05 種族差別
「やめなよ」
そこに現れた謎の生徒は、逆に24番にナイフを突きつけていた。
「…?」
「なっ 何だお前!?」
「うわっ!?」
6人のグループは驚く。それもそのはず。その謎の生徒は音もなく突然その場に現れたのだ。まるで凄腕の暗殺者の如く、周りに認識される事もなく突如に。
俺はその謎の生徒に刻まれた番号を見て「あ…」と思わず声を漏らす。I-002だ。あいつが現れた。
周囲がざわつく。この状況で28番の助けに入るのは相当な勇気がないと出来ない事だ。何故なら28番は吸血鬼であり、それを庇うという事はここにいる「吸血鬼を忌み嫌うグループの全員を敵に回す」という事を意味するからだ。
そしてそれはあの6人だけではない。この学園全体に蔓延るであろう“吸血鬼狩りごっこ”に興じる集団の全てを敵に回す事になる。それがどのくらいの規模でいるのかは分からないが、ベランダでこちらを嘲るように見物している一部の上級生たちも含まれるだろう。
やはりあの02番、ただ者ではない。24番と02番は数秒睨み合うと、次の瞬間02番の前蹴りが24番を吹き飛ばした。
24番は地面に背中をぶつけて2メートルくらい転がる。強烈な一撃だ。そして02番は数歩後ろに下がり、グループ達から距離を取った。6人vs1人という圧倒的不利な状況だ。02番でも正面からでは勝ち目はないだろう。
「貴様…!」
「なんて事しやがる!」
「ただで済むとは思うなよ」
28番を取り囲む6人グループは02番に罵声を浴びせる。
聖水を浴びせられ痛手を負っている28番は、地面にうずくまっていた。その身体から湯気はもう出ていないが、マネキン姿からでも分かるくらいに火傷の跡が全身に広がっている。
02番は、そこで何かを見せつけるように両手を前に差し出す。両手の指に例の小ビンが幾つか挟まっていた。アレは間違いなく聖水が入ったビンだ。
「君たち知らないの?コレを持ち込むの校則違反なんだよ?」
「なっ アレは俺達の…いつの間に!?」
吹き飛ばされた24番を除く5人が、自分のマントの懐をまさぐって小ビンが盗られた事を確認する。スリの技をここでも発揮したか。
02番はそのまま、小ビンの1つのフタを開けて、中身を口に入れた。そして「ぶはっ」と吐き出す。
「こんな苦いの飲ませたんだ?趣味わっる」
その行動の意味はすぐに察した。あれは一種のパフォーマンスで、自分は吸血鬼ではないという証明をしたのだ。
地面から起き上がり砂ぼこりを振り払う24番は、髪をかき上げる動作をしつつ02番に向き直る。
「ほう?中々の曲芸師ではないか。驚いたよ」
24番は他の5人に何か合図をする。何かやるつもりらしい。
「だが、吸血鬼を庇うという事は我々に宣戦布告をしたのと同じだ。お前も等しく、この学園から排除したほうが良さそうだね」
6人がゾロゾロと02番に向かって歩いていく。02番は後ろに下がる。さすがにこの6人全員を相手にする事は出来ない。だが、敵は02番の目前にいる6人だけではなかったようだ。02番の真後ろに足音を立てずに近づいた別の生徒がいた。そいつは02番の身体を後ろから押さえつけた。
「ははっ 捉えたぞ!」
やはり『吸血鬼を排除しようとする者たち』は、この6人グループだけではないという事だ。この新入生の中にも何割かいて、それらは奴ら6人グループの味方なのである。彼らからしたら、このショーを邪魔する02番は排除すべき悪なのだろう。02番は身動きがとれなくなった。
「その首輪を破壊すれば、この変化魔術も簡単に解けるのだよ。知っていたかね? フフフ…」
「………」
24番はそこで両手を大きく広げて周囲に語り掛ける
「さてさて、吸血鬼を庇ったこの愚か者は一体何者なのか?皆さん気になりますよねぇ?」
それを聞いた一部の者たちが反応する。
「吸血鬼の仲間など根絶やしにろ!」
「悪魔を庇うなんて正気なのかしら?」
吸血鬼は相当嫌われているらしい。俺が暮らしてきた街々では吸血鬼の話など全く聞かなかったが、そうではない場所ではこんなにも忌み嫌われているというのか。そもそも「吸血鬼」という呼び方自体は蔑称であり「ヴァンパイア族」が正式名称だ。
後ろから押さえつけられた02番は、掴まれた腕を振り解こうともがくが上手くいかない。
「フフフ…聞いたか? みんな君のお顔が見たいと思っているようだ。さっきの蹴りはこれで特別に許してやろう。私は君に暴力を振るったりはしないよ?大人だからね君と違って…」
24番のナイフが02番の首輪に近づいていく。首輪の本体はそう簡単には破壊出来ないはずだが、皮で出来ている部分はそうでもない。刃物で切断してしまえば変化魔術の効果はあっさり解けてしまうだろう。
その瞬間、気づけば俺は24番に向かって全力ダッシュしていた。無意識に身体が動いていたのだ。今さっきの硬直は何だったのか。俺の身体を縛り付けていた心の氷は、02番の雄姿のお陰か知らない間に解けてしまっていたようだ。
24番のところまで後10メートル。遠い。すぐにも02番の首輪が外れてしまう。これでは間に合わない。俺は叫んでいた。
「おおおおおおおォォッ!!」
さすがに24番も驚いたようで、何事かとこちらを見る。その一瞬だけ時間が稼げれば十分だった。俺は24番に目掛けて勢いよく飛びついた。そのままの勢いで、俺と24番は絡みつくようにして地面を転がる。
「こっこの…ッ!」
3メートルくらい地面を転がってから停止すると、24番は俺を足で押し飛ばした。だが俺はその蹴りよりも右肩のほうに鋭い痛みを感じていた。そこに触れてみると何か固いものが手に当たる。視線を恐る恐る向けて確認してみると、右肩にはナイフがぐっさりと刺さっていた。
「うぐっ…」思わずうめき声が漏れる。血がドボドボと出ていて、遅れて鋭い痛みが伝わってきた。変化魔術で姿はマネキンになっているものの、受けたダメージはそのまま肉体に届く。俺はそのナイフを一気に引き抜く。鋭い痛みが右肩を襲い、血が噴き出す。24番は体の砂ぼこりを振り払うと、手を差し出してきた。
「そのナイフを返してもらおうか。わりと上等なものでね」
「そんなに大事なら取りに行ってこいよ」
俺はそのナイフを、これ見よがしに遠くに投げ捨てた。右肩の傷口に鋭い痛みが走り、俺は傷口を左手で押さえる。…と、そこで気づく。ナイフを投げた方向は地面に蹲る28番がいる場所ではないか。もし28番に当たってしまったら大変だ。
「これだから田舎者は野蛮で困る…」
24番はナイフを拾いに、28番のほうへと向きなおる。だがそこで24番の動きが止まった。10メートルほど先に蹲っているはずの28番の姿は、そこには無かったのだ。
代わりに吸血される21番の姿があった。
「な…」
突然現れた02番や俺に気を取られていた6人グループは、地面に蹲っていた28番に背中を向けていたのだ。そして、一番近くにいた21番は吸血の対象となった。例のグループ達もその有様に今気づいたようで、ざわつきはじめる。
「…不味いですね、あなたの血は」
そういう28番は、既に聖水のダメージから回復しているようだ。21番は血をかなり吸われたのか、気を失ったかのようにその場で倒れる。それを見た例のグループ達は怖気づき後ずさっていく。
「マッ…マジの…吸血鬼だぁ…」
「おい…やべぇよ…」
24番はそんな彼らに向かって呆れたように言う。
「何をしているのだね君たちは?聖水以外にも色々与えてやったではないか!」
どうやら聖水以外にもヴァンパイアに有効なものを持っているらしい。
「そ…そうだよ… 俺らには武器があるじゃないか」
怖気づく例のグループの内の2人が、目の前のヴァンパイアに戦意を向ける。106番の数字を持つ者が取り出したのは、黄色く発光するビー玉のような何かだ。恐らく太陽の光を詰め込んだ小型オーブだろう。ヴァンパイアに直接当てればダメージは相当大きいはずだ。
「はは… こいつを喰らえ化け物め!」
黄色く発光する小型のオーブを握って28番に突っこんでいく106番。オーブの光は段々と強いものなっていき、辺りが明るく照らされる。その眩しさに28番は右腕で目を覆う。
「アハハハッ! くたばれ!」
しかしその瞬間、106番は5メートルほど後方へと吹っ飛び地面を転がった。28番の鋭い蹴りが命中したのだ。オーブの光から身を守る為に自分の視界を腕で覆っていた28番だが、相手が正面から突っ込んで来れば蹴りを当てるのは難しくない。106番の見事な吹っ飛び具合に周りの者たちは唖然とする。
「ひっ…ヒィイ…!」
血を吸ったヴァンパイアの力はここまで強力なものなのか。その人間離れした破壊力をもつ蹴りを目撃した残りのメンバー達は後ずさる。
「近づくんじゃねぇ化け物め! これでも喰らいやがれ!」
今度は234番の数字を持つ者がマントの懐から小型のビンを取り出す。あれは何だろう。また特殊な聖水だろうか。28番を目掛けて勢いよく投げつけられたそれは空中で発光し、やがて青白い炎を包み込む。どうやら、対ヴァンパイア用の「燃える聖水」のようだ。どこからあんなものを手に入れたのか。だが28番はその激しく燃える炎のビンを素早い動作でサッと躱し、234番の目前まで一瞬で接近した。
「口直しに、あなたのを頂きますね」
28番は234番の肩にかぶりつき、再びの吸血が始まる。「あがっ…」234番の肩から血が垂れ落ちていく。
「こっちも不味いですね…」
今回の吸血はすぐに終わった。先ほど喰らった聖水のダメージから回復するだけの血は、21番からもう既に吸い取ったからだろう。28番は234番の襟元を掴み、勢いよく投げ飛ばす。こうしてあっという間にグループの3人が戦闘不能状態になった。ここまで圧倒的な力を数百人の前で見せつけた結果、何も思われないはずがない。
「おいおい! あんな悪魔まで入学を許可しているのかこの学園は!」
「うわぁマジかよ聞いてねぇぞ」「私退学しようかしら…」
周りのざわつきは大きい。しかしこんな騒ぎになっているのに、相変わらず教員たちやスタッフは動かない。ベランダから物見している少数の上級生も何もする気配がない。騒ぎ立てるのは新入生たちだけのようだ。
「あんな化け物、さっさと処刑したほうが良くね?」「確かに…」
周りから聞こえてくる声は、例のグループ達を支持するものばかりだった。ここにヴァンパイアである28番を応援するような声は1つも無い。…しかしそんな罵声をよそに、28番は俺が先ほど投げたナイフを拾って、それに染みついた血を平然と舐めていた。
「…美味ですね。これは誰の血でしょう?」
28番はこの状況でそんな事を問いてくる。そのナイフに染みついた血は俺のものだ。周囲がヴァンパイアに罵声を浴びせる中で、そんな質問をする28番。そこに確かな意地を感じ取った俺は、数メートル離れた位置にいる28番に向かって堂々と答えた。
「それ俺の血だぞ」
「あなたでしたか27番さん。この味は忘れませんよ」
ヴァンパイアに自分の血の味を気に入られるのは初めての体験だ。俺はこんな状況にも関わらずドキッとしてしまったが、同時に28番が男性なのか女性なのか分からない故のもどかしさを感じた。
今のやり取りを聞いた24番は、あからさまに不機嫌そうになる。
「吸血鬼め…穢れた舌でよくも私のナイフを汚してくれたね。この代償は高くつくぞ?」
24番は、まだ何か持っていたのかマントの懐から複数のビンを取り出す。あれは今さっき見た「燃える聖水」に違いない。どうやら先ほど02番は、彼らの持ち物全てを掏る事に成功したわけではないらしい。それだけ多くの“武器”を持ち歩いていたのは驚きだ。
「フッ…先に攻撃を始めたのは貴様のほうだぞ吸血鬼。つまり、これは正当防衛という事になる。分かるかね?仮にここで貴様に致命傷を負わせたところで、それは致し方ない事だ」
ヴァンパイアを痛めつけても罪に問われない理由が出来て嬉しいという意味だろう。正当防衛なのは寧ろヴァンパイアである28番のほうなのだが、周りのこの空気を見ればそれは逆に屁理屈という事にされてしまう。ここでは「化け物」と戦う24番が正義なのだ。そしてこの期に及んでも、教員たちは相変わらず何もせずに傍観しているだけだ。
24番は手に持った複数のビンを愉快そうに構え、28番に目掛けて全て投げつけた。周囲が青白い炎に包まれ、激しく発光する。28番の姿が炎に隠れて見えなくなった。
「フフ…これで終わりだ 吸血鬼め」
続いてマントから新たに何かを取り出す。小型の十字架だ。恐らく、光属性の魔粒子を増幅させる為のマジックアイテムだろう。それは俺も本の中でしか見た事がなく、実物を見るのは初めてだ。ヴァンパイアハンターが使う道具だったはずだが、どうやってそれを入手したのかは謎だ。
「させるかよ!」
さすがにこれを見過ごすわけにはいかない。俺は24番を止めるべく、その背中に手を伸ばした。だがその瞬間、手が焼かれるかの如く強烈な熱を感じてすぐに引っ込める。24番が握る例の十字架から膨大な光が発せられ、その熱が俺の手を軽く焼いたのだ。俺は思わず軽く悲鳴を漏らした。
「吸血鬼以外にもこの威力とは、素晴らしい!」
つまりその小型の十字架の威力の高さは、偶然にも俺が手を出した事で確認されたわけだ。しかしこんなにも強烈な熱を発しているのに、それを握っている24番は平気そうだ。おそらく十字架のもつ加護の力の影響なのだろう。
これほどの魔具を扱えるとは、俺はこの24番を少し見くびっていたようだ。軽く火傷した両手と、肩の傷口が同時に疼く。マズい。このままで28番が危ない。
「やっちまえ!24番!」「我らの英雄のご登場だな」
そんな声援が24番に送られていく。それに押されたかのように、24番は青白い炎に包まれた場所へとゆっくり入っていく。その先にいるはずの28番の姿は見えない。燃え広がる炎の光が隠しているのだ。
28番は今どうなっているのか、まさか既に致命傷を負っていて瀕死状態なのではないか。だとしたら、今俺に出来る事は何だ?
「フフ… もう既に息絶えたも同然だったかね?どちらにしろ貴様はここで終わりだがね」
24番は右手に持つ小型の十字架を掲げた。より強い光が辺りを包み込む。十字架の力を全開に解放させたのだのだろう。その光は俺でさえ直視する事が出来ない強さだ。ヴァンパイアからしたら恐ろしいものだろう。
まさか、もう終わりなのか? 俺は28番を助ける事も出来ず――
パキッ
そんな音と共に、例の十字架は24番の右手から吹き飛び、宙を舞う。24番の手を包み込んでいた光は一瞬にして消え去る。一体何が起きたのか。
「今だよ28番!」
「見事な腕ですね02番さん!」
そんな声が青白い炎の先から聞こえてきた。そして炎の中から一瞬で飛び出してきた人影が、24番の首を掴み上げる。
「なッ…」
出てきたのは28番であった。その瞳は赤く発光している。きっと、ヴァンパイアの“覚醒”状態だろう。ヴァンパイアが力を解放すると瞳が赤く光るという話は聞いたことがある。だがそれがマネキン姿で、変化魔術越しでも現れるほどのものだとは。
「余分に血を吸っておいて正解でした」
「ぐがッ…あぁ」
首を掴まれている28番は苦しそうに悶える。片手で軽々と持ち上げているその姿は、覚醒状態のヴァンパイアの力がいかに人間離れしているのかを示している。
そこで、遅れて空から落下してきた何かが俺の足元に落ちた。よく見たらそれは24番が今さっきまで持っていた例の十字架だ。発光はしていない。先ほどのナイフが直撃し、24番の手から離れたことで効力を無くしたのだ。
「貴方を焼却炉に運ぶ必要はなさそうですね。ここに十分な火があるのですから」
「や…やめろ…」
目が赤く発光している28番は、見た目とは裏腹に涼やかな声でそう言う。
「ですが、そんな事はしませんよ。私も大人ですからね。代わりに、これで許してあげましょう」
ギギ…という音が微かに聞こえてくる。それは24番の首輪にヒビが入る音だ。この変化魔術の首輪の本体はそれなりに頑丈なはずだが、覚醒状態のヴァンパイアの前ではきっと紙粘土にも等しい。
「ふざ…けるな……」
バキッ
そんな音と共に、24番の首輪は破壊された。24番は地面に落下し、仰向けに倒れる。独特の魔術音が辺りに鳴り響いた。ウネウネと波打ちながら24番の変化魔術が解けていき、徐々にその姿が明らかになっていく。変化魔術が解ける様を外側から眺めるのは、俺もこれが初めてだ。
この瞬間、24番の正体は大勢の目の前で晒された。
短めの茶色い髪。男性。
彼の全身は驚愕のあまりか、まるで時が止まったかのように固まっていた。
気づけば周囲に燃え広がる青白い炎は殆ど消えていて、辺りは静まり返っていた。あの聖水による特殊な炎は、あまり燃え広がない性質を持っているらしい。姿が晒された24番は、まるで現実を受け入れられないというようにそのまま動かない。
「うっわ、こいつ人間だったのかよ」
「は?俺らを先導していたのが人間だったとはなぁ…」
そんな声がすぐ近くから聞こえてきた。24番の仲間だった例のグループの生き残りだ。24番は怒りの形相で彼らを睨みつける。
「なっ何を見ている!今だ!28番の首輪を外せ!ここでその姿を晒してやるのだ!」
「………」
例のグループ達は沈黙している。人間だと判明した24番の命令に従う者はいない。
「なんと汚らわしい!!」
「こっち見んな 穢わしい種族め!」
24番が人間族だと分かった途端に、声援は非難へと変化した。フォークやコップが容赦なく投げつけられる。周囲の関心事は『恐るべきヴァンパイア』から『汚らわしい人間』へと完全に移行したのだ。24番は地面に突っ伏した。今の彼は、頭の中が真っ白になっている事だろう。
人間族に対してあからさまな嫌悪感を抱く者は、これまでの人生で沢山見かけてきたが、やはりここの新入生の中にも大勢いたようだ。俺はそれを見ていられず、目を背けた。それはまさに自分のトラウマを呼び起こす光景だった。
ハーフエルフとしてのこれまでの人生で俺は数えきれないほどの“種族差別”を目撃し、体験してきた。だからその光景はとても「ざまぁ」と思えるものではなかった。これに関してはむしろ同情さえ覚えた。
自業自得とは言え大勢の前で1人だけ姿を晒され、非難の声を浴びせられているのだ。それは彼が1人のヴァンパイア族に対して行った非道に対するものではなく、ただ単に“人間であるから”という理由によるものだという事は、この空気感が語っている。
確かに酷い奴だ。彼の行いに対して擁護出来る部分は何1つとしてない。だがこれは何だ?責めるべきところを間違っている。俺にはそれが許せなかった。彼らは24番本人ではなく『そこにいる人間族』に罵声を浴びせているのだ。
「大丈夫ですか?」
突然、そんな声がすぐ近くで聞こえてきた。俺は俯いていた顔を上げて、その者の姿を確認する。そこには、俺の背中にそっと触れる28番の姿があった。マネキン越しでも伝わってくるその温かさに、俺を包み込んでいた闇が解ける気がした。
「…お前こそ平気か?」
「私なら無事ですよ。貴方たちのおかげです」
28番は優しい微笑みを俺に向けてきた。どうしてそんな顔が出来る?あんな目にあったのに、どうしてそんな平気でいられる?こうして真に助けられているのは俺のほうだ。俺は28番の顔を直視できず、視線を逸らした。
「…昼飯、まだだったよな俺たち。早く食べに行こうぜ」
「そうでしたね、27番さん」
俺たちはその場を後にし、元のテーブルへと戻っていく。変化魔術が解けた24番は、教員たちにそのままどこかに連れて行かれるのを横目に見る。
傍観していた教員たちも、ここでようやく動き出したようだ。ヴァンパイア退治用の凶器が使われた事よりも、変化魔術が解けた事のほうが彼らにとっては大事らしい。
元のテーブルに向かいながら、俺は考えていた。姿が晒され罵声を浴びせられる事になった24番は、きっとトラウマが刻みつけられた事だろう。だがこの騒動でハッキリと分かった事がある。
この異質な学園においても、他種族に対する差別意識が蔓延しているという決定的な事実だ。
自分はもう"それ"と、少なくともしばらくの間は向き合わずに済むと思っていたのは確かだし、俺はこの学園に入って、どこか安堵していたのだろう。
だがやはりここも同じだった。どこも変わらない。仮に表面上の姿を統一しても、根底では何も変化はしていないのだ。
さっきまで仲良くしていた人が、正体がバレた途端に態度が急変する可能性。常にそれを警戒し恐れながら、人と関わらなければならない。結局はここでもあの不安感からは逃げられない。この騒動で、自分と近い感慨を抱いた新入生は他にもいるだろうと思いたい。
クソッ…。
俺は目の前を歩く28番の背中を見ながら心の中で呟いた。28番のマントは、さっきの聖水の炎で半分以上が焼け落ちている。その無残な有様も、まさに種族差別が生み出した傷跡そのものだ。




