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かいふく系モンスターと…

かいふく系モンスターとモンスター博士

 カーテンをやや雑な動作でザっと閉めると、モンスターを専門に研究しているガイダイ博士は部屋の奥の方をゆっくりと見やった。

 そこには男が一人いて、ガイダイの視線を受けると何やら準備をし始める。自分用のメモを書いたノートとプリントを数枚取り出し、プリントの方は机に並べた。ガイダイ博士は彼に近付くと、そのプリントを掴んで席に座る。

 「で、調査の方は上手くいったのだろうな?」

 そして自分のすっかり白くなかった長い髭をさすりながらそう言った。禿頭を飾るように白髪が囲んだ特徴的なヘアスタイル(と言っても、本人が意図してそんな髪型にしている訳ではない)、白衣を纏ったやや矮躯のその姿からは怪しい雰囲気が満載に感じられる。対して話しかけられたもう一人の男の方はいたって普通で、眼鏡をかけていることも手伝って、とても真面目そうに見える。彼も白衣を着込んでいるのだが、博士と違って怪しい雰囲気はない。

 「もちろんです、博士。抜かりはありません」

 眼鏡をキラーンと反射させながら男はそう返す。どうやら彼は博士の助手のようだ。

 「では、早速、始めてくれ」

 そう博士が言うと、助手は頷いて黒板に大きな紙を張り付けた。そこには半分に切った白いはんぺんにラクガキのような触手の生えた緊張感を削ぐ造形のモンスターの絵が描かれてあった。その隣には十代後半辺りの少女も描かれている。

 「では、これから、先日博士が見つけた謎の回復系モンスター“カイくん”の調査結果を発表したいと思います……」

 

 ――それは一週間ほど前の事だった。

 博士は研究室でボーっとしながらこのような独り言を言っていた。

 「やっぱり、一番楽に名声を得られるといったら新種発見が一番だな。フィールドワークで危険と隣り合わせでさんざん苦労してモンスターの生態を調査をしたり、金をかけて飼育したりして性質を調べるなんざ、割に合わな過ぎるってもんよ」

 その独り言に、助手はこう返す。

 「じゃあ、新種を発見すれば良いじゃないですか」

 もちろん、博士にはそんなに簡単に新種が発見できるはずもないのは分かっていた。だからこう返す。

 「アホか。それができれば苦労せんわい。ああ、この窓の外にでも、偶然、新種のモンスターが通りかからないかのー」

 しかし、そう博士が言った瞬間だった。窓の外にがふわっと漂うように変な白いものが飛んで行ったのだった。

 くらげのようなはんぺんのようなとにかく博士が今までに見た事もない…… 恐らくはモンスターだろうもの。

 博士は目を丸くして凝固する。

 “なんじゃ、ありゃあ……”

 そしてその時、同時にこんな声が聞こえて来たのだった。

 「カイくーん、こっちよー」

 少女の声。その声に反応して、そのモンスターだろうものは漂うように進んでいく。「アッ・アー」とかなんとか言いながら。

 その声の主の少女を見て、今度は助手が固まった。眼鏡が白く反射して、瞳が見えなくなる。

 そして、二人はそれから顔を見合わせた。

 

 あれってば、そのモンスターの新種なんじゃないの?

 

 って感じで。

 そしてそれから「あれを捕まれば名声は我らのもの!」と、彼らのカイくん捕獲作戦は始まったのだった。始まったのだけれど……

 

 謎の回復系モンスターのカイくんは、まったく全然少しも捕まえられなかったのだった。緊張感を削ぐようなフォルムで漂っているくせに、何故か物凄く素早くて、虫取り網を使おうが、投網を投げようがそれらを悉く余裕で躱してしまう。あまりにも余裕だからか、本人はどうやら彼らが遊んでくれていると勘違いしてすらいるよう。

 で、あまりにも捕まえられないものだから、

 「実物は諦めて、絵だけで説明して、論文を書いてみてはどうですか?」

 なんて、助手は提案したのだけれど、博士は首を振って「駄目だ」と言う。

 「あんな冗談みたいな姿のモンスター。絵で描いても誰も信じてくれんわい。リアルに描いてもラクガキにしかならん」

 「あー、なるほど……

 それでは、博士の仲間のモンスター博士達に実際に来てもらうというのはどうでしょうかね?」

 「それも駄目だ」と博士。

 「あ、博士、友達いませんもんね」

 「違う! あいつらを呼んだら、手柄を横取りされるに決まっているからだ」

 「それは友達なんですか?」とそれに助手。しかしそれからふと何かを思いついたような仕草をすると、突然勢いよく彼はこう言ったのだった。

 「ならば、僕に任せてください!  何事もまずは情報を集める事から! あの謎のモンスターを調査して弱点を見つけ、見事捕らえて見せましょう!」

 なんだかよく分からないけど、いつになく助手はやる気MAXなよう。何も案のなかった博士は「おお! そうか、期待しているぞ!」と彼に任せる事に決めたのだった。

 

 ――で、冒頭のシーンに戻るワケだけど。

 

 「……まず、今現在、あの回復系モンスター“カイくん”は、セイレンの宿屋で暮らしているようです。特に娘のアーニャ・セイレンによく懐いているようで……、」

 その助手の説明に博士は頷く。「うむ。それは知っている」と。助手は続ける。

 「はい。どうやら、アーニャが洞窟に冒険に行った際に何処かで見つけて来たらしいです。洞窟に冒険に行くなんて、活発そうな外見通り、勝気な性格をしているのですね。でも、洞窟はちょっと危険だと思います。危なっかしい。守ってあげたいです」

 「うん。そうか」

 「どうやら彼女は、カイくんの回復魔法を利用して、道中で“回復屋”なる商売を始めて荒稼ぎをしたようです。そんな強かな一面もあるのですね。魅力的だと思います」

 「うん?」

 「今現在、彼女は宿屋に戻っていまして、以前と同じ様に宿屋を手伝っているようです。カイくんの回復魔法も商売に利用していて、そのサービスは好評のようです。それはもちろん、彼女の明るい性格があればこそで……」

 「ちょっと待て!」

 と、そこで博士。

 「待ちましょう」

 と、助手。

 「なんだか分からんが、妙に宿屋の娘の情報が多くないか?」

 「気の所為です」

 「そうか?」

 「そうです」

 「ならば、いい。続けてくれ」

 「はい。では、続けます」

 コホンと咳払いをすると、一呼吸の間の後で助手は口を開いた。

 「宿屋の娘のスリーサイズは、上から80、56、76とスレンダーな体型と思わせておいて意外に胸はあるというのが正直な感想で、これは嬉しい誤算だと……」

 そこでまた博士は言う。

 「ちょっと待てぃ!」

 「待ちましょう」と助手。

 「やーっぱり、宿屋の娘の情報が多くないかあ?!」

 その博士の言葉を受けると、「博士…」と呟いてから助手はこう続けた。

 「“将を射んとする者はまず馬を射よ”と言います。現状、あの謎の回復系モンスターが最も懐いているのがあのとてもチャーミングな宿屋の娘のアーニャちゃんである以上、彼女を詳しく調べるのもまた必然でしょう。どうしてあんなにカイくんが彼女に懐ているのかが分かれば、カイくんを捕らえる術も分かろうってもんです」

 「さっきと言っている事が違うじゃないか……。なんか言い方が気になるが、しかし、まぁ、良い。分かった。続けてくれ」

 「はい。

 先にも言いましたが、カイくんは宿屋の娘のアーニャちゃんに非常に懐いていまして、なんでも夜寝る時は、ベッドで添い寝までしているのだとか…… う、羨ましい… ウ… ウ…」

 そう言い終えると、助手は顔を伏せてしまった。

 “……こいつ、泣いておる。マジ泣きじゃ”

 と、それを見ながら博士は思う。それからしばらく助手は顔を伏せていたけれど、いきなり顔を上げるとこう言った。

 「とにかく、そうやって調べた結果、あの謎の回復系モンスター“カイくん”の好物は、氷砂糖である事が分かりました!

 氷砂糖で釣って罠を張れば、きっと捕まえられます!」

 「結局、宿屋の娘は関係ないじゃないか!」

 と、それに博士。

 

 まぁ、何にせよ、それから助手は自分が作った罠を博士に披露したのだった。

 

 大きなサイズのガラス製のビン。

 その罠は一言で表現するのなら、そんなようなものだった。中には氷砂糖があって、カイくんがそれを食べに入った瞬間に、フタを閉めるというとてもシンプルなもの。

 ただ、そのビンには抗魔力処置が施されてあって、魔力に頼ったモンスターなら抜け出すのは困難なはずだった。

 「こんなんで、上手くいくのかのぉ?」

 と、それを見ながら博士が言う。

 自信あり気な表情で助手は返す。

 「まぁ、見ていてくださいよ。こいつで捕まえれば、カイくんのスキル上、絶対に逃れられません」

 「しかし、どうやってカイくんをおびき寄せるつもりだ? それができなければ、どうしようもあるまい」

 助手は不敵な表情で笑うと、「それも考えてあります」と返してから窓際に行くと、そこから大声でこう叫んだ。

 「カイくーん。おやつよー 氷砂糖よー」

 アーニャの声色で。

 しかも意外に巧い。

 流石、ほぼストーカー。

 「いや、そんなんで来るのか? あのモンスターは?」

 それに博士はそうツッコミを入れた。が、その次の瞬間だった。

 「ア・ウー」

 なんて鳴きながら、カイくんが窓の外から部屋の中に入って来たのだった。しかも漂うなふらふらとした飛び方で、真っすぐにビンの中に向っていく。

 キュッ!

 完全にカイくんがビンに入ったところで、助手はフタを閉めた。

 「ビックリした! 本当に上手くいった! ああ、ビックリした」

 なんて言いながら。

 「本当は自信がなかったんじゃないか!」

 と、それに博士。助手はガッツポーズを取りながらこう言った。

 「よし! これで“迷子になっていた”と言って、カイくんを届けてあげればアーニャちゃんとお近づきになれるぞ!」

 「目的が変わっとるじゃないか!」

 そうツッコミを入れてから、博士はカイくんを見やる。カイくんは大きなビンの中で氷砂糖を美味しそうに頬張っていた。

 「しかし、いいぞ。まさか、こんなんで上手くいくとは思わんかったが、首尾よく捕まえられたな……」

 にやりと笑いながら博士はそう言う。

 氷砂糖を食べ終えると、そこでようやくカイくんはビンのフタが閉められている事に気が付いたようだった。そしてそれに危機感を感じているのかいないのか、それからカイくんは、ビンの側面に顔をくっつけてうにょーんと伸ばし始める。

 「フフフ…… 逃げ出そうと思っても無駄だ」

 と、それを見て博士。

 「いや、これ、遊んでいるだけじゃないですかね?」

 なんて助手は言う。

 博士はそれから高笑いを始めた。

 「ハハハ! いいゾ! これでこのままこいつを学会に新種だと発表すれば、晴れて私も有名博士の仲間入りだー!」

 なんだかすっかり悪役なノリ。

 しかし、そのタイミングだった。

 「カイくーん! 何処にいるの~? おやつの時間よー」

 と、窓の外からそんな声が。

 宿屋の娘のアーニャだ。

 カイくんはそれに気づいた様子。外に出ようと、ふわふわとビンのフタの方に飛んでいく。

 「フフフ。無駄だぞ。ビンのフタはしっかりと閉められているからな」

 博士はそれを見てそう言う。しかし、それに構わずカイくんは飛んでいった。

 そして、

 

 うにょるん!

 

 効果音を付けるならそんな感じで、ビンのほんのわずかな隙間から、カイくんは簡単に外に出ていってしまったのだった。

 それを見て、凝固する博士と助手。

 そこでまたアーニャの声が。

 「カイくーん! どこー?」

 その声に向けて、ふわふわとカイくんは飛んでいく。去り際、茫然と自分を見つめる博士と助手に気付くと、彼らに向けてカイくんは触手を振ったりなんかした。

 バイバーイ って感じで。

 その少し後、アーニャのこんな声が聞こえて来た。

 

 「どこにいたの、カイくん? 探したのよ。え? 遊んでもらっていた? 誰に?」

 

 ……やっぱり、カイくんは二人に遊んでもらっていると思っていたみたい。

 二人は相変わらず凝固していた。

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