第7話 『人さえいなければ平気???』
レビテーションで街を騒がせていた泥棒を捕まえるという大金星をあげた次の日、アナスタシアの部屋はちょっとした騒ぎになった。
しっかりかけたはずの閂が窓から落ちており、隙間風が入り込んでアナスタシアの部屋はかなり寒い状態だったのだ。
あれから帰ってきたアナスタシアは閂を持ってレビテーションで浮かび上がり、なんとか再び施錠しようとしたのだが、閂のつっかえ棒が1歳児のアナスタシアには重すぎて、結局施錠に失敗し、諦めて窓の下につっかえ棒を放置して知らんぷりを決め込んだのだ。
カール・プラティニア公爵も、婦人のラトラシアも、まさか1歳児のアナスタシアが一人で閂を外したとは思いもせず、原因不明の現象として公爵邸は騒然となったのだ。
もちろん、閂どころの騒ぎではないようなことをアナスタシアがやらかしているなど気がつく大人はいない。
何にしても、再び閂が窓の下に落ちているような事態が発生した場合は更に大きい騒ぎになることは明白だ。
こうなってしまえば、閂を元通りに施錠できるようになるまで、夜空の散歩は中止せざるを得ないだろう
「ちああない……」
『しかたない……』と言葉にならないつぶやきを漏らしたアナスタシアである。
それでもあの素敵な夜が忘れられないアナスタシアは、なんとか閂を元に戻せないかと考え続けた。
一ヶ月間程考えたがいいアイデアは出ず、再び空への衝動が大きくなってアナスタシアを苛む。
『もうこうなったら、閂のことは諦めて夜空に飛び立とう!うん、そうしよう』
アナスタシアの中の悪い子が誘惑に負けそうになっていたときそれは起きた。
昼間に換気のために開けていた窓の隙間から蝶が一匹入り込んできたのだ。
魔力消費のために時々虫を使って回復魔法や闇魔法を行使していたアナスタシアが夜空の誘惑に抗うべく、いつものように蝶を再起不能にしてから回復させようとしたそのとき、ふとアナスタシアはひらめいた。
『遠隔で魔法を発動することはできる。
魔力循環を体の外まで拡張してレビテーションを発動することもできる。
ということは、もしかして……
離れているところに魔力を循環させれば、遠くのものを動かせる?』
ひらひらと舞う蝶を見てひらめいた思いつきだが、いけるような気がする。
『よしやってみよう!』
思い立ったら吉日とばかり、アナスタシアは自身の体内や体表で循環させていた魔力を操作し、3mほど向こうを飛んでいる蝶を巻き込む形で魔力の流れを作る。
『これ結構難しいわね……
距離が離れているせいかしら』
初めての魔力の扱い方に四苦八苦しながら、なんとか蝶の周りを周回させた魔力を再び自分の方へと誘導することに成功する。
蝶は、自分の周りの見えない何かに戸惑ったように空中で右往左往している。
『いけそうだわ……』
アナスタシアは循環している魔力を徐々に自分の方へと引き寄せる。
するとそれに併せて蝶もこちらへと寄ってきた。
『やった!
蝶を動かせた!!
これが生き物だけにしか通用しないのならだめだけど、多分いける』
アナスタシアは蝶を魔力の渦から解放すると、窓の下に立てかけてあった閂のつっかえ棒へとその流れを変えた。
『これは……
重い!?』
つっかえ棒を魔力で持ち上げようとしたが、手応えがありすぎてなかなか動こうとしない。
どうやら重量があるため軽いものよりも込める魔力を増やさないといけないようだ。
アナスタシアは徐々につっかえ棒の周りを循環させている魔力の量と密度を増やしていく。
かなり疲れる作業だが、これができれば夜中に閂を外しても、自分の力で再び施錠できる。
アナスタシアは一際気合いを入れて、つっかえ棒の周りを魔力で囲い循環させた。
ふわりとつっかえ棒が浮く。
「にゃあぁーーー」
『やったーーー』と言ったのだが、実際出たのは猫の鳴き真似のような声だった。
こうしてアナスタシアはサイコキネシスの習得に成功した。
その日の深夜……
満を持してアナスタシアは活動を開始する。
先日同様、皆が寝静まった時間帯まで熟睡し、レビテーションで幼児用ベッドから浮き上がる。
窓まで移動すると覚えたばかりのサイコキネシスで閂をそっと外して窓を開ける。
周囲の状況に警戒しながら人の視線がないことを確認し、窓からふわりと飛び立つ。
公爵邸の外縁部分を飛び、旋回しながら高度を上げる。
今日は前回と違い下弦の半月で、月はまだ東の空にある。
『さて、今日はどこへ行こうかしら……』
満天の星空を飛びながら上空から景色を見下ろしていると、聖女として活動していたフランソワーズ時代に何度も訪れた汚れの森が遙か遠くに見える。
『そういえば、定期的に駆除しないと周りに瘴気が漏れ出して森に近い集落に病気がはやったり魔物の被害が増えたりしていたわね……
今はまだ、先代の聖女様が頑張っているけど、私が就任したときには患われて浄化できない期間が長くなり、かなり状況が悪化していたわね』
フランソワーズだった頃の懐かしさと当時の苦労を思い出し、しばらく森を眺めていると、ふとアイデアがひらめいた。
『あの森なら昼でも人がほとんど入らないし、こんな深夜なら誰にも迷惑をかけずに魔法の試し打ちができるんじゃないかしら!』
アナスタシアのこの迷惑極まりない思いつきで、後日とても苦労させられる人がいることなど、このときのアナスタシアには分かるはずがなかった。
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