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僕の振り下ろした魔鉄の巨剣が悪魔に迫り──横から人影がその身体に体当たりするようにぶつかって飛ばされました。
ズドン! と巨剣が地面に落ちて大きな音を立てます。
変な体勢から無理矢理剣を振り下ろしたので、僕の身体はバランスを崩して倒れました。
「いって……」
「ぴゅっ!?」
倒れた僕に、マシロが心配そうな声を出しました。
足やら腰やらがメチャクチャ痛いです。
生まれたての小鹿みたいにプルプル痙攣してますが、『自動治癒』が仕事をしているようなので、じきに治ると思います。
いや、そんなことよりも。
急いで立ち上がり、地面に落ちた魔鉄の巨剣を拾って〈道具〉に仕舞いました。
そして悪魔の方を見ると──ローズマリーさんにしがみつかれて倒れていました。
どうやら避けきれないと思った悪魔は、ローズマリーさんを操ったようです。
横から攻撃して僕の妨害をするのではなく回避を選んだのは、この空間一帯が魔術の使用ができないから、なのでしょう。
戦闘の前にローズマリーさんから聞いた話によると、彼女は魔術を得意としていたらしいので。
全く……。
心情的には死ねば良いのにと思っているのに、無理矢理そんな相手を助けなければならないなんて、ローズマリーさんにしてみたら最悪なんて言葉では済まされないですね。
同情しますよ、本当に……。
そんな僕の思いを読み取ったのか、悪魔はローズマリーさんの首を抱えて立ち上がりました。
そのローズマリーさんは目を伏せていて、表情がわかりません。
「く、くはは!
残念だったな、ハイエルフ!
そうだ、我にはまだ、ローズマリーがいる。
最初から貴様に勝ち目などなかったのだ!」
…………。
「さあ、武器を捨てろ、ハイエルフ。そして、クリスタルを元に戻せ。
抵抗など許さん。
でなければ……このローズマリーを殺す」
そう言って、悪魔がグッと腕に力を入れるのがわかりました。
ローズマリーさんが僅かに身動ぎしたので、首を折ろうとしているようです。
「貴様がそこに立っている理由は、ローズマリーに同情したからなのだろう?
無理矢理に、我に奪われ使われているのを可哀想だと思ったのだろう?
くくく、ははは、くはははは!」
悪魔は白目と黒目が反転した瞳を剥いて、嘲笑しました。
「くひひ。
ヒトというのは、これだからオモシロイ。
赤の他人にそこまで同情など寄せられるのだからな!
それで死んでしまっては、意味なぞないというのになぁっ!」
ギリギリと力を込められる悪魔の腕にローズマリーさんの顔は無理矢理上げられ、その苦悶の表情を僕に見せつけて来ました。
「さあ。
貴様はローズマリーを救おうとしているのだろう?
ならば、大人しく我の言う通りにしろ。
この娘の命くらいは助けてやらんでもないぞ」
ニヤニヤと嘲笑いながら、悪魔は言います。
「ローズマリーさんが死んでしまったら、アンタのバックアップは無くなってしまうのでは?」
「それでも構わん。そうしたら、ローズマリーから渡してある我の力を回収して、その力でもって改めて貴様を血祭りに上げれば良いだけだからな。
結局、貴様は目的を達成できずに、無駄死にするだけのことだ。
逆に、我の言うことを聞けば、ローズマリーの命は助かるぞ」
どうする、とそのローズマリーさんの首を締め上げながら問い掛ける悪魔。
「その力は、ローズマリーさんとしっかりと混ざってしまって、取れないと聞きましたけど?」
「そんなことまで話したのか、ローズマリーよ?
ふん……。
我がやるなら話は別だ。
でなければ、我の力が目減りしていく一方だからな」
ふぅん……。
そうですか。
「さて。
悩んでいる時間なぞない。
さっさと武器を捨てろ。
でないと……死んでしまうぞ?」
「がっ!?」
今までずっと堪えていたローズマリーさんの口から、苦悶の声が出てきました。
そろそろ限界のようです。
僕は腰に差してある魔鉄の鉈を鞘ごと放り投げ、〈道具〉から魔鉄の巨剣を2振り取り出しました。
「それだけではないだろう」
悪魔は油断することなく、ローズマリーさんを盾にするようにして言います。
さらに僕は魔鉄の矢と魔鉄の弓を取り出し──素早く矢を番え弦を引いて放ちました。
ドス、と魔鉄の矢は、一直線にローズマリーさんの胸の中央に突き刺さり──
「がふ……」
「なにを……ぐがっ!?」
彼女を貫いて、悪魔にまで届きました。
慌てて悪魔は、ローズマリーさんの身体を放り投げると、彼女の身体から血が流れて溜まっていき、ピクリとも動かなくなります。
それにしても、ローズマリーさんの身体があったからか、そこまで深く矢は悪魔に刺さってなかったみたいですね。
じわりと赤い血が白いドレスを染めましたが、すぐにそれも止まってしまいました……ちっ。
「貴様……なにを……」
「なにって……攻撃したのですが、それがなにか?
言ったでしょう、糞虫は殺すって。
その通りにしただけですよ」
「バカな!
それでローズマリーが死んでも良いのか!?
貴様はこの娘を救おうとしていたのではないのか!?
ヒトデナシめ、この悪魔が!」
……それはなにかのジョークですか?
悪魔に悪魔とか言われてもなぁ……。
そもそもヒトじゃなくて、エルフだし。
「まぁ、できたらそうしたかったですけど……ほんの数回しか会ってない相手のために僕が命を落とすなんて論外ですし……。
そもそも、ローズマリーさん自身は死にたがっていたのだから、これも1つの救いなんじゃないですかね?
大体、たった今ローズマリーさんを人質にした挙げ句に、僕が言うことを聞かなければ殺そうとしていたのは、アンタの方でしょうに……」
「な……なんだ、なにを言っているんだ……?
貴様……狂っているのか……?」
驚愕の表情を浮かべ、後退りする悪魔。
失礼な。
この上なく、正気ですよ。
つか、糞虫に言われたくないなぁ……訴訟してやりましょうか?
「さあ、それよりも。
これでアンタの命のストックは無くなりました。
覚悟してとっとと死んでください、この糞虫」
僕の言葉に、悪魔はハッとしたような顔をします。
そして、ギリギリと奥歯を噛み締めて、僕を睨み付けてきました。
「ふざけるなよ、ハイエルフ……。
殺す……絶対に殺してやる!」
そう叫ぶや否や、悪魔は倒れたローズマリーさんに駆け寄り、しゃがみこむとその頭に掌を添えました。
すると、ドクンとローズマリーさんの身体が脈動したかと思うと、そこから悪魔の身体に靄のようなものが流れていきます。
ふむ?
力というのは、魔力だと思っていましたが、ちょっと違うようです。
もしそうだったら、『封魔結界』によってこの場では放出されることはなかったですから。
だとすると、あれってなんだろう……生命力みたいなものなのかな?
その靄は、ローズマリーさんから悪魔に完全に流れきると、見えなくなりました。
見たところ、特に変化はないようです。
悪魔にも、ローズマリーさんにも。
ゆらりと悪魔は立ち上がり、なにかを確認するかのように拳を握り……頷きました。
「後悔するが良い……。
こうなっては、楽に死ねると思うな……」
んー?
そんな少年漫画みたいなセリフを言われましても……。
そんなことを考えながら、僕はバックステップをして悪魔から距離を開けながら、手に持っていた魔鉄の弓矢を構えるのでした。




