第三話 『決意』
それからのフランソワーズは思うとおりに動けない乳児の体をもどかしく思いながらも、とりあえず転生前と同様に働く思考力をフル稼働させ、これからのことを考え始める。
『もし本当に私がアナスタシア様になったのならば、なんとしてでもプラティニア公爵家の滅亡を防ぎたい』
この思いがどこから来るのかと聞かれれば、即答はできない。
転生前から自覚するほど強かった正義感に動かされてのものでもあるのかも知れない。
あるいは前世で、知らないこととはいえ王家に助力することになってしまった自分自身の贖罪であるのかも知れない。
王太子にだまされ殺されたのはフランソワーズ自身もアナスタシアと同様だと考えれば、王太子や王家への復讐という思いもあるだろう。
複雑な思いが絡み合っているが、そのいずれもが王太子や王家への不信と、自らは思うがままに利用されてしまった己への憤懣や反省へと帰結する。
『それにしても、私がアナスタシアなのならば、前世でのアナスタシア様は、フランソワーズの記憶をもっていなかったのだろうか。』
そこまで考えて、最後に前世のアナスタシアが衛兵たちに連れ去られながら言った言葉が突然記憶によみがえった。
『ああ、なぜ今なの……
せめてもう少し早く思い……』
そのセリフの指し示す意味が、一つの可能性として頭の中に思い浮かぶ。
『まさか……、前世のアナスタシア様はあの婚約破棄の瞬間にフランソワーズとしての記憶を取り戻したのではなかろうか……
とすれば、聞き取れなかった言葉の続きは、「思い出せていれば」と続いたのでは……』
そこまで考えたとき、フランソワーズは背筋がぶるりと震える思いがした。
『ならば、今の私は……
生まれたばかりにも関わらずフランソワーズとしての記憶を持っている。
まるであのときのアナスタシア様の願いが天に通じたかのように……』
フランソワーズは今の自分に何か大きな運命的な力が働いているように感じずにはいられないのだった。
『このアドバンテージは大きいわ』
フランソワーズは今の自分が置かれた状況に大きな可能性を見いだす。
『確か、アナスタシア様は魔法の適性と制御は学園でもトップクラスだったけど、魔力量は少なく、実戦で使えるレベルではなかったはず……』
当時のアナスタシアは王妃となるのに自分が戦う必要はないと考えていた。そのため火・水・風・土の四属性に適性を持ちながら、幼少期から鍛えていれば希代の大魔法使いになったであろう才能を磨くことはしていなかった。
それは、平民から聖女に選ばれた前世のフランソワーズよりも魔法力や戦う力では遙かに劣る状況だったといえる程なのだ。
もちろん女の子だから剣術などの武術も修めてはいない。
『けれど、王家と対決する運命なら、戦う力は必要だわ』
フランソワーズは自身が王家の陰謀に立ち向かうために有利となるものはすべて身につけようと考える。
そのためには今なにをすべきか……
乳幼児の状態では、大規模な魔法はもちろん武器を取り扱った訓練も不可能だ。
いろいろな可能性を考えた結果、フランソワーズはまず魔力の総量を増やし、魔力の制御やコントロールを練習することにする。
『幸い今は乳児期。
魔力の総量は幼少期の生活で大きく変わると言われているわ。
どうせ手足は思うように動かないのだから、この際、魔法を鍛えましょう。
そして今世のアナスタシアである自分の魔法を戦闘にも使えるレベルまで引き上げるのよ』
方針が決まるや、フランソワーズ改め、アナスタシアは魔力の鍛錬を始めるのだった。