動するのはそれだけで面倒だし、肉を捌いて焼く事は出来ても料理は出来なかった。カイト達は魔法鞄を持っていて、それで補っていた。
一人で活動するには、やはりどちらかが必要だと思った。
だが聞く所によると、アイテムBOXのスキルは限られた者にしか習得出来ないらしい。私に出来るかどうか分からなかったが、他に便利はスキルがあれば良いな位で寄ってみた。
結果から言えば、簡単に習得出来た。
他にも何個かスキルを言われたが、今はそれがあれば良かったので、あまり聞いていなかった。
使ってみれば、何と便利なスキルだろうか。
触れれば収納出来、思った時に取り出せる。また中に入っている間は時間が止まる。公爵家で貰った紅茶が何時でも温かいまま飲める様になった。これで食事には困るまい。いく先々で食事を買い、保存する。俺は回復も出来ないので、山程ポーションを買い占め持っていく。
ザザビークに行き、ダンジョンのマップを買って頭に叩き込む。
流石にボスを一人で倒す自信がなかったので、暫くは1〜9階を行ったり来たりしてレベルを上げる。
ただ只管にモンスターを倒す。
食事は腹が減ったら食べ、睡眠はボス部屋の前でとった。
水は水魔法で出せたので、飲み水には困らなかったし、顔とかを洗う事も出来た。
食料が尽きる迄、倒しまくった。
食料が尽きれば、ダンジョンから出て買い漁る。元は公爵だったのだ。金ならある。勿論自領の税金などではなく、自分で稼いだものだ。誰憚る事などない。
出てくる頃にはボロボロで、髭も伸び、薄汚れていたが気にならなかった。そんな事よりも少しでも早くレベルを上げたかった。店主には嫌な顔をされたが。
そんな事を繰り返し、レベルが30を超えたらボスに挑戦した。10階のボスはゴブリンキングで、あっさり倒せた。
そのまま11〜20、21〜30階と攻略し、レベルが40になった。
順長に伸び、少し自信をつけたが31階に入って挫けた。
臭い!
31階に誰も居ない訳が分かった。ゾンビゾーンだからだ。
それでも我慢して何とか頑張ったが、今までの様に進めない。
これでは効率が悪いので、仕方なく1〜30階までを周回する事にした。
レベルが45になった辺りで、一度王都に帰る事にした。
その時になって初めて、ダンジョンに入って一年経っている事に気付いた。
久々に公爵家に戻ったが、髪も髭も伸び放題、汚れまくった俺を見て、皆呆然としていた。おそらく臭いも相当だったと思う。
金縛りが解けた母上には泣かれ、ツヴァルツには叱られた。今まで一度も連絡しなかった為、心配をかけてしまったらしい。
風呂に入れと命令され、髪と髭を整えられた。
それでも以前の俺とは雰囲気が違うと言われた。
前よりは強くなったつもりだが、ルティカには全然及ばない。
今なら少し分かる。彼女の強さが。
全然足りない。もっと強くならねば。
またすぐダンジョンに戻ると言うと引きとめられた。
溜まった書類や聞きたい事があるので、少し手伝って欲しいと言われた。
ツヴァルツに迷惑をかけている自覚はあるので、了承し暫くは手伝いに徹した。
そうこうする内に、王都近くの森の奥に魔素溜りが出来ているらしいと噂されるようになった。魔素溜りが大きくなると強い魔獣が生まれる。何十年かに一度、そうやってヒュドラが生まれると言われている。
以前に出たのは三十年前だ。
その時も大変な被害があり、国の兵では対応出来ず、高ランクの冒険者を呼んで討伐して貰ったと聞いた事がある。
ヒュドラは大型の蛇に類する魔獣で、首がその強さに応じて何個もある。つまり強ければ強い程、首が多い。三十年前のヒュドラは三頭だったらしい。
ギルドに依頼があるだろうから、行ってくると言うとツヴァルツは危険だからと止めたが、冒険者なのだから問題無いと言うと渋々了承してくれた。
◇
ギルドに着くとカイト達も居た。
久し振りに顔を合わせ、強くなった様だと褒められた。
やはり国から討伐依頼が出ていて、何パーティか合同で対応する事になった。
俺もカイト達のパーティに入れて貰い討伐に向かう。
森の奥に居たヒュドラは過去最大で頭が五つもあった。
それを皆んなで協力して倒す。
遠距離からは魔法や弓矢で注意を引き、近距離の者が首を落とす。
俺もニつ頭を落とし、最後の頭を他の人が落とした。
これで討伐出来たと全員が油断したが、最後の首がまだ生きていた。
気付いた時には、油断している奴に襲い掛かっていた。
それに対応出来たのは俺だけで、何とかそいつを逃し口を大きく開けた首に剣で対峙する。一旦距離をとろうと思ったが、ヒュドラが毒の息を吐き出し視界が奪われた。
狼狽えた瞬間に襲われ額から牙で斬り裂かれた。痛みに朦朧としながらも、咄嗟に氷槍でその首を突き刺した。暫くはジタバタと暴れていたがやがて動かなくなった。
「おい! ラインハルト!! 大丈夫か!?」
そう言ってカイトが近付いてくる気配がした。
バシャッ
と思ったらポーションをぶっ掛けられた。
だが毒も傷口に入っていた為、眼球が損傷してしまっていた。
傷は癒えたが、傷痕は残り左眼は使い物にならなくなっていた。
「すまない! 俺が油断してたばかりに……」
そう襲われた奴が謝ってきた。
「誰も死んで無いから良いじゃないか。さあ、こいつを持って帰って報告しようぜ」
「! あぁ! すまない! 本当に有難う!!」
泣きながら感謝され、帰りは楽をさせてもらった。
戻ってギルドが国に報告し、俺達は褒賞が貰えた。
俺もそれがあったからか、気付けばランクもAに上がっていた。
皆が褒賞に沸き立ち、騒いで飲んでいた。
夜も更けた頃、まだまだ騒いでいる輩が居たが、先に宿に戻った。
俺は別に気にしないが、ルティカはこの眼を気に入っていたようだった。
この有様を見れば、がっかりするのではないかと思った。
そろそろ二年経つ。もうすぐ会えると思うと嬉しかったが、それを思うと少し落ち込んだ。
嫌われてしまうだろうか……。




