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モノクローム浮遊学院  作者: ナール
第一章 入学初日編
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08 孤独と孤立

挿絵(By みてみん)

黒板の前に立つ教師の無機的な声による事務的な学園の細かい説明が淡々と続き、ホームルームは終わった。


教師が退場すると、教室全体が深い溜息に包まれる。この後の時間は、新入生を連れて広大な学園の施設を案内し説明する時間になるそうだ。それまで10分間の休憩がある。

ここに集まっている全員には等しく“知り合い”がいない状態だ。だから普通ならお喋りが聞こえてきそうなこの時間になっても、周囲はシンと静まり返ったままである。


事実上この中の誰もが初対面であり、姿も正体も分からぬ他人だ。先ほどの昼食の時間や昼休みに知り合って打ち解けた「友人たち」とはもう会えない。数分前に知り合ったあの人達と、ここで集まって今の思いを共有する事は出来ないのだ。


そんなこの空間で俺も頭を抱えていた。俺が今朝知り合った002や028は、少なくとも物理的にはこの学園のどこかにいるのは間違いない。けど会う事は出来ない。仮に隣に座っていたとしても気づけないだろう。そしてここにいる全生徒が、そんな状況にいるのだ。

俺は周囲の様子を確認した。マネキン姿でも分かるくらいに暗い表情をしている者が大半だ。ここで元気出そうとかいうのが無理な話なのだ。俺もそんな彼らと同じ気持ちであり、話しかける気力もない。


次の学園案内が始まるまでに、廊下に集まらなくてはならない。ぼそぼそと廊下へと出ていくクラスメイト達。椅子から立ち上がるその動作はどこか重い。


______



この学校は4年制だ。

1つの学年に600人いると考えると、合計で2400人くらいの生徒がこの浮遊島にいる事になる。


だが、学年が上がるにつれて生徒の数も減っていく。退学していく者は多いと聞いたが、それがどれくらいの比率なのかは分からない。だからこの学園にいる実際の生徒の数は2000人前後くらいだろうと予想する。

そんな大勢が暮らすこの浮遊島だが、今日は新入生以外は休みらしく校舎で見かける上級生の姿は少ない。


彼らはどこに消えたのか。休日ならこの浮遊島の真下にある地上にワープして観光するのが許されているらしく、大半は外にいるのかも知れない。

この学園内にも図書館やジムなどの色んな施設が充実しているから、或いはそういうところに集まっているのだろう。



俺たち新入生たちが並んで外へと向かう中、時折目にする数少ない上級生たちだが、その多くが新入生に興味に示す素振りを見せない。普通の学園ならここで手を振ったりとか挨拶とかしてきそうなものだが、そういうものがまるでないのだ。


どうやらこの学園で生活していると、だんだんと無機的なマネキンの姿に相応しい性格になっていくのかも知れない。つまり感情が次第に少しずつ失われ、他人に興味関心を無くしていく。

…というのが気のせいだといいのだが。上級生たちのそんな冷淡とも言える姿を見せつけられると、俺たち新入生も希望ある学園生活を思い浮かべる事が出来なくなる。



_____



「ここが魔術実験棟です。危険な薬剤や呪われた骨董品もあるので、下手に触らないようにしましょう」


無人の広い実験室を廊下から眺める。様々な魔術品や小道具がカラフルに並んでいるその景色は壮観だ。その設備の整いぶりに俺は感嘆していた。


今まで沈黙していた生徒達も「ほぉ…」だとか「すげぇな」と感嘆の声をもらす。

「学園見学会でもここ見たっけなぁ」


そんな呟きを聞きながら俺も思い出す。この場所は入学前の学園見学会の時にも見たし、その時の感動は忘れない。この学園はどうしてもカモフラージュ制度に目が行きがちだが、設備の充実さは世界トップクラスのはずだ。


広い図書館、イベントホール、食堂、ジムや運動場。公園。学園見学会ではそういうキラキラした場所を重点的に見せてきた記憶はある。それを利用する在校生たちも、普段よりは生き生きしているかも知れない。

だから入学前の学園見学会では「在校生たちの活力のなさ」を実感する機会はない。その時の在校生たち感じた印象と、今の上級生たちに感じる印象の違いはそこにあるわけだ。


_____



そして1時間以上も続く学園案内が終了した。時計を見れば16:35になっている。


学園の主要な施設を見て回るだけでも結構な距離を歩くから、もう皆へとへとな状態だ。最後に食堂の利用方法や、グラウンドや公園などにある設備の説明を終えてそこで解散となった。

今日はもう予定がなく、明日の朝まで自由時間となる。これで浮遊島の全てを見て回ったわけではないが、ここで生活していく為の最低限の説明はされたわけだ。自分のクラスは、広いグラウンドが見渡せる場所で解散となった。


「はぁ…」「俺やってけるだろうか」などと暗い呟きが周りから聞こえてくる。俺もここで疲れがどっと全身に伸し掛かり、空いていたベンチに座り込んだ。

グラウンドでは数人の上級生たちが走ってたりしているが、彼らはこちらに興味は無さそうだ。


解散した新入生たちはその辺をうろうろして、どうしたものかと頭を抱えている者が大半だ。


挿絵(By みてみん)


本来ならば、ここで“新しい友人たち”と対談でもしながら楽しく過ごす時間なのだろうけど、この学園では、そんな「いつもの楽しいひととき」を過ごす事は不可能となる。

一時的な話し相手を見つけてそれに近い時間を過ごす事ももちろん可能のはずだ。だがこの状況において、それを実行しようとする新入生は殆どいない。


ついさっき起きた突然の「番号シャッフル」はそれだけ堪えるものだったのだ。特に「友人と群れて過ごすのが当たり前だった者たち」にとっては、この時間が尚更苦しく感じるだろう。今感じているこの思いを共有できる友人などいないのだ。仮に出来てもすぐに会えなくなる。


だが俺にとってそういう日常は当たり前だったから、皮肉にもこの時間を冷静に俯瞰する事が出来る。俺はこれまでの学校生活で「休み時間、1人でどう過ごすのか」を学んできたし、逆に言えばそれ以外の過ごし方を知らない。皆が同じ状態にあるこの状況は、寧ろ俺にとって心地よくすら感じる。


そんな卑屈じみた事を考えながら、空いていたベンチに座って遠くの景色を眺めてみる。ここは浮遊島の端のほうだけあって、遠くに見えるのは雲海と幾つかの別の浮遊島だけだ。

思い悩んでいる時に、話し相手がどこにもいない…か。普通だったら、それは苦しい事なのだろう。…いや、俺の場合はその苦しさに慣れすぎているだけか。


今朝は02番や28番とお喋りをしたが、あんなに話をしたのは実をいうとかなり久々だった。エルフ族の中学校を卒業してからの春休み、友人がいない俺が言葉を交わした相手といえば身内の数人くらいのものだ。ほとんどの時間は家に引きこもったり、1人で森の動物たちと戯れたりしていた。


とはいえ、今のこの沈鬱な空気の原因は「孤独感」だけではないのも確かだ。誰の正体も分からないという不安感。隣にいる者が、自分の種族を忌み嫌う者である可能性。そして上級生たちの素っ気ない感じ。教員たちの冷たさ。それらが新入生たちの多くの気分を萎えさせているのだろう。


中にはこの感じが耐えられないという者もいたようで、隅でひっそりと泣き始める者さえいた。その生徒のすすり泣く声が、静まり返ったこの場所では周りの者たちの耳に鮮明に届いていく。


「あぁもう やってらんねぇ!何がカモフラージュ制度だ!こんなもん外してやる!」


数秒間の沈黙の後、この場にいたクラスメイトの1人が遂に感情に駆られて取り乱す。それはある意味で、この場にいる新入生全員の心の声を代弁した叫びでもあったと思う。

彼は自分の首輪に触れて外そうとする。


「おい落ち着けよ。お前がここで正体を晒したところで意味なんてないぞ?冷静になれよ」


近くにいた生徒が彼を引き留める。彼は自分の首輪を握ったまま停止していた。俺はその様子を見て何となく察する。仮に誰も引き留めなくても彼は首輪を外せなかっただろう。


ここで外せるわけがないのだ。

それは、あの親切な生徒が言ったように「意味がない」というのもある。だが、それ以前に、昼間の昼食会で見た例の悍ましい差別の現場を思い出せば、誰もが恐ろしくて正体を明かせなくなる。


人間族やヴァンパイア族だけではない。あの場では例えどの種族だったとしても、正体を明かした途端にリンチされた可能性はある。どんな種族も誰かしらに嫌われ、恨まれているのだ。変化魔術を解除するのはある意味で、誰にとっても自殺行為でしかない。


自分の首輪に触れたまま停止するその生徒は、その場で倒れるようにして座り込み、口を閉ざした。泣いていた生徒も彼を見て冷静になったのか泣き止んでいる。

「はぁ…」という重い溜息が再び辺りに響く。解散早々にこんな陰鬱な空気になるとは、誰が予想しただろうか。


「おいおい、なに辛気臭い空気になっているんだ?僕たちは1人じゃないだろ?ここでは誰も孤立してないぞ」


挿絵(By みてみん)


そこでI-571の番号を持つ生徒が、辺りの人を鼓舞し始めた。

……1人じゃない…か。確かにその通りだ。ここに「孤独感」はあっても「孤立感」はない。この違いはとても大きい。ここでは誰もが平等に「孤独」状態にいるのであり、「孤立」しているわけではない。みんなが等しく同じ状況にいる中でなら、それは孤立とは言わない。


それは俺がこれまで通ってきた学校で感じてきた、仲間外れ感(つまり本当の孤立感)とは全くの別物であり、ここでは誰も孤立していないのだ。それに比べれば今のこの状況は全然寂しくないし、仲間外れどころか仲間だらけだ。だが、全員がそう感じているわけではない。


「ちっ… 何が1人じゃないだ。もうやってらんねぇんだよ。俺はもう退学する事にしたね」


I-398の番号を持つ生徒がI-571に反発するように言う。


「なぁほら見て見ろよ、上級生どものあの姿をよ。みんな死んだような感じだろ?」


グラウンドにいる少数の上級生を指差しながら言う。彼らは会話もなく、無気力そうにトレーニングをしているだけだ。そしてその活力の無い感じは、あの場にいる上級生たちだけではなかった。


「あれは何だよゾンビかなにかか?まるで意志が入ってないように見えるね俺は」

「だよなぁ?」


I-398の意見に同意する生徒もいる。俺が上級生たちに感じていた不気味さは、やはり気のせいではなかったようだ。


「俺はあんなゾンビみたいな奴らになるのは御免だね。こんなところ、すぐに退学したほうが身のためだ」


時折見かけた上級生たちのあの意思のない感じは、人によってはそこまで重い印象を植え付けていたのか。ちなみに「ゾンビ」とはゴーレム生成技術の応用で、魔術で動く死体の事だ。俺は話に聞いただけで、実際に見た事はない。


「そうかい?でも、こんなに早く決めてしまっていいのか?たまたまかも知れないぞ?後一週間くらい様子を見てからのほうが、僕はいいと思うけどね」


前向きなI-571は腕を組み、冷静にそう口にする。確かにその通りだと思う。生理的に受け付けないならここに居残るメリットなんて無いだろうけど、入学初日のこのタイミングで退学を決断するのはあまりにも早すぎる。


「………」


I-398は押し黙る。この生徒にも色々と思う事はあるのだろう。もしかしたら入学式の時点で退学を決断する生徒もいたのかも知れない。そうだとすれば、この「退学したい」も一部の新入生が薄々感じていた事の代弁だと言える。


「クソッ…こんな学校に入っちまったのが間違いだったんだよ」


どうやら今すぐの退学は思い留まったようだ。I-398はもうそれ以上何も言う事もなく、顔を俯けるだけだ。そこで別の生徒がI-571に向かって訊ねる。


「571番さん、ポジティブな貴方だから参考までに聞くけど…貴方はこの学園についてどう思うの?」


I-571は顎に手を添えて少し考えてから答える。


「確かに、この学園はどこかおかしいとは僕も思うよ。けどまぁ 入ってしまったからには、この学園がどういうところなのか、この目でその真の姿をしっかりと見ておかないとね。ほら 設備も整っているし、とても綺麗だ。学び舎としては申し分ないだろう?」


周囲を指し示しながらそう言うI-571。綺麗だし、設備も整っている。確かにその通りだ。ネガティブな部分ばかりにフォーカスしていてはそういう部分を見逃してしまうかも知れない。だがカモフラージュ制度がどうしても生理的に無理な人にとっては、設備がどうだとかは最早関係ないだろうし、無理に居続ける必要もないのは確かだ。


「なるほど…一理あるかもね」


そして会話は途切れ、再び周囲も沈黙に包まれる。時計を見れば16:40くらいだ。食事の時間になるまでまだ1時間以上はある。

それまでの時間は、本来だったら新しい友人達で過ごしたりしたいものだ。けど、カモフラージュ制度と番号シャッフル、自己紹介禁止という不条理な規則はそれを許さない。


「さて、せっかくだから僕と一緒に食事してくれる者は、この場にいるかな?」


あくまで前向きなI-571は周囲にそう呼びかける。どうせシャッフルされて会えなくなるだろうけど、今ここで一時的に連むのも悪くはないだろう。だが俺はその呼びかけには答えず、周囲を見渡す。彼の呼びかけに答えたのは4人くらいだ。


「お前となら楽しい食事になりそうだな」

「おうおう、そういうの待ってたぜ」

「誰も来てくれないかと思ったぞ」


あの571番はきっと外でも友達が沢山いるのだろう。中々に気立ての良い奴だ。…だが俺とは馬が合わないタイプの人間だと思う。あのグループの中にはとても入れそうにない。


そんな571番に影響されたのか、ここでグループを募集する人達が次々と現れはじめた。


「私と遊びたいひと~」

「よし、大食いな奴らはいるか?俺と気が合うと思うぜ」


さっきまでの沈鬱とした空気は和らいでいた。大物が1人現れるだけでここまで流れが変わるのは凄いと思う。

この瞬間「全員が等しく孤立している」という異質な状態は、一瞬にして消滅した。


だが俺はそんな空気に居心地の悪さ感じて、1人で静かにその場を後にする。気づけば1人でいる奴らは殆どいなくなっていた。俺もこの場でベンチに座っていたら、誰かに誘われたかも知れない。…けど、それは何となく嫌だったのだ。


挿絵(By みてみん)


俺は1人で、当てもなく学園をうろつく事にした。1人で背を向ける俺に声をかける者は、この場にはいなかった。慣れ親しんだこの孤独感は、今はどこか心地よく感じた。


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