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目を開けると、そこには知らない天井が見えました──って、なんか既視感があります。
……なんだろう、見たことないのに見覚えがある?
ああ、そうか。
いつも寝泊まりさせてもらっている部屋の天井に似ているんです。
それもそのはず。
ここはエマーソン家のお屋敷の離れで、シアの工房の寝室なのです。
似ていて当然ですね。
思い出しました。
初心者用のダンジョン──『草原のダンジョン』を攻略したあと、武具のメンテナンスと攻略お祝いパーティーをしようじゃないか、ということで、この工房にやって来たのでした。
お屋敷のメインダイニングでやっても良かったのですけど、ちょっと帰るのが遅くなったので、街の商店でいろいろ食べ物や飲み物を買い込んだのです。
そして、そのままパーティーになりました。
……やっていることは、お家の人にバレないようにコッソリとする学生の打ち上げみたいですね。
それで、お酒に酔っぱらってそのままベッドイン、と。
道理で両腕にはヴィッキーとシアがしがみついていて、お腹の上にはルナが乗っかっているわけです。
僕の腕は豊かな双丘に挟まれて幸せな感触ですし、お腹の上では柔らかい2つの山がルナの身動ぎに合わせて形を変えていくのがわかって最高です。
しばらくこの状態でいたいのですが、トイレに行きたくなってしまいました。
しかしどう考えても、3人を起こさずに立ち上がるのは不可能です。
身体のある部分は既にタッテますけどね、HAHAHA!
……という、朝一番のどうしようもないジョークはさておいて。
ホントにどうしましょう……?
そろそろ限界だなぁ。
仕方ない、起こそう。
「お〜い、起きてくださ〜い。朝ですよ〜」
そっと声をかけますが、3人は起きません。
よく眠っています。
僕は少し身体を動かして揺らしてみますが、3人はむずかるだけで、起きる気配はありません。
ヤバイ。
そろそろ尿意その他諸々がギリギリ限界です。
このままでは、僕の大人としての尊厳がアウトになります。
僕は強引に腕を引き抜こうとしますが、シアもヴィッキーも離してくれません。
それどころか、ぎゅっと力一杯に抱え込むほどです。
むにゅり、と普段なら幸せな感触を楽しむところですが、今はそれどころではありません。
ヤヴァイ。
いろいろ出ちゃいそう。
「ぐっ!?」
そんな状態なのに、ルナが僕の身体に腕を回して、抱きついてきました。
力強く、全力で。
ルナの2本の脚は捕縛するが如く僕の脚に絡みつき、離そうとはしません。
マズイマズイ。
僕の下腹部が圧迫されてます!
気持ち悪くなってきた……。
上からも下からも、出してはいけないものが出そうだ!
このままでは……出してしまっては、僕は生きていられません!
くっ、ならばいっそ殺せ! 殺してくれぇっ!
──数分後、3人を引き摺るようにしてトイレに駆け込み、僕の尊厳はなんとか守られたのでした。
あー、良かった……。
お風呂に入って、汗や汚れを落とし、サッパリとしてから朝食にします。
サクサクのクロワッサンに、ミルクたっぷりのカフェオレ、瑞々しい新鮮な生野菜、フワフワトロトロのオムレツ、厚切りのハムステーキ、そして、たくさんのフルーツにヨーグルト。
昨晩はかなりたくさんお酒を飲んだけど、全く二日酔いになっていません。
以前に比べて、アルコールに強くなっている気がします。
……もしかしたら、スキルの【状態異常耐性】のお陰かもしれませんけれど。
なんにせよ、胃腸の具合も最高なので、とっても美味しい朝食を頂けて、気分はハッピーです。
「うー……気持ち悪い……」
「食べられない……です」
「……なんか、目の前でモリモリと食べるのを見てるだけで……吐き気がぁ……」
対称的に、ヴィッキーとシア、ルナの3人は、ハチミツを溶かしたホットミルクだけを鬱々と啜っています。
顔色も相当悪いですね。
先ほど、3人を魔法で二日酔いを治してあげようとしたら、シアのお母様に止められました。
自省を促すため、罰としてそのままでいるように、とのお達しです。
……まぁ、うら若い貴族の女性が二日酔いで頭を抱えている、というのは、ちょっとアレですから。
反省しなさい、と言われても仕方ないのかもですね。
「食べられないなら、僕が食べます。
もったいないですからね」
手を付ける様子のない3人の朝食は、僕が頂きましょう。
ホントに、こんなに美味しい朝食を食べないなんて、もったいないことです。
「ぴゅっ!」
脇では、マシロがオーク肉の大きな塊にかぶりついていました。
表面を軽くローストしただけで、中はまだレアです。
うーむ、あれもあれで美味しそうだなぁ……。
少し、もらえないかな?
「ぴゅっぴゅっ!」
どうぞどうぞ、というようにマシロが言うので、僕はナイフで少し肉を削ぎ落として、食べました。
うん。
ジューシーで美味ですね。
さすがに、肉の中心部は生すぎるのでさすがに無理ですが、表面に近い部分は温かい生肉といった感じで、最高です。
……まぁ、たくさんは食べられないので、一口で十分ですけどね。
「ありがとう、マシロ」
「ぴゅ」
お返しに、オムレツを添えたハムステーキをあげました。
もしゃもしゃと食べるマシロは、キュートですね。
フワフワの身体を撫でて、僕は食事に戻ります。
ぐったりとしている3人を横目に、僕とマシロは朝食を食べ終わりました。
さて、ちょっと食べ過ぎたようなので、軽く身体を動かしましょうか。
でないと、昼食が食べられなくなるかもしれませんからね。
僕はマシロを連れて、裏庭の訓練場まで足を運びました。
そして、〈道具〉から魔鉄の巨剣を2振り取り出します。
──『マリオネットアーム』──
魔法で魔力の腕を作り出し、巨剣を両の魔腕に持たせました。
そのまま、ブンブンとフルスイングします。
最初はゆっくりと、右の魔腕と左の魔腕を交互に。
次第に速度を上げて、横薙ぎだけでなく、振り上げと振り下ろしなど、上下左右に斜めと様々な剣筋を試していき。
最終的には、両の魔腕を同時に、かつ、それぞれ異なる剣筋で振らせていきました。
ぶつからないようにするのはまだ難しいので、干渉しないように距離を空けていますが、ちょっとずつ近付けていきましょう。
この状態で、僕自身は矢を放つとかできれば良いのですが……そこまではまだまだですね。
しばらく無心で、巨剣を振っていました。
積もってる雪が剣風で吹き飛ばされ、地面が露出しているのに気付き、巨剣を止めます。
ふむ、なかなか気分は爽快です。
そういえば……昨日は、ダンジョンボスを僕の巨剣の一撃で吹き飛ばしてしまったことに、みんなに責められてしまいました。
それまで狭い空間でチマチマと弓矢を射っていることに、強いストレスがあったようです。
僕は、迷わずに全力で巨剣を振っていました。
1人でボスを倒したのはズルいと言われてから我に返りましたが、僕は自分にあんな一面があったことに驚いています。
どうやら僕は、大鑑巨砲主義だったようです。
思い当たることは、なくはありません。
RPGなんかのゲームでも、速度を活かして手数を重視するキャラや攻撃方法はあまり選ばず、重い一撃を放てるキャラや技を好んでいました。
装甲を厚くして相手の攻撃を無視したあげくに、こちらのでっかい一撃に懸ける、というロマン溢れる手法が、結構好きでした。
……戦艦大和の本を読んだとき胸が熱くなりましたが、そういう嗜好が自分にはあったのですね。
今、初めて気が付きました。
シアとルナを、銃狂いやら戦闘狂とか言えませんね。
そうだ!
折角スキルに【斧術】があるのだから、シアに斧を作ってもらって、たまに前衛に立って大暴れしてみようか。
うん。
面白そうだ!
一応鉈はあるけど、あれはサブウェポンのつもりだから、少しサイズは小さめにしてあるのですよね。
ガッツリと振り回せる斧が欲しくなりました。
シアに相談してみましょう!
僕は適当なところで訓練を切り上げて、足取りも軽く、シアのいる工房に戻ったのでした。




