09隠者の話
あるよく夜空の見える日の事だった。
私は車を乗りある小さな湖に来た。
私は今日死にに来た。
生きていてもいいことなどは何もない。必死に働いて稼いだお金も税金に取られ、必死に残業をしてもなかったことにされ、人の顔色を毎日伺いながらご機嫌をとり、理不尽なことに怒鳴られ、殴られ、蹴られ、それを他の人間は見て見ぬふりをする。
嗚呼…こんな世界になんの楽しみがあるのだろう。
まあ、でも死ぬ前に…少しだけ綺麗な景色を見たかったのだ。死にたくないというわけではない…ただ、私の壊れてしまった心に少しだけ何かを残したかったのだ。
私は昔子供の頃に流行った歌を口ずさみながら夜の湖を歩く。月明かりを照らすのは私だけで他の人間などいるはずはなかった…
‥‥そう、人間はいなかったのだ。
「こんばんわ!いい夜ですね!」私の背後から声が聞こえゆっくりと私は振り返った。
小さな少女がそこには立っていた。髪はおかっぱ、服は白いワイシャツようだったが、所々に赤黒い血痕の様なものが付着していた。
普通の人間ならここで恐怖し、腰を抜かすか叫んで逃げ出しただろう。ただ、私はもう壊れてしまってる‥‥もう私に恐怖という感情はなかった。
「ああ、いい夜だね ここにはよく来るのかい?」私の返答に少女は一瞬驚いたようで
「あら?あら?あらあら?」少女は首を傾げ不思議そうに私の方を見ていた。
「私が怖く…ないんですか?」少女は言った。
「ああ、生憎心が壊れてしまっててね。何も…感じないんだよ」そう言うと少女は一瞬で私の目の前に移動し、私を見上げた。普通の人間ならその顔を見ただけで失神するだろう。
眼は両方抉れ、黒い闇を除かせ、口は裂け長い舌はだらんと垂れ下がっている。
「これでも‥‥怖くないんですか…?」少女は先ほどと違う甲高く、響き渡る声で言った。
「ふむ、君は中々ユーモア―があるね」私はクスリと笑うと少女の頭を撫でた。
「じゃあ!じゃあ!」少女は先ほどの幼い顔に戻ると私を押し倒し馬乗りなった。
「殺されても‥‥いいんです‥か?」少女の手には鋭い包丁が握られていた。
私は笑顔で告げた。
「ああ、君の様な素敵なお嬢さんに殺されるなら私の人生も悪くはないだろう」
「そう…ですか…じゃあ、殺しますね!!」少女は手に持った包丁を私に振り下ろす。
嗚呼…やっと私の一生は終わるのだ。そう思った… しかし‥‥
少女の包丁は私の目の前で止められていた。
「何故‥‥殺してくれない…?」私は少女の方を見ると少女はつまらなそうな表情で私から降りた。
「だって…私は驚かす専門ですし。自殺防止用っていいますか?」そういって少女はポーンと包丁を投げると近くにあったベンチに座った。
私もなんとなく彼女の隣に座ると彼女はぽつぽつと話し始めた。
「ここ、自殺の名所なんですよ。時たまあなたみたいな人がフラフラ~っと死のうと来るんですよ」
「でも、大抵の人は私が脅かせば逃げて帰りやがます」
「あんたくらいですよ?あんだけやって逃げなかったのは!」
少女は納得がいないようで口を膨らますと私を睨んだ。
「それはすまないことをした‥‥ただ、私は本当に疲れていてね」私は胸ポケットにあった最後のぐしゃぐしゃになった煙草に火をつけると、ポケットに一緒にあった飴玉を少女に渡した。
「ふっー…食べるかい?」少女は嫌な顔をしたが飴玉を受け取ると月明かりに照らしながら口の中に入れ頬張った。
「すみません。ここ禁煙なんですけど?」飴玉をコロコロと転がしながら少女は私を未だに睨んでいる。
「いやぁ…すまないすまない。最後に一服したかったんだ」私はすぐにタバコの火を消すと吸殻をポケットにしまった。
「…そんなに追い詰められるまで何があったんですか?」少し悲しそうな少女の声が湖に響く。
「ああ、なんというのかな…何も何も感じなくなってしまったんだよ」私は夜空を見上げ呟く。
「何も…感じないのですか?悲しみも、怒りも、喜びも?」
「ああ、何も…感じない。だから死んだら何かを感じるかと思ったんだ」
「…死ぬのは辛いですよ?」少女は俯きながら言った。
「ああ、そうだろう。君は…いや…」
「ええ、ここで私は死にました…何もかも嫌になって。でも、死んだ方がよっぽど辛かった」
「痛みも、苦しみも最初だけ‥‥あとは全て無です…何も感じない何も分からない誰も気づかない」
「だから、君はここで死ぬ人間を止めてたのかい?」少女はコクンと頷いた。
「死は何もないんです…それでもあなたは死にたいんですか…?」
「生きる方がよっぽど価値があります。苦しいこともあります。でも、それが生きるという事なんです」
「それはそうだろう。ただ…私は本当に分からないんだ。生きるというのが死ぬというのが…」
それを聞いた少女は両手で私の頬を掴むと悲しそうに言った。
「生きませんか?生きてみませんか?生きなさい!生きて這いつくばりなさい!」少女の目には涙が零れた…それほどまでにこの子は苦しかったのか…私の心にある小さな気持ちが生まれるのを感じた。
「そうだな…君の言う通りかもしれない」私は少女をまっすぐ見つめ告げた。
「じゃあ!生きて生きてくれるんですか!」少女は嬉しそうに…声が届いたと感じたのだろう…
だが…私は‥‥
「それでも、私は死にたいんだ」そう少女に告げた…少女の目から光が消える‥‥そして…
「そうですか…わかりました」か細い声で告げると私の視界はグルンと回り私の真下に夜空が見えた…
いや、違う…違うな…彼女が私の首を折ったのだろう。そう思った瞬間…
そこで私の意識は途切れた。
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「くくっ…あっははははは!!なんて間抜けなのですか!?なんて間抜けなのですか!?」
映画が終わるかの如く私の意識は呼び戻される。高らかに聞こえる幼い子の笑い声。
「ここは‥‥どこですか…?」見るとそこは小さな劇場だった。私は腰掛けイスに腕を縛られ
目の前には黒い燕尾服をきた小さな子供が兎の耳の生えたシルクハットを被りクルクル回っている。
「おっと、目覚めた。おはようございます。どうでしたか?09隠者の物語は!?」白い髪が風に揺れ少年は楽しそうに踊っている。
「隠者…?私は…あなたは…?」ここはなんだろう。思い出せない。ここに来る前の記憶を思い出そうとするが、何も思い出せない…思い出せるのは先ほどの湖の記憶だけ…
「僕は黒野黒兎、黒ウサさんと呼んでくださいお客様!」彼はシルクハットを脱ぎ深々と頭を下げた。
「私は…どうして…」彼に聞こうとするが彼はまたクルクル回りだし。
「孤独な隠者、孤独な隠者、助けようにも相手はいない。いつも1人で待ちぼうけ♪」そういって歌いだした。
「ふざけないでください!私はなんでこんなとこに…」付き合ってられない…私は声を荒げる。それを聞いた黒ウサさん?は私の前にツカツカと歩くと顔を近づけ言った。
「これは貴女の罪です。最後の劇場まで見ていただきます」そう言って嬉しそうに笑った。
‥‥次はどのお話ですかね♡
この日私はこの小さな劇場にとらわれたのだ。