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晴との出会い

「そりゃ、大学生とか、会社員とか……大人?」

「だろ? そうだろ? おまえ、自分の格好もう一度見ろよ! おまえが大人な訳あるはず無いだろ!」


 急にテンションを上げたその声は武道場中に響き渡り、なんだなんだと振り返る守護霊たちの視線が、俺たちに突き刺さる。


「もう少し声抑えろよ。うるさいな」

「なっ、自分の格好のおかしさに気付かなかったやつに言われたくねえよ!」

「おかしくねえっつってんだろ!」

「俺の美意識が信じられねえってのか!?」

「当たり前だろ!」


 ……とは言ったものの、軼の言うことには一理はある。

 俺は低身長で百六十センチをやっと越すくらいしかなく、見た目は自分でも子供にしか見えない

 大人っぽい中に紛れた自分を想像すると、さぞおかしく奇怪な風景しか思い浮かばない……が、軼にそこまで言われる筋合いもない。

 大体、今も隣で俺のスーツ姿について熱く語っているのを見てると、正論でもムカついて来るってもんだ。

 それに俺が反論しないでいると調子に乗ったのかどんどん口調は早く声は大きくなっていってやがるし……それに比例し、俺の手もどんどん震えていく。

 ついに怒りが限界に到達し、手が出ようとしたとき……その手を止める手があった。


「まあまあ、そのくらいにしてやったら?」


 高そうなスーツをビシッと決め、上品な雰囲気を身にまとっている。


「ほら、見てみろ! こういうのが決まっているっていうんだよ!」


 いい手本を見つけたというように声を張り上げる軼。まだまだ大きい声に、俺は耳を塞ぎ軼のすねへ向かって足を振り下ろした。


「痛、さっきから何なんだよ」

「うざいっつってんだろ」

「おまえだって声大きかっただろ!」

「そんなのおまえの幻聴だろ」

「んな馬鹿な!」


 軼はいつもこうだ。

 感情が高まると自然と声が大きくなり、周りなんて一切気にしない。

 軼だけならいざ知らず、俺まで釣られて大きくなるから、いつも言い訳に困ってしまうのだ。


「……まあ、確かに似合わないな」


 肩に手を置いてきた相手が、やっと収まったらしい口を開き、俺を見る。


「だよな!」


 嬉しそうにはしゃぐ声を出す軼は、まるで子供のようだ。キラキラと純粋そうな目を男に向け、両手に拳を握っている。


「なんたって理玖は、低身長だし、童顔っぽいし、髪なんか銀髪で外人にしか見えない。そんな奴がスーツなんて似合うはずないんだよ!」


 勝ち誇ったような表情で失礼にも人差し指を向ける軼に、俺は黙ってこの屈辱に耐えるしか手がない自分を恨めしく思った。

 確かに、俺は低身長で、 見た目は自分でも子供にしか見えない。

 おまけに、この頭皮からしっかりと生えた銀色の髪。

 人の視線がさっきから頭に集中し、ヒソヒソ声に心が痛む。


「せめてジャケットは取れよ。今から服を変えるってのも、無理だからな」


 偉そうに眉を上げる軼に、男の含み笑いが舞い戻る。さっきよりも激しい声に、不思議そうな目を向けるのは軼と俺だけではない。


「おまえら、仲いいな。見てるだけでおもしろい」


 ニカッ、と口の端を横に広げる男は、何だか距離を感じなくて、妙な気軽さが俺の口を軽くさせる。


「なんだよ、それ」


 三人一緒になって笑う姿に、周りも温かな目に取って代わる。

 確かに、ちらちらと俺の頭を見たりする人はいるのだが、三人の様子を眺め、クスッと笑顔を零す。


「皆さん、クラスごとに並んでください!」


 騒がしい雰囲気の中に響き渡った声は、新入生に再度緊張感を持たせ、表情を引き締めさせた。

 実里ももちろん例外ではなく、奈津と喋って少しほどけた緊張も、また湧き上がってきたようだ。

 右手に作った握りこぶしを胸に持っていき、目をギュッと瞑って深呼吸をする。


「そういや、奈津って何組だったんだ?」


 実里は人見知りだ。

 唯一喋れるのは奈津くらいで、離れたときは友達が一人もできなかった程なのだ。

 高校生になって初めてのクラス替え。ここで奈津と離れるのは痛い。


「ああ。二組だったかな、確か」

「……そう、か……」


 実里は三組だ。

 隣のクラスとはいえ、離れたことに違いはない。


(大丈夫かな?)


 慣れたら普通に話せるようになるが、それまで付き合ってくれる人などそうそういない。


「おまえのとこは?」


 軼ではなく男のほうが俺に尋ね、ショックが抜けぬままにそれに返す。


「三組」

「そうか、三組か……優雨は何組だったかな?」


 どうやら、男の対象者は優雨という名前らしい。

 守護霊は対象者から五十メートル以上離れてはいけないというルールがあるから、近くにいるはずだが……いや、この武道場がそんなに広いわけがないか。

 でもここにいるということと、さっきの言葉から、新入生の守護霊で間違いなさそうだ。

 こいつの対象者と実里が知り合いである可能性は一パーセントもないだろうが、俺はつたない命綱にすがるように、男の次の言葉を待った。


――そして。


「あ、三組だ」


 願いは通じたのか、男がその言葉を口にし、俺は心の中で歓喜の声を上げた。


「よろしくな」

「おう、こちらこそ!」


 自然に溢れる笑みは知らずのうちに注目を集め、ほんわかした雰囲気が辺りに漂う。


「あ、実里が行っちまう」


 ふと向けた視線の先で、話し合いが終わったのか、列を作る生徒たちが武道場を出ていく様子が伺えた。


「じゃあな、軼」


 二組はすでに移動し終え、続く三組も男子はもうすぐ全員行ってしまう。

 なので軼に別れを告げ、俺と男はそそくさとそれぞれの対象者のもとへと向かった。


「お、番号近いな」


 けれど、優雨と実里の番号は近いというより隣同士で、俺は続くラッキーに神への感謝を心の中で述べまくる。


「あ。そういや、自己紹介してなかったな」


 優雨のほうが番号が上なので、振り返りながら男は口を開いた。


「石宮晴だ。晴でいいぜ」

「俺は、理玖。よろしくな」


 親指を立てて自分を指す男、晴に思わずクスリとしながら俺は言うが、名前を言った途端、晴の表情が急に引き締まった。


「え……理玖? みょ、苗字は?」

「悪い。俺、生きてた時の記憶とか全然なくて」


 この言葉を言うと、大抵は驚かれる。

 なぜなら、ほとんどの人が覚えていて当然の事だからだ。

 生きていた頃の記憶は、死んでしばらくすると自然に戻る。

 俺みたいな奴なんて、そんなに多くないのだ。

 そして驚いたあと、大体の人は気を遣う。

 記憶がないことを気にしていると思うのだろう。

 事実、俺は死んでしばらく、情緒不安定だった。

 その時のことはあまり記憶にない、というより、忘れていたい事柄である。

 けれど、今は違う。

 さすがに落ち着いているし、記憶のことも全くと言っていいほど気にならない。 

 だから、何を言われたとしても平気なのだ。


「そう、か……」


 だが、俺の予想と反して黙り込む晴の様子になんだか違和感を感じ、俺は何も考えずに口をついて出た言葉をそのまま言う。


「もしかして、知り合いだったりした?」


 ありえない話ではない。

 俺の予想で、俺は高校生か中学生の頃に死んだ。

 そして、晴はきっと高校生くらい。

 プラス、ここにいる守護霊たちはみんな、同じくらいの年に死んでいるのだ。


――ゴクリ。


 俺は初めて自分の知り合いに会えるかも知れないという好奇心に駆られ、唾を飲み込む。

 気にならないといっても、自分の生きていた頃のことを知れるチャンスが身近にあると、少しは気にしたりもするものだ。


「なわけないって!」


 だが、俺の期待は、今度はあっさりと裏切られた。


「こんな外人みたいな見た目の人、一回でも見たら忘れねえもん」


 意外にも辛辣とした言葉がかけられている気がするが……まあ、気にしないことにしよう。


「おっ、ここみたいだぜ」


 二階にある武道場から階段を上り、突き当たりを右に曲がり、しばらく廊下を歩いた先にある校舎。その一番手前にある教室を、晴は指差す。

 それは実里や俺たちが、今日から一日の大半を過ごすことになる、そしてたくさんの出会いがあるだろう場所だった。

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