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最初にランナバード発見したときに、イヤな予感がしたのです。
2羽──つまり、番でいたからです。
しかも、雌だと思われるランナバードが卵を隠していたところです。
ランナバードは僕の想像と全く違い、2mを越える大きなニワトリの身体にダチョウみたいな大きく発達した足、といった姿をしていました。
大きいとは聞いていましたが、ここまでとは……。
そのランナバードがけたたましい叫び声で僕たちに襲いかかってきたときは、正直に言うと、ビビりました。
咄嗟に、魔法で盾と結界を張り防御しましたが、そんなの関係ねぇぜ! とばかりに目を血走らせ、ダラダラとヨダレを垂らして攻撃してくる2羽のランナバードには、恐怖しかありません。
……つか、なんか変なクスリを服用してませんか?
──『ディメンションリープ』──
短距離転移魔法で緊急避難しました。
他の3人を連れての転移はまだ試してなかったのでやりたくなかったのですが、そうも言っていられず、無事に転移できたときは、ほっと胸を撫で下ろしました──ランナバードから逃げられた安堵も大いにありますけど。
急にいなくなった僕たちを探して、キョロキョロと見回すランナバードの様子から、逃がしてくれる気はなさそうに見えます。
もちろん、長距離転移魔法を使えば逃げることは可能ですが、依頼を達成できなくなるので、意味ありません。
当然、戦うことになりました。
盾を構えたウィルフレッドを前に立たせ、ランナバードの突撃を受け止めさせました。
凄まじい衝突音が響き、ウィルフレッドの身体がブレます。
信じられませんでした。
ゴーレムだけあってウィルフレッドの体重は相当重いのですが、にも拘らず、当たり負けするなんて……。
戦慄すると共に、僕は速攻を仕掛けることにしました。
あの攻撃を僕たちが喰らったら死ぬだけですから、殺られる前に殺るしかありません。
攻撃は最大の防御、です!
僕は状態異状魔法と阻害魔法をばらまき、もう1羽のランナバードの動きを封じます。
動きの鈍ったランナバードに、シアとルナが魔銃と竜言語魔術の攻撃で動きを牽制している隙に、ヴィッキーが【魔術剣】で足を斬り落としました。
トドメを刺そうとしたとき、ウィルフレッドが足止めをしていたランナバードがそれに気付き、駆け寄ってきました。
スゴい勢いだったので、慌てて飛び退いて離れます。
倒れ臥しているランナバードの前に、庇うように立ち塞がるもう1羽のランナバード。
これが巨大なニワトリでなければ、感動的なシーンなのかもですが……。
如何せんニワトリなもので、どうにも困りました……。
僕たちのその困惑した様子から、すぐに攻撃はされなさそうだと判断したランナバード(キリッとした顔なので、♂だと思うことにしました)は、倒れているランナバード(なので、必然的にこっちは♀)に顔を寄せて、心配そうな目で見遣りました。
『こけっ!?』
(大丈夫かっ!?)
『こっこ……』
(ええ、あなた……)
『けっ、けこっこけ……』
(くっ、できれば回復させてやりたいが)
『くけっ……こここっくー』
(ムダよ……あなただけでも逃げてちょうだい)
『けこっ!? くっけっこっ!?』
(バカなっ!? そんなことできるかっ!?)
『ここくー……けかこけこ……』
(私の……最期のお願いなの……)
『くかっ!?』
(最期だなんて!?』
『こけこ……かこけここくこ……』
(お願い……私たちの赤ちゃんと逃げて……)
『こけっ!?』
(くそっ!?)
『こけこ……けっーこけっこ……』
(お願い……あの子が私の生きた証なの……)
『こっ……。くこーっくっくこ!』
(わかった……。俺たちの赤ん坊は任せろ!』
『けっこ……ここく……くけっここけくこ……くっ』
(良かった……あなた……愛している……わ……)
『けくっ!? こけぇぇぇぇぇっ!?』
(おいっ!? うおぉぉぉぉぉっ!?』
倒れていたランナバード(♀)の首ががくりと落ちると、雪原にランナバード(♂)の慟哭が響き渡りました。
…………。
……なんだ、これ?
唐突に2羽のランナバードが潤んだ瞳で見つめ合い、ランナバード(♂)が腕(翼か?)でランナバード(♀)の倒れている身体を支えて、こけこけと泣きながら鳴き出しました。
……思わず、おかしな副音声を付けてしまいましたよ。
でも、そんなに間違ってない副音声ではないですかね……?
そんなことを妄想してしまうほど、目の前のランナバードたちの表情が豊かなのですよ。
魔物って不思議だなー……。
ちなみに、♂と♀は顔付きで決めたので適当で、逆でも可です。
なんてことを考えていると、そっとランナバード(♀)の身体を横たえ、ランナバード(♂)が立ち上がりました。
その目には憎悪を湛え、僕たちを睨み付けています。
発達した足が1歩前に踏み出そうとして──しかし、ランナバードは後退りし始めました。
1歩ずつ下がり、卵の方に向かいつつあります。
……あれ?
もしかして……逃げる?
まさか……あの副音声、マジに合っているのか……?
僕たちは顔を見合わせて、アイコンタクトを交わします。
(どうします?)
(逃がす?)
(それでも良いかもぉ……)
(あの1羽でも、依頼は達成なのです)
(ぴゅっ!)
ふむ?
みんなも大体、同じような考えだったみたいです。
それなら──
ブンッ!
グシャ!
「あ」
ゆっくりと後退るランナバードの背後にやって来たウィルフレッドの金砕棒が、渾身の力で振り払われました。
ランナバードの頭部に直撃し、グシャリと吹き飛ばされます。
トラックにぶつけられたかのようにランナバードの身体は浮いて、僕の目にはスローモーションのように低速で、雪の積もった地面に落ちていくように見えました。
……どうも先ほどから、ドラマの1シーンのような展開が続いている感じがしてきますけど、僕の頭はどうかしてしまったのですか?
ブルブルと頭を振って、気を取り直しました。
どうやら、ウィルフレッドは魔物が自分の方に近付いてきたから、迎撃しただけです。
うん。
彼はなにも悪くない。
悪くないのだけど……なんとも後味が悪く、鳥肌が引きません。
みんなもガックリと膝を付いてしまいました。
ランナバード……想像以上に強敵でした。
できれば、もう2度と戦いたくないと思うほどです。
はふぅ……。
「もう……帰りましょうか……」
「そうね……」
「2度と会いたくないわぁ……」
「あとで、供養するです」
「ぴゅー……」
──『ディメンションゲート』──
口々に呟くみんなを横目に、ランナバード2羽と卵を回収した僕は転移魔法を使い、扉を出しました。
なんか疲れたので、なにも考えずに、それをくぐります。
3人が後に続いて通ったのを確認したら、扉を消しました。
さてと、冒険者ギルドに行って依頼完了の報告をしたら、昼寝でもして英気を養うとしましょう……?
あれ?
……ここ、どこ?
視界が悪い。
当たり一面、猛吹雪です。
キョロキョロと見渡してみて……数m先もよくわかりません。
兜のバイザーを引き上げてみても、さほど変わらない。
咄嗟に、みんなの名前を呼びます。
「ヴィッキー。シア。ルナ」
「ここにいるわ」
「はぁい……」
「はい、です」
「ぴゅっ!」
うん、全員いる。
あと、マシロ。キミは僕の首に巻き付いているのはわかっているから、呼ばなかったんですよ。
だから、拗ねないで。
それよりも──
しまったなぁ……。
転移魔法で、出口の確認を怠ってしまってました。
それをキチンとしていれば、こうはならなかったはず……。
失敗したな……。
…………。
まぁ、良い。
反省はあとです。
なんで、転移魔法の出口が知らない場所になったのかなど、いろいろ気になりますけど、それもあとです。
まずは、ここから離れましょう。
──『ディメンションゲート』──
ん?
──『ディメンションゲート』──
あれ?
──『ディメンションリープ』──
…………。
「どうしたの、シータ?」
呆然とした僕を見て、ヴィッキーが声をかけます。
しかし、僕はそれに答えることができません。
──転移魔法が使えない。
僕の頭はそのことで一杯だったからです。
轟、と強く吹雪が舞い、僕の目の前が真っ暗になったのでした。




