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クリスタルが安置されていた台座を挟んで、僕とローズマリーさんは向かい合っています。
10mほどの大きさの六角柱のクリスタルは、もう既にありません。
僕がやりました。
そのとき、僕の正面に立つローズマリーさんの横に、白目と黒目の反転した悪魔の女性が唐突に現れました。
どうやら、空間転移の魔術で来たようです。
クリスタルになにかあればすぐにわかる、とローズマリーさんが言っていましたが、確かにその通りでしたね。
「これは……どうしたことか?」
悪魔がローズマリーさんに聞きました。
しかし、ローズマリーさんはそちらに顔を向けません。
じっと僕を見つめたまま、口を開きます。
「──彼がやった。どうやったかまではわからない」
「なんだと?」
それを聞いた悪魔は、台座の周辺を見回したり、天井に目を向けたりしていましたが、やがてそれで僕に目を遣ります。
「どういうことだ……?」
でも、僕はなにも言いません。
ただ、黙ってローズマリーさんと悪魔を見据えています。
「黙っていてはわからん。
なにをした? 答えろ」
それでも、僕はなにも言いません。
相手には兜でわからないと思いますが、ちょっと口の端が持ち上がるのが自分でわかりました。
イライラしている様子の悪魔が、面白くなってきたからです。
……もう少し煽ってみようか?
「なんとか言え、ハイエルフ」
お? 僕のことを覚えていたのか?
まぁ、たった数時間前のことですしね。そんな簡単に忘れないか。
それはともかく。
せっかくのリクエストなので、お答えしましょう。
「なんとか」
はい、『なんとか』言いましたよ。
「……貴様、ふざけているのか……?」
「いえいえ、この上なく真剣ですよ。
真剣にふざけています」
「貴様……。ここにあったモノをどうした! 言え!」
おー、コワイ。顔が般若みたいです。元のローズマリーさんの顔はカワイイのに、そんなに歪めてしまったら、戻らなくなりますよ。
って、おや? 沸騰しかけていたのが急に冷えたように、顔が無表情になりましたね。
悪魔が右の掌を僕の方に翳して──轟ッ! と火炎の球が僕の身体のすぐ横を通り過ぎました。
「次は当てるぞ。
さあ、死にたくなければ、答えろ。
ここにあったモノをどうした?」
そう言いながら、また翳した掌に火炎の球が出てきて、僕に向けました。
ふむ?
意外に冷静になるのが早い。
それも不自然なほどに……。
だとすると、煽るのはあまり効果的ではないか、残念。
冷静でなくなれば有利になるかなぁ、と思ったけど、そんなに効果はなさそうなので、そろそろ仕掛けよう。
──『封魔結界』──
僕の足元を基点に、広大な地下空間全体を覆うように結界が広がりました。
普通ならこんなに広がらないのですが、予めいろいろと準備しておいたので、上手くできました。
もう魔術は使えないですよ?
実際に、悪魔の出した火炎球が、音もなく消えてなくなります。
「なんだ、これは……?」
悪魔はなんのつもりかその場でジャンプしましたが、すぐに着地し──バランスを崩して、踏鞴を踏みました。
ん?
なにをしようと……もしかして結界から離れようと宙に浮こうとした? それで魔術が発動しなかったから……ぷぷっ!
「貴様! なにをした!?」
兜越しにでも僕が吹き出したのがわかったのか、悪魔は顔を真っ赤にして大声を出します。
あっはっは! あー、おかしい!
「答えろ! なにをしたんだ、貴様は!」
「いやいや……ぷぶっ……ちょっと魔術を封じただけです、ぷっ。
この地下空間は全て、あはっ……魔力を放出することはできません」
いやー、面白かった。
ああいう風に、不意打ちにヤられると、つい笑っちゃいますねー。
「魔術を、封じた……だと?」
僕がクスクスと笑っているのに、悪魔は真剣な表情で自分の掌を見つめています。
あれ?
笑っているのが僕だけだから、なんか僕が空気読めてないみたいな感じになってる……。
イカン、マジメにやらねば。
あー、でも、ダメだなぁ。笑いの発作が治まらないです。シリアスなシーンで笑ってしまうアレみたいな状態になっちゃいました。
……どうしよう、これ?
たまにあるんですよね、誰かが説教されているときとか。
そんな僕を横目に、悪魔はいろいろと試していたみたいで、天井の一点をじっと見つめています。
「魔術を封じるなど、あり得ん……。あり得んことだが……実際に使えない以上は……」
なんかブツブツと呟いています。
そして、僕を睨み付けてきました。
「貴様……何者だ? こんなことをして、なにが目的だ?」
ふぅ……ようやく、笑いの発作が治まりました。腹筋がプルプルしてます。
「答えろ!」
「糞虫退治ですけど、なにか?」
「……虫だと? なにを言っているんだ、貴様は……?」
「わかりませんか?
人の身体に寄生している汚い虫を殺す。
そう言っているのですよ」
僕の言葉に、理解不能というような顔をする悪魔。
しかし、すぐにわかった様子で破顔しました。
「虫とは……まさか、我のことか?
くっ……ははは!
これは笑わせてくれる!
我を殺すか? そうか、我を殺すか!
くくく、ははは、かははははっ!」
悪魔はお腹を抱えて、笑い出します。
「笑止! これは笑止千万だ! これが笑わずにいられるものか!
ふふふ、ははは、ふはははは!」
ひとしきり笑うと、悪魔は呼吸を整えました。
あ、満足した?
「滑稽だ。これは滑稽なことだぞ、ハイエルフ。
我を殺すなどと……できもしないことを言うものではないぞ」
「いえいえ、本気ですよ。
少なくとも、魔術を封じましたし……虫の逃げ道は塞ぎましたからね」
「逃げ道だと……? 転移魔術のことか?」
「それだけでなく──このクリスタルのことです」
そう言って僕は、クリスタルを台座の上に載せます。
驚愕に目を見開く悪魔の顔を見て、僕はまた笑い出しそうになるのでした。




