13 混血たちの事情
自分がこの学園に入った理由―――
俺の目の前に座っている2人は自分とどこか境遇が似ている部分があるのだと思う。だからこそ、ありのままの自分の事情が話せそうな気がした。
「俺か…そうだな…」
女子2人が俺に顔を向けて、俺の話を聞こうとしている。普段の俺なら頭が真っ白になる状況のはずだが、この場では不思議と思考が冴えていた。
「俺は昔から種族差別的なものに悩まされてきてな…人間族の小学校やエルフ族の中学校を転々と通ってきたわけだが、どこも俺に対して冷たいっていうかさ…まぁどんな扱いをされてきたのか大体想像できると思うんだけど、そういうのにうんざりしてたわけだ」
「うん」
俺の話を聞く2人の視線は真面目だ。
「だから色んな種族が通うような学園は俺からしたら居心地がいいはずだと思ってたし、カモフラージュ制度はどこか救いのように思えてさ、ここに入るべきだって思ったね。」
「今朝もそのような事を仰っていましたね、ノエルさん」
そういえば今朝はカレンに「カモフラージュ制度が気に入っている」などと言ってしまった事を思い出す。
「あぁ…けどさ、種族同士の諍いを避ける為に徹底的に姿を隠すカモフラージュ制度は俺が思っていたものとは違うって事が、今日1日でハッキリ分かった気がするよ。ここはやり過ぎというか、極端すぎるというか…」
「ここまで徹底して、生徒の個性を無くすって、もう異常だよね」
そもそもの話、変化魔術を使ってまで外見を同じにする必要はあるのだろうか?という根本的なところから分からなくなる。
「変化魔術のお陰で私のような者も入学できるわけですが、それにしてもここまで無個性を強制される環境は恐ろしいものがありますね」
昼食会の時に見た、ヴァンパイアを異常なまでに敵視する人達を思い出す。もし変化魔術が無かったら、彼女は入学できなかったかも知れない。
けどそもそもの話、特定の種族を毛嫌いする者がわざわざこの学園に入学してくる理由が謎だが。
「あぁ…まさか初日でここまで気が滅入る事になるとは思っていなかったぜ。けど多種族が通うような学園には全部カモフラージュ制度があるんだよな…」
この学園に入学する前に俺は、世界中の“多種族学園”について調べたものだ。驚くべき事にその全ての学園にカモフラージュ制度が採用されていた。
「でも20年くらい前までには、変化魔術なんてどこも使われていなかったって知ってる?」
エリスが意外な情報を口にする。多種族が通うような学園は昔からこんなものだと思っていたが、それは初耳だ。
「そうなのですか?」
「うん。年配の知り合いからそう聞いたよ」
興味深い話だと思う。一体何が原因でこんな事になったのか。
変化魔術の技術自体はずっと昔からあるもので、最近になって発明されたものではない。だから20年前に急激にカモフラージュ制度が世界中の多種族学園で採用された理由は不明だ。
もしかしたら何かの陰謀が裏にあるのかも知れない。カモフラージュ制度の表向きの理由は『異種族同士の諍いを避ける為』であると聞いたし、それで納得出来なくもないが、しかしその真の目的は別にあるのかも知れない。
だとすれば、どういう存在がそれを企てているのだろう。その真の目的は何なのだろう。
この学園にも自分と異なる種族を敵視する者たちはいるが、しかし相手の正体が分からないカモフラージュ制度が、却ってその不穏な空気感に拍車をかけている可能性は否定しきれない。つまり「異種族は結局分かり合えないもの」だと生徒に思わせ、対立を生み出すのが目的なのだろうか。
最初から姿が見えていたら、それはそれで種族の派閥だとか別の問題が出てくるかも知れないが、少なくとも今のような窮屈さは無くなるはずだ。
20年以上前のこの学園ではカモフラージュ制度など無かったようだが、その頃がどんな学園だったのかは知る由もない。
「難しい顔してるけど大丈夫?」
エリスが心配そうに聞いてくる。
「いや、カモフラージュ制度について考えていてだな…それよりも次はカレンやエリスがこの学園に入った理由が聞きたい」
俺たちがここで話せる時間は限られている。きっと、門限まで後30分も無いだろう。
「そうだね、じゃあボーイッシュなカレンちゃんの事情がボク気になるな」
「私ですか…」
カレンは腕を組んでから考える。
「…私は半ば強制的に入学させられたようなものです。家庭の事情ですね」
「どんな事情?」
そういえば今朝の入学式前にそんな事を話していたのを思い出す。一体どんな事情があるのか気にはなっていた。
「人の血をほとんど吸ったことがない私のような未熟者は、ここで卒業するまでに自分の血の従者を見つけてこないと、家には帰してくれない事になっています」
昼間の騒動で例のグループを一瞬で蹴散らしたあのカレンが、仲間内では「未熟者」と呼ばれるらしい。しかし“血の従者”とは何だろうか?ヴァンパイア族の習性的なものだと予想出来るが、その言葉にはどこか不穏な響きが含まれているようにしか思えない。
「うわぁ…」
「血の従者?なんだそれ」
エリスはその反応からして『血の従者』の事については知っているようだ。
「主となったヴァンパイアに自分の血を与え続ける者の事です。自分の血の従者を得てようやく一人前のヴァンパイア族として認められます。血の従者になった者は特殊な"印"が首に刻まれ、一生消える事はありません。その者は死ぬまで、主となったヴァンパイアに居場所が伝わり、血を捧げ続けるのです」
「……」
そんな事を淡々と説明してくれるカレン。やっぱりそういう類のものだったか。だが同時に思い当たる。カレンが入学式前からずっと物憂げな感じだった理由は、もしかしてこの事情があるからだろうか。
「それは大変だな…」
「ですが血の従者でなくても、誰か他の種族が伴侶になってくれれば、それでもいいのです」
伴侶?ほかの種族と結婚するって事か?どちらにしろ、相手を見つけるのは高難易度な気もするが…
「おお~」
エリスが何やら嬉しそうな顔をする。
「俺がヴァンパイア族だったら、そういう無理難題はお手上げだな」
そのまま家を出て逃げようとか考えそうだ。それに誰かが伴侶になっても、結局のところそいつは血を吸われ続けるのだろう。そう考えれば、普通に相手を見つけるよりも難しそうだ。
「でもそうだったら、カレンちゃんとノエルくんがケッコンすれば良くない?もうそれで全部解決だよね」
突然そんな事を言うエリスは、俺とカレンの肩に腕を乗せてニッコリする。
「フフッ、ノエルさんなら良き夫になってくれそうですね」
平然とそう言ってくれるが、それはお世辞やノリで言っているはずだから真に受けてはいけない。しかし冗談とは言え、同い年の女子にそんな男冥利に尽きる事を言われる日が来るとは思いもしなかった。
「ヴァンパイア族に婿入りは大変そうだな」
俺は可能な限り平静にそう返しておく。
「ヴァンパイア族に混血の者はいません。それは、異種族との間に子供をつくっても、必ず純粋なヴァンパイアが生まれるからです。実際、私の母は人間族ですよ。」
それは初耳だ。ヴァンパイア族は数が少ないとは聞いていたが、確かに吸血鬼のハーフは聞いたことも無い。
「ってことはカレンちゃんも実質、私たちみたいなものって思ってもいいよね~」
「へぇ…不思議な種族もいるものだな」
俺はついカレンをまじまじと見つめてしまうが、今の恰好を考慮すれば性的な視線を向けていると思われても仕方がない。念のため俺はすぐに視線を外す。
カレン本人は俺の視線にあまり気にしてなさそうだが、照れてきた俺は話題を逸らそうとエリスのほうを見る。
「じ、じゃあエリスはどうなんだ?やっぱ俺と同じような理由か?」
自分と同じ混血種であるエリスだから、俺と同じような経験をしてきたはずだ。エリスは俺に微笑みを向けてから、視線を満月に向ける。
「ボクは、この学園が気になって入ったわけじゃないんだ。もともと、進学するつもりも無かったしね」
「では、私のように強制されたのですか?」
カレンは今朝『自分からこの学園に入っていく人は少数なのではないか』的な事を言っていたが、実際のところどうなのだろう。
「ボクは自分の自由意志で入ったよ。ただ、親友を捜しに来ただけなんだ。」
「ご友人を?」
それはまた変わった事情だ。もしかして朝早くから学園を探索していたのも、その情報収集の為だろうか。
「昔、生き別れになった親友がいるんだ。その子はこの学園に入ると言ってたんだけど、本当にここにいるのかはまだ分からない」
つまり、この学園に入学をした理由が『いるかも分からない友人を捜す為』だという。
「それは…見つけるの難しくないか?」
変化魔術と番号シャッフルで常に《カモフラージュ》されているこの学園で人捜しをするのは非常に難しいと思う。
「うん。この学園はある意味安全なんだ。特に、命が狙われているような人にとってはね」
「それはどういう意味だ?」
エリスの表情からは笑顔が消えている。この明るい少女から突然出てきた不穏な話に、俺は多少まごついた。
「その子は私の2つ年上で、ある種族の王族の子なんだ。その子は訳あって、怖い奴らに狙われているんだけど…詳しく話すと長くなるから今はやめておくね」
「い…命が狙われている王族の方…ですか?」
さすがのカレンも驚いている。
王族の親友がいるとは、この半獣の少女は一体何者なのか。俺は嘘で言っている可能性を疑ってしまうが、本当に人捜しをしているのなら助けになりたいとは思う。
「今は何年生だとか、そういうのは分かるか?」
学年さえ分かれば捜しようはあるかも知れない。
「その子、今は3年生のはずだよ。人に正体がバレるとマズいから、あんまり外出とかしていないと思う。友達もきっと作らないようにしているはずだよ。もしここにいるとしたら、その子は誰とも関わらず、ずっとひっそりとこの学園に潜んでいるんだと思う」
この学園で友人がいない生徒となると、見つけ出す事は非常に難しくなる。同じ学年の者でさえ誰もその生徒の事を知らないのなら、いくら情報を集めたところでその者には辿り着けない。この学園で誰とも関わらないように過ごしているなら、もはや手の打ちようがない。
俺は考えた。『孤独状態を強いられる』という状況の中でこの学園生活を送るのはどんな気分なのだろう。『自分の正体がバレたら危険になるから、下手に人と知り合ってはいけない』つまり、誰とも関わらないように生活する。そこだけ見ればいつもの自分と同じだが、それを強いられるとなると話は別だ。
「マジかよ…」
俺はそれを考えたら頭が痛くなってきた。その者と比べたら、きっと俺なんかの悩みなんてちっぽけなものだ。
「命が狙われているのでしたら無理に捜そうとせず、卒業するまではそっとしておいたほうが安全なのではないですか?」
「卒業しちゃったら今度こそ本当に行方が分からなくなっちゃうよ。あの子にはもう帰る場所がないんだ」
エリスがこの学園でやけに情報収集を頑張っている理由は、きっとこれだろう。全ては友人を見つけ出す為というわけだ。
「そいつはエリスがこの学園に入った事を知っているのか?」
「知らないと思う。もう3年くらい会ってないからね」
「なら難しそうだな…」
自分の命が狙われているというような状況で仮に自分の親友が捜しに来たとしても、本人からしたら「自分を狙う者の使い」である可能性を疑うだろう。つまり、いくら頑張って捜したところで、その者は危険を察知して逃げるのは分かり切っている。
「それ、俺たちに出来る事はあるか…?」
「…自分から言っておいてだけど、こんな厄介ごとに首を突っこむ必要なんてないよ。これはあの子の問題で、親友のボクが勝手に助けようとしてるだけだから。」
そう言われればその通りだが。こんな話を聞いてしまうと心穏やかではいられない。
「エリスさんはそのご友人を助ける為だけに、この学園に入学したのですか?」
「まぁそうなるのかな…でも、単純にここがどういう所なのか興味があったというのもあるよ」
「お前がこの学園についてやけに詳しい理由が分かった気がするぜ…」
生き別れの親友を捜す為に入学し、上級生ともコンタクトを取る。その行動力は本物だ。
「ボクは運よく、入学前にこの学園の先輩とも知り合えて、色んな情報を教えてもらったんだ。その人は今は4年生なんだけど、また機会があったら2人に紹介するよ」
4年生なら、この特殊な学園生活のプロみたいな人達だろうと思う。エリスに色々教えてくれるその者は一体どんな人なのだろうか。親友を見つける手がかりとしては重要な存在だろう。
「きっと素敵な方ですね。お会い出来るのを楽しみにしておきます」
「うーん…まぁ、変な人だからあんまり期待しないでね」
この学園に通い続けられるのはやはり変わり者だけかも知れない。
ともかく、これで2人の事情を知る事が出来たわけだが、その中で一番『重くない理由』で入ったのは俺だという事実に内心で苦笑せざるを得ない。
だがこの2人のようなシリアスな事情があるのは、きっと少数だろうと思いたい。
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それから俺たちは門限の10分前くらいになるまで、色んな事を話した。
一番の話題はカレンの謹慎処分についてだ。これについてはエリスにも説明しておかなければならない。
昼間のあの騒動でカレンだけが一週間の謹慎処分になったと知ったエリスの反応は「やっぱりね…」というもので、この処罰についてはある程度は予想していたようだ。
そこで俺たちは、その間に自室に閉じ込められるカレンとコンタクトを取れないか、この学園の寮にある魔術セキュリティについて話した。エリスが先輩から聞いた話によれば、ドアに組み込まれた空間転移魔術はかなり高度なもので、それは先輩たちでも手に負えないものだという。
つまりこの1週間、カレンは自分の個室から外に一歩も出られない事になる。
俺たち3人は、1週間後の早朝に『リスがいたところ』で待ち合わせる事にした。
そこで考えたサインと合言葉はこうだ。待ち合わせ場所である例のサクラの木に左手をおいて「ここにリスがいませんでした?」と聞く。片方は「リスが3匹来ています」と返答する。後はお互いに名前を言って確認する…という手順だ。
この学園では様々なサインを使って生徒間でやり取りをするという話は、夕食の時に中央大食堂で571番たちも話していた。やはりこの学園では一般的に行われているらしい。
変化魔術に加えて週に1回の番号シャッフルがあるこの学園では、知り合いがお互いを認識するだけでも一苦労だ。つまり逆に言えば、誰とも関わろうとさえしなければ、ずっと1人で過ごす事も簡単なのだろう。
番号シャッフル後にひっそりとしていれば普通の学園以上に誰からも認識される事もなく、ただのマネキンとして溶け込める。そしてそれこそがこの学園が望む生徒のあり方であり、模範生なのである。
ここでは友人たちで群れたりグループを作る事は難しいが、学年が上がるにつれてその傾向は少なくなっていく。番号シャッフルしたところで、すぐにサインや合言葉を使って集まってしまうからだ。
自主退学が多いのは1年までで、2年以降は次第に減っていくという。
つまり結局のところ、この学園も外と変わらないというわけだ。だが変化魔術と番号シャッフルにより人間関係のあり方も独特な厄介さを生み出すのだろう。番号シャッフルを利用して他人のふりをしたり、同じ学校にいながら2度と会わないようにするのも簡単なのだという。
それを利用した悪さや嫌がらせを企てる者も当然いるわけで、そこは気をつけなければならない。
「そんな事もあるんだな…」
「噂には聞いていましたが、ここでは変わった社会が形成されているようですね」
変化魔術と番号シャッフルが存在する小さな社会か。自分の姿が知られる事もないという気楽さもあるかも知れないが、今の話を聞けば寧ろ変化魔術が無いほうがマシなのではいかと思えてくる。
「先輩たちから聞いた話はこれくらいだよ。はぁ~結構話したね…」
「時間は大丈夫でしょうか」
「もうすぐ21時50分だね」
腰のポーチから取り出した小型の時計で時間を確認するエリス。門限の10分前だ。ここからの移動を考えると、急がなくてはならない。
「じゃあ 最後にここでボクたち3人で、記念写真でも撮っておかない?」
エリスは腰のポーチからカメラを取り出した。
「いいですね、是非」
カレンの今のボロボロな恰好を考えたら写真撮影など嫌がりそうなものだが、意外と乗り気だ。エリスが取り出した小型カメラを見て、俺は長い間写真を撮る機会が無かった事を思い出す。
「よし、私の横に並んで2人とも」
エリスは俺たちを手招きする。俺たち3人が並んだ構図で撮りたいのはすぐに分かったが、その場合は3人が接近する形になるはずだ。それを考えると俺の足が止まる。
「えっと…」
「ほらほら、時間ないから」
エリスはカメラを片手に俺の腕を引っ張ってくる。
「ノエルはさっき私たちに挟まれたいって言ってたでしょ?」
「紳士ですね」
そういえばそんな戯れを口にした気もするが、当然ながら本当にやる事は想定していなかった。
「そうは言ったけど、俺は真ん中じゃなくてもいいからな?」
「真ん中じゃないとダメだよ」
どうやら俺に否定する権限はないらしい。
言われるがままにエリスとカレンの間に入らされる俺だが、同い年の女子2人に挟まれるとなると写真に写る俺の顔が嫌らしい笑みを放たないか不安になってくるところである。
「カレンはもっとノエルにくっついて」
エリスの指示により、カレンの純白の肌が俺の頬に触れた。
「ほら、ノエルも手をしっかり腰にまわして」
俺は言われた通りにカレンの華奢な身体つきと、エリスの健康的な身体をしっかりと支えた。微かに甘い匂いと、仄かな暖かみ。半獣のエリスはともかく、ヴァンパイア族であるカレンにもそれなりの体温がある事をここで知る。
「よーし撮るよ~」




