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とりあえず、粗末な薄手の服(パジャマ?)から着替えたいです。
そんなわけで、家捜しをします。
といっても、ろくな家具がないので、すぐに見付かりました。
小さめの箱に何着か入っていたので、着替えます。
身に付けていた下着を外すときは、泣きたくなりました。
恋人の下着なら喜んで外しますけど、自分が女性用の下着を外すときがくるなんて、夢にも思わなかったです。
思ったよりも豊満な胸を見て、管理人さんとの会話を思い出しました。
『エルフらしからぬ体型になってしまった』
と、言っていましたけど、こういうことですか。
僕は、イー君が男性だと思っていたのでマッチョな身体を想像しましたけど、これは想定外ですね……。
確かに、エルフの女性は華奢というか、スレンダーな体型が基本みたいですけれど。
ふぅ……。
自分の身体を見ても、全く劣情を催したりしないですし、さっさと服を着ましょう。
でも、下着を着ける気はないので、サラシを巻きます。
苦しいけど、我慢です。
下着の方は穿かざるを得ないのですが、男性用下着に近い形状の物があったので、それにしました。
尤も、選ぶほど数があったわけではないので、それほど悩むことはなかったのですが。
それから、丈夫そうな綿でできたシャツとズボンを着ました。
オシャレ着がほとんどなかったことに疑問を覚えますが、それ以上考えるのを止めました。
恐らく、不快な答えしか出なさそうですし。
ああ、もう。
少しイライラしてきた頭を冷やしたいですね。
水瓶があり、その中には十分に水があったので、顔を洗うことにします。
手拭いを用意して、水瓶のところまで。
そこで手頃な桶に水を汲み、顔をバシャバシャと洗いました。
ここまでやったところで、ふと思います。
特に戸惑うことなく、スムーズに手拭いやら桶やらを手にしていたことに。
恐らくですが、このイー君の身体に染み込まれた動作だったのでしょうね。
記憶が消えても、長年の習慣というのは消えないものなのだと思いました。
顔を拭いたところで。前髪が少し濡れたので、鏡が見たいと思い探してみましたが、見付かりません。
うーん?
どうしよう?
ないなら、ないで構わないのですが……。
あ!
そうだ!
魔法を使ってみましょう。
鏡を探せる魔法か、鏡を出す魔法か。
何かしらあるでしょう。
管理人さんを信じるなら、魔法でできないことはなさそうですし。
では。
レッツトライ、です。
…………。
ん?
そういえば……どうやったら良いのでしょう?
何かそれらしい単語を発してみますか?
「サーチ」
……何も起こらず。
「シーク」
……なんか、恥ずかしくなってきました。
「ルック フォー ミラー」
……思わず顔を両手で覆い、しゃがみこんでしまいました。
誰も見ていないとわかっていても、この恥ずかしさは、どうにも堪りません。
しばらくそのまま、じっとしていました。
…………。
落ち着いたところで立ち上がり、腕組みをして考えます。
管理人さんは、魔法の使い方の説明をしませんでした。
それは、ウッカリなのか?
あるいは……?
「ウィンドウ オープン」
パッと僕の目の前に、半透明の画面が浮かびました。
所謂、RPGのメニュー画面です。
定番のやり方なので、管理人さんも敢えて説明をしなかったのでしょう。
学習にはいろいろとありましたが、とりあえず〈魔法〉をタッチしてみました。
すると、もう1つ画面が出てきて、それにはたくさんの単語が羅列されています。
多分、全て魔法なのでしょう。
……多すぎる。
漢字や英単語がつらつらと並べられており、意味がわかるのもあれば、見ただけでは効果のわからないものがたくさんありました。
むぅ……。
整理したい……。
しかし、時間がかかりそうなので断念します……。
こうなると、目的のものをどうやって探したものやら……と、画面端に虫眼鏡マークを発見。
僕の想像通りならば、これは検索できるのではないでしょうか?
早速、試しますと……ああ、頭に思い浮かべれば、操作できるようです。
……見付けました。『水鏡』とあります。
使ってみましょう、ポチッとな。
僕が『水鏡』の文字をタッチすると、画面が消えて、その代わりに水でできた鏡が出てきました。
覗き込むと、女性の顔が映ります。
初めまして……ですね、イー君。
20歳くらいに見えますけど、エルフなので実年齢はわかりません。管理人さんに聞き忘れました。
くすんだ金色の髪をショートカットにしてあり、そこからエルフ特有の笹穂の形をした耳が飛び出ています。
色白の肌に青い瞳と、それはエルフらしい色合いなのですが……。
確かに、絶世の美人というわけではありませんが、十分に愛嬌のあるお顔です。
……エルフの中にいるから評価されない、と管理人さんが言っていましたけど、よくわかります。
48人いるアイドルグループならば、真ん中くらいの順位でしょうね。
キャラクター次第では、十分に上位に行けそうな気がします。
全く……人生とは、ままならないものですね、本当に。
あっと……。
そういえば、管理人さんから餞別として、容姿を変えられるようにしてくれる、ということでしたが……魔法なのでしょうか?
検索しても、それらしいものはないですね……。
魔法ではないということは……何かの道具?
では、再びメニュー画面を開いて、〈道具〉を選択します。
出てきた新たな画面には、『容姿変更用化粧箱』というのがありました。
恐らく、これのことなのでしょう。
なんと言うか、ゲームのアイテムみたいですね。
……というか、これで性別も変更できるのでしょうか?
TS物は苦手なのですけど……。
早速使いたいところですけど、このあとここから出ていくつもりです。
その際、容姿を変更した姿を目撃されると、ちょっと面倒な気がします。
見知らぬ姿をした奴がいるのですからね、不審者として捕まりそうです。
それは避けたいので、容姿を変更するのは後回しにしましょう。
〈道具〉の中には、他に何もありません。
なんか、便利なグッズを用意して欲しかったですけど、仕方ありませんね。
この部屋にあるものを、持っていくことにします。
保存食と水がいりますね。
あとは……?
ドンドンドンドン!
バンッ!
な、何事!?
ビクッと身体が震えてしまい、慌てて音のした方に顔を向けます。
すると、乱暴に開けられた扉からエルフの男性が数人、室内に入ってくるのが見えました。
どの男も、エルフらしい端整で綺麗な顔をしていますが、ニヤニヤとした気持ち悪い表情が、全て台無しにしています。
……気持ち悪い表情?
違う。
気持ち悪いのは……その視線です。
僕を──正確に言うなら、僕の身体を嘗め回すように見るその視線が、とても気持ち悪い。
鳥肌が、ぶわっと立ちました。
……世の女性は、こんな視線に晒されていたのですか?
僕には、とても耐えられません。
ですが、ここは我慢です。
大声で喚いても、何も解決しません。
奥歯をぎゅっと噛み締め、口を開きます。
「……何か、ご用ですか?」
声が震えないようにします。
けれど、僕の中にある恐れを、彼らは敏感に感じ取ったようで、なおさら口元をニヤニヤと歪めて、こちらに一歩足を踏み出しました。
「おいおい、わざわざ兄がやって来たのに、その言い方はないだろう?」
先頭に立っていた男性が、そう言いました。
……兄?
これが?
こんな、こちらを路傍の石でも見るような目をした男が、兄?
「ですから、ご用件を」
僕の言葉に、兄だと言う男性はこれ見よがしに溜め息を吐き、
「全く……お前は礼儀も知らんのか?
まぁ良い。
お前はこれから、彼らの奴隷となり、誠心誠意仕えるのだ。
尤も、魔術もろくに使えないお前は大して役に立たないだろうから、せめてその醜い身体を使って、彼らを悦ばすんだな」
……は?
「なんだ? 顔だけでなく、耳もおかしいのか?
ならば、それでも構わんがな。
とっとと服を脱いで、その汚い股ぐらを開け」
「おい!
そんな醜い女じゃ、ヤル気になんねぇぞ!」
「顔なんか、袋でも被せて隠せばよかろう。その下に付いているものは同じだ」
「あー、それもそうか」
「げひゃひゃ。おれ、いちばーん!」
…………。
……。
なにを……言っているんですか……あなた方は……?
僕はあまりのことに、頭の中が真っ白になってしまったのでした。