11 リスがいたところ
広い食堂での2人きりな食事が終わり、俺たちは寮の入り口へと向かっていた。辺りは暗く、道にはランプが照らされている。ここから寮まではの距離は近い。
近くの時計を確認してみると18:30くらいを指していた。
元28番は相変わらず俺のすぐ後ろを歩いている。誰かの後ろを歩くのが習慣になっているのだろうか。そんな元28番が謹慎から解放される1週間後には、再び“番号シャッフル”が行われる。つまり何か対策を講じておかないと、もう会えなくなってしまう。
俺は先ほど食堂で耳にした571番たちの会話を思い出す。彼らは“サイン”について話していた。
番号シャッフル後に会う為にも、俺たちはそれについて考えなければならない。
「なぁ、待ち合わせ場所とかサインとか考えたほうが良くないか?一週間後に誰も頼れる人がいない状態で学校生活をスタートさせるのは厳しいと思うけど」
「そんな心配をしてくれるのですか?お優しいのですね」
「いや…、俺だったら焦ると思ってさ」
少なくとも俺がこのタイミングで謹慎処分とか喰らったら、もう不安で落ち着かなくなるだろう。下手したらそのまま退学して逃げる可能性すらある。俺から見たらそれくらい嫌な事だ。
後ろを歩く元28番は俺のすぐ隣に来て、耳元まで顔を近づけてきた。
「貴方の血を吸わせてくれるのが、一番確実ですよ」
元28番はそう囁き、そのまま俺の隣を歩き続ける。俺は一瞬何を言われているのか理解できずにいた。だが数秒経って全身がゾッとするのを感じ、息を呑む。
「………な、なるほどなぁ」
あぁそうか、この人ヴァンパイアだったんだっけ…とここで再び思い出す。
「それも、定期的にですね。それならサインを考えるまでもなく、私も貴方を見失う事がないでしょう」
「定期的ってどれくらい…?」
「毎週1回ずつです。それも卒業するまで4年間ずっとがいいですね」
なるほど、俺の波長とやらを見失わない為にはそれくらい徹底するのが確実らしい。だが俺は空を見上げながら茫然とする。となりを歩く謎のヴァンパイアが途端に恐ろしい存在に見えてきた。そんなに血を吸われたらこちらの身が持たないと思う。
「フフッ そんな事まで望みませんよ。私はサインでも構いませんから」
冗談で言っていたというのか。いや、半分くらいは本気かも知れないが。ともかく、この状況でそんな冗談が言える精神的余裕が凄いと思う。
「…貧血は辛いだろうからそれで頼むよ。今日中に何かサインとか待ち合わせ場所を考えないとなぁ」
「私たちはこの後02番と待ち合わせをするのですよね?その時までに考えておきましょう」
そんな話をしている間に寮まで辿りつく。02番との待ち合わせもあるが、俺たち新入生は自室の整理整頓もしなくてはならない。
「じゃ考えておくよ。俺たちは21時の5分前にここで待ち合わせだからな」
寮の入り口を指しながら言う。02番との待ち合わせ場所である『リスがいたところ』の場所は、元28番は知らない。だから俺が連れていく必要がある。
「ええ、ではまた」
ヴァンパイアと一旦別れ、俺たちは各自の部屋番号のところまで向かう。昼に番号シャッフルが行われたから、自分の部屋がある位置は変化しているはずだ。長い廊下を進みながら、俺は今の自分の番号である「183番」のドアがあるほうを探す。
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20:50。自室の整理整頓を簡単に終わらせ、俺は寮の入り口近くにいた。
この学園では門限は22時だと説明された。その時間を過ぎたら、特別な事情が無い限りは寮の外に出る事は許されない。だから門限の約1時間前にこうして外出する人はあまりいない。
もし過ぎた時間に外出したら、それなりのペナルティが課せられるそうだ。わりと時間に厳しいようで、それはどこか刑務所じみている感じさえする。だがこの学園がどこか窮屈に思える理由は、時間の厳しさもそうだがどちらかといえばこの変化魔術の首輪のほうにあるだろう。
この首輪に使われている変化技術は元々約2000年前の『異種族大乱の時代』に生み出され、色んなところで活用されたと聞いた。使われたのは主に監獄であり、囚人たちを効率よく管理するのに発明されたそうだ。
この俺にその時代の前世の記憶があるのかはともかく、この学園にどこか刑務所のような空気を感じてしまう理由にも納得できる。
そんな事を考えながら元28番との待ち合わせ場所に数分早く辿りつくと、そこには既にその者の姿があった。
「もう来たのですか」
俺よりも先に来ていた元28番のほうこそ「もう来てたのか」なのだが、ともかくこうして合流したからには例の『リスがいたところ』に向かってもいいだろう。
俺に伝言を送ってまで待ち合わせをした02番の目的は定かではないが、会いたいと思っているのは俺も同じだ。別にお菓子の事で怒っているからではないが、お詫びのおやつを貰う必要はある。そしてあの02番が何者なのかが純粋に気になる。
「よし行こうか」
門限の約1時間前というこの微妙な時間に外出するところは、あまり人に見られたくない。幸い周囲には人が殆ど見当たらないが、俺たちはすみやかにその場を離れた。
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目的地の『リスがいたところ』は、この寮から少し歩いた桜の並木道にある。そこまでは徒歩で5分も掛からないだろう。今朝02番に道案内をされていた時を思い出しながら、その場所を目指す。元28番は静かに俺についてくる。
今日の半分くらいの時間はずっとこの元28番と過ごしているわけだが、姿も分からないのに良くもまぁここまで打ち解けるものだ。
エルフの街や人間の街で暮らしていた頃に出会った人々を思い出しながら俺は考えた。名前も性別も姿もお互い分かっていたのに、誰とも打ち解けなかったあの頃とは何が違うのだろう。逆に正体が分かっていなかったら、今のように俺はあいつらとも仲良くなれたのだろうか?
俺は当時を振り返る。ハーフエルフという理由だけで避けられていたのは疑いようもなく事実だった。もし俺の姿が分からなかったら、俺がこれまで通ってきた学校でも人並みに友達出来ていたに違いない。
だがそれと同時に、例えハーフエルフだったとしても心意気次第では1人や2人の友人くらいは作れた可能性もあったのではないかと、そう思えなくもないのだ。少なくとも可能性はゼロでは無かったはずだ。
だが結局のところ、あの状況でどのように行動すればこの俺に友人が出来たのか。今振り返ってみてもそれは分からないままだ。仮にタイムスリップしてあの頃をやり直したとしても、結局は孤立を繰り返す事だろう。
俺は隣を歩く元28番を横目で見る。このヴァンパイアと仲良くなれたのは、この変化魔術のお陰なのだろうか。もし姿が見えていたら、どうなっていたのだろう。だがそれは考えたところで空しい気分になってくるだけだった。
そしてサクラの並木道が見えてきた。まだ待ち合わせ時間の5分前くらいだが、元02番はもしかしたら来ているのかも知れない。
「サクラの木が並んでますね。こんな場所があったとは」
俺たち新入生の中で、ここを知っている者はまだ殆どいないと思う。学園案内の時もここは通らなかったし、ここを通る理由もないのだから仕方がない。
「俺も今朝この辺りで道に迷って、たまたま知っているんだ」
そこで少し強い風が吹いて、桜吹雪が舞い散る。周囲は暗く、仄かなランプが道を照らしているだけだ。この景色はどこか幻想的に思えた。
「こんな場所を待ち合わせ場所にするとは、あの02番も演出家としての才能があるようですね」
この光景に元28番も何かを感じたようだ。
「将来は大物だな」
まさかあの02番もこんな『サクラ吹雪で俺たちを出迎える』というシナリオを想定していたわけではあるまいが、この幻想的な景色が、これから大物と会うような雰囲気を漂わせるのは確かだ。
「たぶんあの木だったと思うんだけどな。まだ来ていないみたいだ」
ようやく『リスがいたところ』の木が20mくらい先に見えてくる。元02番の姿がないか俺は辺りを確認するが、人影ひとつ見えない。
まるで俺たちがこの場を独占しているかのようだ。人影1つも見つけられないまま目的の木まで辿り着く。近くに時計が無いから今の時間は分からないが、きっと待ち合わせ時間の1~2分前くらいだろう。ここで待っていれば02番が来るはずだ。
「この木だったはずだ」
「ここがリスがいたところですか」
元28番は木の上のほうを見ながらリスを探すが、きっとこの時間には姿を現さないだろうと思う。
「まぁな。一部の浮遊島でしか生息していない珍しいリスがいるんだ。少し大きめの青いやつなんだけど、そのうち見れると思う」
「なるほど、気になりますね。そのリスも今はいないようですが、代わりに別のものがいるようです」
何か生き物でも見つけたのか?と俺も木の上を確認する。すると、その瞬間上から大きな何かが落ちてきた。
ドサッ
「代わりにボクがいたのでした~」
落下してきたその大きなものは、紛れもなく生徒だった。顔面にはI-518と刻まれているが、その話し方からして、きっと元02番本人だろう。
夜中だからか、この登場の仕方はホラーでもあった。俺は思わず「うぉわ!?」と軽い悲鳴を漏らしてしまった。
「お前、木の上で待っていたのか!?」
「誰かを待つ時は木の上が一番だよ」
いや、そんな話は聞いた事もないが、この人の種族ではそういう話があるのかも知れない。
「ちゃんと時間ピッタリに来たね。2人とも」
「コイツが頑張ってくれたからな」
俺は元28番の肩を軽く叩いて言う。このヴァンパイアが俺を見つける事に失敗していたら、こうして俺たちがここに来る事はなかっただろう。元02番も木の上で誰もこない時間を過ごしていた事になる。
「運が良かっただけですよ」
「どうしてこんな時間に待ち合わせしたんだ?夕食前とかでも良かったのに」
こうしてお菓子泥棒の元02番と再会出来た事は嬉しいが、わざわざ門限1時間前という時間を指定してきた理由が分からない。
「夕食の時間だと色々と都合が悪かったんだよね~。この時間に呼んだのはちゃんと理由があるから安心して」
元02番なりの事情があるらしい。そこで俺たち2人の間に入ると、二つの肩に軽くタッチしつつ「じゃあ行こうか」と言ってどこかに向かおうとする元02番。
「ん?どこに?」
「とりあえず、2人とも付いてきて」
今は21時だ。門限までの1時間で行ける範囲は限られている。やれやれ、と思いつつも俺は元02番に付いていく。そういえばこの人は今朝から謎だらけな人だよなとも思う。お菓子の件もそうだが、警戒心と親しみやすさを同時に感じさせる人物も珍しい。
そして今日は散々な目にあってきた元28番だ。夜に人気のないところに連れていかれるのは心穏やかではないだろう。
「ねぇ2人とも、カモフラージュ制度についてどう思う?」
前を歩く元02番が突然そんな質問をしてきた。
「カモフラージュ制度か…」
この変化魔術の事をそう呼んでいるわけだが、これに対しては俺も色々思う事はある。俺は数秒考えてから答えた。
「なんか、窮屈だよな。これ。」
思えば今日は一日中、この変化魔術の事についてばかり考えていたような気もするが、俺の口から出た感想はそんなものだった。
「今朝言っていた事と真逆ですね」
元28番がそんな指摘をしてきたが、確かにこの人に今朝話した内容と俺が今言った事は矛盾している。
「あぁ…まだ入学初日だけどさ、この1日で気が変わった」
「だよね~」
元02番が俺たちに振り返りながらニッコリと言う。
「ねね、キミたちは今朝から一緒だったの?」
「あぁ…入学式前に隣の席だったんだが。そこで色々話したんだ」
ふぅ~んと言う元02番。
「ヴァンパイアの子とずっと一緒でも183番くんは平気なんだね」
「…それを言うならお前もじゃないか?」
あまり気にしていなかったが、そうでない人のほうが多いのだろうか?俺は正直ヴァンパイア族なんて名前くらいしか聞いたことはないから、目の前にいたところで何も特別な感情を抱かないわけだが。
「じゃあ大丈夫だね」
そしてこのやり取りの間も、そのヴァンパイアである元28番は特に何も言わない。ヴァンパイアである自分と平気で打ち解けている俺に対して、元28番はどのように思っているのだろうか。本人のその表情からは何も読み取れない。
「ねぇ2人とも、これ外したいと思わない?」
突然、前を歩く元02番がそんな事を口にした。
自分の首輪を指差して言っているから、間違いなく変化魔術の事を指して言っている。
「…え?これを外す?」
学園内で首輪を外してしまうと、その知らせがすぐに学園側に伝わってしまう。そんな説明が数時間前のホームルームでされた。
「この学園では、外で首輪を外せる場所は無いはずですが…」
「外してもバレない場所が一箇所だけあるんだ」
元02番は口元をニヤつかせながら言った。
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それから俺たちは10分ほど歩いた。
その間、元02番は首輪の仕組みにある抜け穴について俺たちに説明をした。
首輪を外すとシグナルが発信され、学園の2か所に設置されている魔術アンテナのどちらかに伝わってしまうわけだが、そのシグナルを受け取れる範囲はわりと限られているらしい。
そのシグナルが届かないギリギリの場所が、この浮遊島の外周エリアにあるのだという。
そこで首輪を外した場合、浮遊島の2か所にあるアンテナはその反応を探知できない。だからこの学園内で唯一、姿が明かせる場所なのだ。
「なんでそんなに色々知ってるんだ?」
「全部、先輩が教えてくれたんだ」
気づけば俺たちは、浮遊島下層の外周エリアにまで来ていた。ここは生徒の立ち入りが禁止されている場所であり、古代遺跡がそのままの状態で残っている。
満月の明かりが良い感じに辺りを照らし出していて、わりと暗くはない。
外側には浮遊する岩のブロックが、衛星の如くこの浮遊島の周囲をゆっくりと移動している。これは今日の夕食前にも見たものだ。
大きな石板がこんな近くを浮いているこの光景には圧倒されるものがある。俺はそれをより近くで見る為に、近くまで歩いていく。すると、石板が道のように並んでいる場所を確認する。
「よし、向こうまで渡るよ」
突如として元02番がそんな事を口にした。
「あそこに浮いてる遺跡ね。時間無いから急ぐよ!」
元02番はそのまま軽いステップで浮遊する円盤の上を飛びながら進んでいく。
「落ちたら死にますね」
緊張感のない声でそう言う元28番。すぐ真下には雲海が広がっている。ここは地上の遥か上に浮かぶ天空の地だという事をリアルに実感する。
「…いやいや、待て。そんな話は聞いていないぞ。」
これを渡る?何を言っているんだ。
「この下は海になっているから、もしかしたら生き延びれるかもね」
「その場合も、幾つか骨が折れているでしょうけどね」
それはきっと《浮遊系の魔術》を使って落下速度を緩和させた場合の話だろう。水面とはいえこの標高6000mなどという高さから落ちれば、真下が水面であろうと石畳であろうと何も変わらないはずだ。
「マジで渡るのか…」
俺が立ち尽くしている間も、二人とも浮いている足場を軽々と渡っていく。落下死を回避する為の初歩的な浮遊魔術なら、どの種族も幼少期に教わるはずだが、実際に使うような状況は考えたくない。
浮遊島からの落下事故さえも実はほとんど耳にした事がないし、当然ながらこの学園からもそのような話は一度も聞いていない。それが起こるとしたら、整備されていない無人浮遊島や天空遺跡を探検する者くらいではないか。今のように。
「あそこまで行かないと、首輪は外せないって言われたよ~」
「本当か?それ騙されてたりしない?」
元02番がどんな先輩から説明されたのかは分からないが、実はそこまで行く必要はないのに、後輩たちを困らせる為にわざとそう説明した可能性を俺は疑ってしまう。
「大丈夫ですよ。風も穏やかです」
元28番が、浮遊する足場から俺のほうを向いてそう言う。
あの2人が乗っても全くグラついている様子はないから、きっと見た目以上に安定しているのだろう。古い遺跡なのに大したものだ。
空中を浮遊する足場と足場の間は、せいぜい30~80cmくらいしか開いていないから渡るのはそれほど難しくはないと思う。俺は自分の頬を軽く叩いて、覚悟を決めた。




