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48.誤解


 久し振りに草刈りや採取など、様々な依頼をこなしてかなりご満悦なルティカ。あっという間に五日経ち、公爵家へと向かう。


「お帰りなさいませ、奥様」

「……エドワード、私はもう……」

「いえ、我々にとってルティカ様が奥様です。ラインハルト様は執務室にいらっしゃいます。どうぞこちらへ」

「有難う」


 こんなドレスも着ていない私をまだ奥様と呼んでくれるなんて。

 あのマリアちゃんはどうしたのかな? 

 


「奥様!!」


 執務室に向かう途中でユノが、慌てて走ってやって来た。


「ユノ、お帰り」


 ユノはあの日は丁度お使いに出ていて、屋敷には居なかったのだ。

 

「奥様! 私を置いていくなんて酷いです!」

「ごめんごめん。帰ってきたら連絡しようと思っていたのよ」

「本当ですか?」

「勿論よ。ラインハルト様とのお話が終わったら、貴方にも話があるわ。少し待っててくれる?」

「畏まりました。では私も準備して参ります」


 そう言ってユノは下がっていった。

 何の準備かな? 


 そのままエドワードに連れられ執務室に行き、扉をノックする。


「奥様がいらっしゃいました」

「入ってくれ」


 ラインハルト様は机に向かい書類に目を通していた。


「すまない、すぐに終わるので少し待っていてもらえないだろうか?」

「分かりました」


 勧められるままにソファーに座る。

 メイドがお茶を用意して、退出すればラインハルト様と二人きりだ。

 もちろん夫婦なのでなんら問題はない。

 

 しばらくお茶を楽しんでいると、書き終わったのかラインハルト様は書類をとんとんと纏めながら顔を上げた。


「それで、お話とは?」

「……離縁はしない」


 こちらを向き、苦々しげに呟いた。


「何故でしょう? 彼女を気に入ったのではないのですか? 公爵家も彼女がいれば大丈夫でしょう?」

「彼女を気に入った訳ではない」

「ではなぜ第二夫人に?」

「彼女に公爵夫人としての仕事をして貰ったら、貴女は……その……冒険者をしても問題ないかと思ったんだが……」


 はぁ?


「それは、彼女に失礼ではありませんか!?」

「彼女は了承済みだ。あくまでそういう契約で、男爵家を援助する代わりに来て貰うつもりだったのだ」


 ふーん。


「なぜそんな事を?」

「貴女が……貴族として生活するのを煩わしがってるのは分かっていた。段々元気が無くなってきたから……冒険者として生活すれば少しは気分が晴れるかと思ったのだ」


 あら? 意外と気に掛けてくれてたんですね。

 全然接触が無かったから、無関心かと思っていたのに。

 

「お気にして頂き有難うございます。それならば、そのまま離縁して貰えれば冒険者としてやっていけますので助かります」

「離縁はしない!」


 むぅ?


「なぜです?」

「……」

「ラインハルト様は別に私じゃなくても良いのでしょう?」

「そんな訳あるかっ!」


 ドンっと机を叩いて立ち上がり、こちらに向かって来た。


 あれ?


「もしかして……ラインハルト様は私の事……気に入っていらっしゃるのですか?」

「当たり前だろう!?」

「そのような事、一度も言われた事がありませんでしたので……」

「そんな事なっ……言ってなかったか?」

「はい、私を選んだのは呪いに勝てる程、強いからだと思っていましたわ」

「! そうなのか!? ……まあ、いい。貴女が嫌なら第二夫人は娶らない。戻って来てくれ」

「それでは彼女が困るのではありませんか!?」

「……では援助の話だけは通そう」


 何だか渋々言ってますが、当たり前ですよね?


「そうしてください。でも私は戻りません。離縁でお願いします」

「!! そんなに私の事が気に入らないのか!?」

「……そんな事はありません。嫌いな貴族をやっても良いと思う位には、貴方の事を思っていました」

「ならば、なぜっ!?」


 こんなに焦っているラインハルト様は初めて見た。レアだなぁ〜。


「久しぶりに冒険者として生活してみて、やはり私に貴族は向いていないとつくづく思いました。ラインハルト様の事は愛していますが、もう疲れました。申し訳ありませんが、離縁して自由にしてください」


「!! ……今……何と?」


「離縁してください」

「それではない! その前だ!」

「? 疲れました?」

「違うっ! ……その……私を愛して……いると?」

「ええ、勿論ですわ。愛していない殿方と結婚するのは流石に嫌です」

「……そうだったのか……」


 おや? 言ってなかったかなぁ?


「私も……伝えていませんでしたか?」

「……伝わっていない。てっきり私を疎んでいるとばかり……」

「それはあり得ません」

「でも、貴女は……し、初夜を嫌がったではないか」


 おぅ! それね。

 うーん、もう言っても良いかな? 終わった事だし。


「あれは、丁度あの時に暗殺者が来てたからです」

「なっ! なに!! 何の事だ!?」


 それで私は、フェリシア様が毒を盛られていた事、婚約してからずっと暗殺者に狙われていた事、ラインハルト様が幼い頃から近しい人が居なくなるのはバルバラ様がやっていた事、証拠を集めてバルバラ様を断罪したのでもう安心だと言う事などを全て話した。

 ラインハルト様は両手を顔の前で組み、そのまま額を乗せ俯きながら聞いていた。


「……何故……言ってくれなかったのですか?」

「言えば止められるかと思いまして」


 ガバッと起き上がると、泣きそうな顔をしながら言った。


「当たり前だ! 止めるに決まっている!! 何故そんな危ない事をしていたのです!? どうして?」

「それこそ当たり前でしょう? ラインハルト様を助けたかったんです」


 そう言うとショックを受けたように、また俯いてしまった。


「戻って来てはくれないのか?」

「私達の間に会話が少なかったのは認めます。申し訳ありませんでした。でもやはりもう貴族は辛いのです。公爵夫人には戻りたくないです」


 ラインハルト様はゆるゆると顔を上げて、はぁと小さな溜息をつきながら言った。


「冒険者としてやっていくのですか?」

「はい、取り敢えずギルと世界樹の紅葉葉を採りに行こうと思っています」

「! 誰だ! それは!?」


 いきなり鋭い眼で見られ、少し怯む。


「い、以前からの知り合いで、時々一緒にパーティを組んでいた相手です」

「……その者の事が……好きなのか?」

「ギルは龍人です。龍人は番以外には好意を持ちません。ギルとは友人として親しくしているだけです。あと、契約的なものですね」

「そ、そうか……」


 そう聞いたラインハルトは少し落ち着いたようで、眉間にシワを寄せて何かを考えている。

 そんなお顔も素敵です。

 

「その世界樹とやらはどこにあるんだ?」

「ラルファ国にあります」

「結構遠いんだな」

「そうですね、ついでに色々見て回ろうかと思っています」

「そうか」


 暫く考え込んだ後、何かを決意したように私を見た。


「私の事は嫌いではないのだな?」

「はい」

「では、その旅から戻って来るまで、二年の猶予を貰えないか?」

「? 猶予とは?」

「離縁はしない。戻って来るまでに何とかする」

「何とか……とは?」

「何とかだ。これ以上は譲らん。嫌なら閉じ込めてでも行かさんぞ」


 かなり厳しい眼で見られてる。そんな眼で見られたのは初めてでビビる。

 まあ、行かせてくれるなら問題ないだろう。


「わ、分かりました。では二年後にまたお会いしましょう」




 執務室を出ると、ユノが冒険者の出で立ちで待っていた。


「ユノ? その格好は?」

「私も主と一緒に行きます。荷物は全て片付けてきましたので大丈夫です」

「え? で、でも……」

「これは譲れません! 置いていかれても絶対について行きますっ!!」

 

 困ってしまい、助けを求めるようにラインハルト様を見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしてた。そんなお顔も出来るんですね。初めて見ましたよー。

 

「一緒に行くつもりか?」

「はい!」

「ルティカを守れるのか?」

「勿論です!」


 ラインハルト様はいきなりユノの腕を掴んで、少し離れた所まで引っ張って行き二人で何かを話してた。

 ラインハルト様は後ろ向きだったので何を話しているのか分からなかったが、ユノはさぁっと顔色を悪くして、こくこくと頷いていた。暫くすると戻ってきたが、顔色は悪いままだ。


「大丈夫? どうしたの?」

「な、何でもありません! 平気です!」

「そう?」

「ルティカ、ユノは一緒に行くそうだ」

「え? 良いのですか?」

「ああ、護衛も兼ねて連れて行けば良いだろう」

 

 何だろう? ラインハルト様の笑顔が怖い。


「……分かりました。じゃあ、よろしくねユノ」

「お任せください!」

「頼んだぞ?」

「……畏まりました」

 

 

 玄関ホールまで来ると、使用人達が並んで待っていた。


「みんな……」


 エドワードが代表して挨拶をしてくれた。


「奥様、いってらっしゃいませ。いつでもお帰りをお待ちしております」

「皆、有難うね」


「ルティカ、気を付けて。ユノも頼んだぞ」

「有難うございます。……ラインハルト様もお元気で」



 皆が笑顔で見送ってくれた。

 まさかこんな風に公爵家を出ていく事になるとは思っていなかったが、引き留められるよりはずっと良い。

 

 新たな旅立ちに向けてテンションが上がるルティカだった。




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