63.ラインハルト視点 ⑧
面会を申し込んだものの、許可が下りるまでに時間が掛かると思っていたが、思いの外すぐに会ってくれた。
指定された応接室で待っていると、丸眼鏡を指で上げながらやって来てくれた。以前にお見かけした時にはしていなかったが、仕事中は着けているのかもしれないな、と場違いな感想を抱きながら入って来たロイジェネク卿を見た。
「お待たせしてしまったみたいで、申し訳ありません」
「いえ、お忙しいのにお時間を作っていただき有難うございます」
出された紅茶を一口飲んで、ゆったりとした口調で尋ねてきた。
「それで、私に何の御用ですか?」
「実は不躾ですが、お願いがあって参りました」
「お願い? 私にですか?」
「はい、ロイジェネク卿はルティカの先生だと聞きました。是非私にもご教授願いたいと思いまして。勿論対価はお支払い致します」
ロイジェネク卿は少し目を見開いてから紅茶を置き、ゆっくりと両手を組んで真っ直ぐに私を見てきた。
「理由をお聞きしても?」
「私は……ルティカと共に生きて行きたいと思っています。その為には強く在らねばならないのです。ルティカを守れる位に」
「それは……難しいかと思います。それにエクセライク公爵であれば、十分にお強いと思いますよ?」
「爵位は弟に譲渡したので、私はもう公爵ではありません。今、ルティカは国外に行っているので、帰ってくる二年後までには冒険者として独り立ち出来る様になりたいのです」
「爵位を譲ったのですか!? それで冒険者になると?」
「ええ、一応剣技は使えますが、私は魔法に関してそれ程詳しくありません。でもそれでは足りないと思いました。でも……恥ずかしながら魔法を教えてくださる方を存じませんので、良かったら何方か紹介していただけないでしょうか?」
私をじっと見詰めていたロイジェネク卿は、ふっと表情を和らげた。
「そうですか……お話は分かりました。ですが、以前にもお話しした通り、私がルティカに教えた訳ではないのですよ。寧ろ私が教わった側です」
「そうなのですか?」
「ええ、詳しい事はお話し出来ませんが。でもあのルティカを追うなら生半可な努力では難しいと思いますよ?」
「分かっています。それでも私は……」
「まあ、良いでしょう。私がお教え致します。対価は必要ありません。但し他言無用でお願いします。それとお教えするのは今日と後日の2日のみです。それでも宜しいですか?」
「ええ、勿論です。それで構いません。有難うございます!」
「それでは少し移動しましょうか」
そう言って連れて行かれた場所は、魔法研究所にある練習場だった。
人払いをした後にロイジェネク卿に、使える魔法の種類を問われ水魔法だと答えた。
現在使える最大魔法を見せて欲しいと言われ、水刃を出し、的に向かって放った。
それを見たロイジェネク卿は、ふむ、と呟いた後無詠唱で水球を掌に出した。私は詠唱せねば出せないのに、流石所長だ。
「良いですか、魔法とはイメージです。私達が体外に属性魔法を出すには詠唱をしなければなりませんが、それはイメージによって自在に変える事が可能なのです」
すると出した水球がみるみる魚の形になり、優雅に泳ぎだした。
初めて見る美しい現象に言葉を失う。
「これは魔力操作に当たります。自身の魔力を自在に操ることが出来れば可能ですよ。やってみてください」
言われた通り、水球を出して集中してみる。
魔力操作と言われたが、理屈がわかるのと実際に出来るのは別の事で、そんな簡単には出来なかった。
だが、ずっと見ていると確かに魔力の動きが見える様になってきた。それを自分で動かしてみる。少しだが流れが変わり、球の形が歪になった。
「素晴らしいですね! こんなに早くコツを掴むなんて、中々見所がありますよ」
そう言って褒めてくれたが、全然出来た感じがしない。
怪訝な顔をしていたのだろう。それを見て苦笑しながらロイジェネク卿は言ってくれた。
「そんな簡単に私と同じ様に出来たら、私がショックです。後は訓練あるのみですよ。実際に魔力操作が出来れば、実用的になります。頑張ってみてください」
「分かりました」
「それとエクセライク卿は氷魔法は使えますか?」
「氷ですか? いえ、使えません。それにあれは血統魔法ではないのですか?」
魔法に氷という属性はない。
だが実際に使える人々は居る。それは限られた血統のみだと思われていた。
「氷魔法は誰にでも使えます。ただそれを得意としている家系があるというだけですね。ほらこの通り」
そう言うと泳いでいた水の魚が凍り、落ちて砕けてしまった。
「凄いですね!」
「これもイメージです。水が氷になる原理は分かりますか?」
「温度が下がるから……ですか?」
「そうですね。ではその温度とは何だと思いますか?」
「え? 温度は……えっと?」
「この世界の物質は、すべて目に見えない程の小さな物質で構成されています。その小さな物質が動き周りぶつかり合って、その動作で熱を発しているのです。ですからその動きを止めれば、熱が発生しない、つまり温度が下がると言うことなのです。分かりますか?」
「……うーん、ちょっと理解し難いです」
「そうでしょうね。私も初めて聞いた時には分かりませんでしたし、信じられませんでした。でも事実なのです。これを理解し、魔力操作が完璧に出来れば、水以外を固める事も可能なのですよ」
「そうなんですか!?」
「はい、私にはまだそこまで達していませんがね」
今までの流れから言うと、この理論はルティカのものなのだろうか?
だとしたら、これ位出来ねば話にならないではないか。
「これが出来る様になれば、これからの貴方の助けになる筈です」
「はい! 頑張ります」
「ふふ、頑張ってください。後は紹介したい相手に連絡をとってみますので、二週間後にまたお会いしましょう」
「分かりました。本当に有難うございます!! 早速帰って訓練します!」
「訓練はあまり人目につかない様にしてくださいね。後、魔力を使い切って眠ると、最大魔力値が増えるそうですよ」
「そうなんですか!? 知りませんでした。やってみます」
「それに関しては十分に気をつけてくださいね」
「はい!」
綺麗な礼をして練習場から辞するラインハルト。
「やはりルティカが選んだだけはあると言う事ですかね。全てを捨てて追いかける事が出来る貴方が……少し羨ましいですね」
その後姿を眩しそうに眺めながら、ぽつりと呟いたステファンの言葉は誰にも聞かれず、風に流れていった。
◇
それから公爵家の訓練場の一部を使い、魔力操作に明け暮れるラインハルト。
それに伴い、身体を鍛え直した。今までもダラけていた訳ではなかったが、王城での仕事は書類仕事だったため鈍っていたからだ。
朝から晩まで訓練し続けるラインハルトを心配して、ツヴァルツがたまに質問があると呼び出し、聴きながら休憩させる以外ひたすら訓練していた。
その甲斐あってか二週間後には氷矢が出せる様になった。
まだまだ本数も少なく、狙いも甘いが水矢よりも威力は高く、実戦でも使い勝手が良さそうだった。
何とか形になりそうで、ほっとしているとロイジェネク卿から連絡があった。
前回と同じ応接室に向かうと、一人の真っ赤な髪の冒険者風の格好をした者と共にロイジェネク卿が待っていた。
「お待たせ致しました」
「やあ、成果はどうかな?」
「はい、何とか氷矢は出せる様になりました」
「それは素晴らしいですね。どうですか? カイト。引き受けてくれますか?」
ロイジェネク卿が冒険者を振り向き尋ねると、そのカイトと呼ばれた人物はじっくりと私を見てから答えた。
「そうだな……良いだろう」
「良かった。では紹介しますね。こちらは私と同じくサーバンド侯爵に雇われたルティカの先生です」
「初めまして、カイト・ライ・マセルハイドだ。ルティカには冒険者としての心得を一通り教えたな」
「初めまして、ラインハルト・フォン・エクセライクです。マセルハイド卿もルティカの先生だったのですね。よろしくお願い致します」
「よしてくれ、カイトでいい。冒険者をしてるんだし、気を張らないでくれ」
「そうですね、私もステファンで良いですよ?」
「有難うございます。では私の事もラインハルトとお呼びください」
そう願い出ると、お二人共快く頷いてくれた。
「ラインハルトは冒険者になりたいとの事でしたから、カイトにも教授して貰えば良いかと思いまして」
「有難うございます。お願い出来ますでしょうか?」
「お前も物好きだなぁ。公爵辞めて冒険者になるなんて」
「はは……そうですね。でも私は強くなりたいのです!」
「まあ、良いぜ。俺のパーティに入って暫くやってみな」
「はい!」
「でもあいつは規格外だから、追うとなると大変だぜ?」
「分かっています。それでも私はやります」
「じゃあ、明日冒険者ギルドで待ってるよ」
「はい。分かりました」
そう言うとカイトは、ステファンに挨拶をしてから退出して行った。
ラインハルトはステファンに向き直り、改めてお礼を言う。
「ステファン先生、カイト先生を紹介してくださり本当に有難うございます。助かりました」
「良かったですね」
「本当に対価をお支払いしなくても宜しいのですか?」
「そうですね……では、二年後にルティカを無事捕まえたら、一度挨拶に来てくれますか?」
「それは勿論です。でもそんな事で良いのですか?」
「ええ、今でもルティカは私の可愛い生徒です。幸せになってくれれば嬉しいですよ」
「……ご期待に添える様、精進致します。有難うございました。それでは」
にこりと微笑むステファンに挨拶をし、退出する。
明日から本格的に冒険者として活動するために、改めて気持ちを引き締めるラインハルトだった。




