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僕は、近付いてくるオークを弓矢で射殺します。
20匹以上いますから、その全てを弓矢で倒すのは無理ですが、ある程度近付いてきたら、魔鉄の巨剣を取り出して斬り殺しましょう。
チラリと背後を確認すると、少し離れた場所にウィルフレッドと共に黒ずくめの少女がいます。
目が合うと、片側の口角を持ち上げました。
まるで、ニヤリという擬音が見えるような笑い方です。
そうして、真剣な目をして僕を見ているので、11、2歳に見える外見とは裏腹の、老獪な研究者のような雰囲気が垣間見えます。
僕は視線を前方に戻して、先ほどまでのことを思い出します。
「君は誰だ? ハイエルフのようだが……?」
そう言って、女の子は僕の顔をまじまじと見ます。
……また、ですか。
以前にもこんなことがありましたが、どうして、兜で覆われた顔がわかるのですかね?
エルフかどうかなんて、耳でしか判別できないと思うのですが……。
それとも、WEB小説によくある【鑑定】みたいな技能があるんでしょうか?
だとしたら、僕が兜で顔を隠している意味がなくなっちゃいます。
全く……世知辛い世の中ですね……。
まぁ、バレているのなら、これ以上隠してても仕方ありません。
僕は兜を外します。
「ふむ? どうしてハイエルフがこんな寒い中にいるのかも気になるが、それ以上に、どうしてそんな全身鎧を纏っているんだ?」
「そんなにおかしいことですか?」
質問に質問で返すのは失礼なことですが、なんとなく漠然と答えるのは避けたかったので、そう口に出していました。
でも、ダメでしょうね……。
既に主導権は握られている感じです。
抵抗するだけムダっぽいので、さっさと答えて、こちらからも質問したいところです。
黒ずくめの少女は眉をピクリと動かし、しかし、彼女が口を開く前に僕は言います。
「臆病者なので、全身が覆われてないと不安になるのです。
あと……森からは出奔しました。
この近くの街に住む方にお世話になっています。
君こそがこんな場所で、1人でなにをしているのですか?」
先ほどの少女の問いに、僕は当たり障りのなく答え、さらに問い返しました。
それに彼女はすぅっと目を細めて、口角を持ち上げます。
微笑んでいるような表情ですけど、とてもそうは思えません。
笑った顔の仮面を張り付けたようで、とても、11、2歳の少女がする顔ではないです。
その顔の奥で、彼女はなにを考えているのでしょうか?
「そうか……。
珍しいエルフだな? ハイエルフであるのにも拘わらず、そんなことを考えるとは」
「エルフにもいろいろあるのです」
「ふむ……?」
少女は腕を組んで、首を傾げています。
……その様子は年相応に見えますけど、どうなんでしょうね?
先ほどまでの表情を見たら、とてもそうは思えないし。
「まぁ……良い。
そういえば、妾のことだったな。
何故1人でこんな場所にいるか……だったな?」
むぅ? 『妾』って一人称を使う人、初めて見たなぁ……。
本でしか見たことないし、それもラノベばかりで、ですよ。
偉そうな立場の女性が使っている場面が多々ありますけど、実は、自分を謙遜する表現みたいです。
『童』が転じて『妾』になったそうですけど……おや? それなら、目の前のこの少女が使っても、おかしくないのかな?
そう思うと、なんだか面白くなりました。
僕はなにを警戒していたのですかね?
雪原に突然1人で現れたから怪しく感じられましたけど、それを言ったら、全身鎧を纏ったエルフの僕も怪しい存在ですからね。
お互い様と言えるでしょう。
「妾はアレだ……散歩だ。
寒空の下では、頭が冴えるからな。
うん、よくやるんだ」
うんうん、と頷きながら話す少女。
どう考えても誤魔化しているようにしか聞こえませんけど。
「あ、そうなのですか。
実は、僕もそうです。
少し寒いですけど、それが良いんですよね」
「おお! わかってくれるか!
そうなんだ。これが夏場の暑い中では、外を出歩く気にならない。
虫も多くてな……。
だから、この時期は最高なんだ!」
「わかります、わかります。
春秋も悪くないですけど、冬のこの感じが良い」
うんうん、と目を見交わして、ガシッと握手しました。
友情が結ばれた瞬間ですね。
……まぁ、冗談ですけど。
これで、お互いのことはあまり詮索しない、という合意が為されました。
聞かれたくなかったら聞くな、という裏の声が届いて良かったです。
なので、アイコンタクトで、ではここで別れよう、と伝えて僕は踵を返し──
ぐぅ。
──立ち去ろうとしたら、なにか聞こえました。
少女を見たら、お腹を押さえて、顔を真っ赤にしています。
ふむ?
僕は〈道具〉から焼きたての串焼きを取り出しました。
それを見て少女は、串焼きに釘付けです。
串焼きを右にやれば顔をそちらに向けて、上にやれば顔が上向きました。
さらにその串焼きを僕が食べようと口に運ぶと、少女の顔が絶望したかのように暗くなりました。
〈道具〉に戻すと、彼女は地面に膝をついて、orzのポーズになります。
……そこまですることか?
もう一度、〈道具〉から串焼きを取り出して、少女の顔に近付けました。
彼女は顔を上げて、ひくひくと鼻を動かします。
ゆっくりと身体を起こす彼女に、僕は少しずつ後退りました。
僕が1歩下がると、彼女は1歩前進します。
1歩下がり、1歩前へ。
そうしていると、僕は寝転がっているウィルフレッドの元に辿り着きました。
その上に登ると、僕はウィルフレッドの背に腰掛けて、その横をポンポンと叩きます。
彼女は一瞬、首を傾げましたが、すぐに僕と同じようによじ登り、僕の横に腰掛けました。
僕が串焼きを渡すと、彼女は僕の顔を見ました。
どうぞ、というように首を振ると、クンクンと串焼きの匂いを嗅いで、ぱぁっと顔を綻ばせて、かじりつきました。
少女の口には串焼きの肉片は少し大きかったようで、啄むように食べています。
彼女の様子からそれだけだと足りなそうだと思ったので、僕は〈道具〉からさらに食べ物と飲み物を出しました。
はぐはぐと食べている彼女はそれを見て、グッジョブというように親指を立てます。
うん、餌付け完了です。
日本でなら完全にお巡りさんを呼ばれるなぁ、と思いながら、誰か見てないだろうなと周囲を見回したら、遠くにオークの群れがいるのを思い出しました。
こちらを把握しているようで、迷うことなく、雪を蹴立ててやって来ています。
「ちょっと、アレをなんとかしてきます。
それをゆっくりと食べていてください」
僕がそう言うと、少女はリスのように口に食べ物を入れて膨らませて、頷きました。
両手には、2本の串焼きを持っています。
……少しくらいは心配してくれないかな? とか思わなくもなかったですが、まぁ、良いか。
さて。
美少女とのお食事の邪魔をする無粋なオークをぶっ殺しますか!
近寄ってきた数匹のオークを、魔鉄の巨剣で薙ぎ払い、全滅させました。
ふぅ……。
見られていると思うと、なんか緊張しましたね。
最近発見したのですが、『マリオネットアーム』による魔力の腕で触れたものでも、〈道具〉に仕舞えるのです。
これにより、弓矢で倒した魔物が遠くにあっても、魔力の腕を伸長させて触れれば、回収作業がかなり楽になりました。
魔物に刺さったままの矢も一緒に回収できるからエコですし、矢もタダではないから、ありがたい話です。
オークの死骸の回収を手早く終えて、少女の元に戻ると──なんとウィルフレッドの背に寝転んで、スヤスヤと眠っていました。
その表情はあどけなく、年相応に見えます。
…………。
いや、まぁ、さっき戦闘中に見たときには既に食事を終えていたので、それでお腹一杯になって寝ちゃったのかなぁ、というのはわからなくもないのですが……。
先ほどまでの僕の戦闘を見ていた、あのどこまでも見通すような眼差しはなんだったのかな、と思ってしまいます。
「ぴゅ〜……」
呆れた、というような声を出すマシロに、僕も心の底から同意するのでした。




