表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/193

51

 わたし──アナスタシア・エマーソンの危機を救ったのは、偶然にも姪であるヴィクトリア・エマーソンとその連れだった。

 驚くことはなく、どちらかというと、腑に落ちたものだった。

 さすがは、巫女様の神託である。


 むしろ驚いたのは、姪が一緒にいた人物だ。

 なんと、エルフだったのだ。

 しかも、姪も危機から救われたというのだから、尚更だ。


 シータというエルフは変わっていた。

 見たことのない白い蛇を首に巻き、全身鎧を身に纏った上、魔術を使いこなすのだという。

 さらに、エルフの住む森から出てきて(それも家出らしい)、とにかくそこから離れたいと、とてもおかしなことを言うのだ。


 しかし、それはわたしにとって好都合だった。

 それに聞けば、姪も面倒なことがあり、この辺りから早く離れたいのだと言う。


 そこで2人を護衛として、雇うことにした。

 さすがにわたしの事情を話して巻き込むつもりはないけれど、それくらいは良いと判断した。


 まぁ、そうでなくとも、姪は必ず連れ帰るけれど。


 それに、護衛のゴーウェンがもう限界だ。

 怪我はシータの魔術で回復したものの、ほとんど休むことなくいたので、戦闘を任せるのは厳しくなってきていたのだ。


 シータは索敵に長けていて、魔物との戦闘を可能な限り避けられる、ということも一緒に来てもらうには十分な理由である。


 あの『男』のことは話していないけど、シータはわたしが何か事情があることを悟ったようだ。

 馬車の中で、2人で話しながらだけど、わたしを労りつつ周囲の警戒を怠ることはなかった。


 それが奏功したのか、焦燥しながらも先に進み、人造ワーウルフに襲われることなく、国境の町に到着した。


 もうすぐにでも国境を越えたかったけれど、山に異変があり、封鎖しているのだと聞いたときは、目の前が暗くなった。


 その調査にシータが山に登るのだと聞いて不安になったが、ここでわたしが駄々を捏ねてはおかしい。

 送り出すしかなかった。

 尤も、護衛には姪がいるし、宿の部屋に籠っていれば、あの『男』にだってできることはないだろう。

 シータが戻ってくれば、すぐに国境を越えられるし、問題はないはず。


 ──それが甘い考えだと気付いたのは、翌日のことだった。


 朝、目が覚めると、外が少し騒がしかった。

 どうやら、町の外にいた魔物の数がかなり少なくなっているとのこと。

 恐らく、シータが何かしたのだろう。

 さすがはエルフだ。


 ただ、昼を過ぎても、騒がしさは変わらない。

 宿の従業員に聞くと、町長の孫娘の姿が見えないのだそうで、住民が探しているのだとか。

 大変だな、とそのときはそうとしか思えなかった。


 それからしばらくして、シータが帰ってきた──それもとても綺麗な女の子を連れて。

 事情を聞いたら、その娘はホムンクルスだという。

 脳裏にあの『男』がよぎったけれど、さすがにそこまではしないかと思ったし、何よりもドラゴンが関わっているというので、その娘のことは気にしないことにした。


 これで国境の封鎖は解除されるだろうから、明日には越えられるはずだ。

 もう心配はいらない。


 そう考えていたところに、従業員がわたしに手紙を届けてきた。

 安心していたので、何も思わずに封を切って読んだ。

 はたして、そこには──


『この町の町長の孫は俺が預かった。

 何も思わないなら、国境を越えると良い。

 僅かにでもお前に慈悲があるなら、1人で宿を抜け出し、これから書いてある場所に向かえ』


 とあった。

 署名も何もないが、すぐにあの『男』だとわかり、血の気が引いた。

 今は部屋に1人しかいないから良かったけれど、誰かいたらすぐにこの手紙のことがわかっただろう。


 そうなっては、全く関係のないのに捕らわれた子供の命がどうなるか……。


 とにかく今は何も考えられない。

 すぐに指定の場所に向かわなければ、何が起こるかわかったものではない。


 幸いにも、誰にも見付からずに、宿から抜け出せた。


 そして──今に至る。


 やり直せたら……と思える場面がいくつかあった。

 でも、もう遅い。

 もうどうしようもないのだ。


 そう思ったら、少し冷静になれた。


 何を優先するかといえば、無関係な子供のことだ。

 わたしはどうなっても良いが、その子供に何かあれば、死んでも死にきれない。

 とにかく、子供を解放することに注力しよう。




 ようやく指定の場所に着いた。

 慌てていて明かりの類いを用意していなかったので、夜道を慎重に歩かざるを得なかったのだ。


 ただ、『男』はそれを想定していたのか、特に焦りや怒りは見せなかった。

 静かに小脇に小さな女の子を抱えて、佇んでいた。


 その女の子が、行方知らずになったという町長の孫娘なのだろう。

 見たところ、怪我はないようだけど、意識もないみたいだ。


「来たわ。その子を離しなさい」


「もっと近くへ」


 ……話が通じないかもしれない。

 わたしは一歩二歩と『男』に近付く。


「早くその子を離して、わたしに渡して」


「そうはいかない」


「……っ」


 早計だった?

 もう少し話ができるかと思っていたけれど……。


 仕方ない。

 わたしは隠し持っていたナイフを取り出し、自らの喉に当てた。


「その子を離しなさい!

 でないと、この喉を貫きます!

 あなたが欲しいのは、わたしなのでしょう!?

 死なれて困るのは、あなたなのではなくて!?」


 もう自身の命には頓着しない。

 このままでは、この『男』に辱しめられる。

 そんなくらいなら、死を選ぼう。


 だけど、ただではやらない。

 子供を助けてからだ。


「……くくっ」


 男は俯き、身体を震わせる。

 何事かと思ったら、笑いだしたのだ。


「はははっ!」


 ……怖い。

 心の底から怖いと思った。


「ムダだよ、アナスタシア。

 ああ、ムダだというのは……君が死んでも構わないからだよ」


「なん……ですって?」


「俺は錬金術師だ。君の死体を利用してホムンクルスを作るのは訳無いことなんだ」


「……っ!?」


「どうせ、君を死なせてホムンクルスにするつもりだったから、手間が省けるとも言えるな。

 尤も、どうせなら、綺麗に死んでくれた方が助かるが……」


 常軌を逸した考えに、しばし頭の中が真っ白になった──なってしまった。


 その瞬間、何者かに両腕を掴まれ、ナイフを落としてしまった。


「あっ!?」


 脇を見ると、人造ワーウルフが2匹、わたしを捕まえていた。


「まぁ、生きていてくれた方がもっと良いのだけど……ね」


 ニタリと口元を歪ませ、『男』は笑う。


「……っ!」


 駄目だ。

 咄嗟にそう考え、衝動のまま、舌を噛みきるべく、歯に力を入れる──が、その前に人造ワーウルフに顎を掴まれる。


「おおっと!?

 それは困るなぁ。

 尤も、舌を噛んだくらいじゃ、人は簡単には死ねないんだ。

 回復魔術もあるからね!」


「ううっ!?」


 身体をよじって、なんとか拘束を解こうとするが、全く歯が立たない。

 逆に、口の中に布切れを突っ込まれ、舌を噛むどころか、話せなくなってしまった。


「さて……変な魔道具を仕込まれて、反撃を許すつもりはない。

 ……服を剥ぎ取れ」


 『男』がそう言うと、人造ワーウルフは爪を伸ばして、わたしの着ていた外套ごと、服を切り裂いた。


 剥き出しになった肌が外の冷たい空気に触れ、一気に粟立った。

 人造ワーウルフは役に立たなくなった服を剥ぎ取る。


「くくく。

 美しい身体だな。

 俺の理想とするホムンクルスにピッタリだよ」


 わたしはこれからのことを思うと恐怖に苛まれるが、この『男』にそんな顔は見られたくない。

 思いきり睨み付けた。

 声を出せないのは、逆にありがたいくらいだった。


「はははっ。

 良いな、その目は!

 それでこそだ!

 ……心配するな。こんなところで、お前を汚したりはしない。

 ちゃんと相応しい場所を用意する」


 そう言うと、人造ワーウルフは新たな外套を取り出し、わたしに被せた。

 ……寒かったし、『男』に裸を見られなくなって、少しホッとした。


 だけど、依然として状況は良くない。

 何よりも、まだ子供がそのままだった。

 できればこの子だけでも助けたいけれど……。


 そう思っていたら、『男』は女の子から手を離して、地面に落とした。わたしを拘束できたので、人質の必要がなくなったからだろう。

 何の反応も見せないので、もしかして……と思ったけれど、胸が僅かに動いて呼吸をしている。

 最悪の事態にはなっていないようだが、このままでは何も変わらない。


「ようやくだ……ようやく俺の理想が手に入る。

 くはは。

 お前には、これからのことを聞かせてやろう」


 わたしに言い聞かせるように、『男』はゆっくりと話し始める。

 ……気持ち悪いから、嫌なんだけど。


「これから俺とお前はホムンクルスとして生まれ変わる。

 ……知っているか?

 ホムンクルスは自ら魔力を取り込むことができず、何もしなければそのまま死んでしまう。

 お前を捕らえているそいつらも、あと数日すれば死ぬだろうな」


 それを聞いても、両脇の人造ワーウルフたちは何の反応も見せない。


「だから、魔力になるものが必要だ。

 今までは特別な培養槽の中に入れられ、補充してきた。

 だが、これは効率が悪くてな。丸1日入っていて、ようやく2日ほど動けるようになるんだ。

 無駄の極みだな。

 ところが、最近、ある錬金術師が新たな方法を確立させた」


 なんだかわかるか、と『男』は勿体振るように話す。

 ……全く興味がない。

 けと、どこかで聞いたような……。


「魔術的な契約を交わすことで、その相手の魔力を体液から得ることができるようにしたんだ。

 それも最も効率が良いのが、性交だ。

 交わることで、様々な体液を吸収できるようになるのだ」


「これは画期的だ!

 短時間で済むわりに、得られる魔力は大きい。

 しかも、薬を使えば、効果はより大きくなるわけだ」


「はははっ!

 少々面倒だったが、その手法は奪い取った。

 あとは俺たちがホムンクルスになれば終いだ。

 お前は、俺と性交するしか生きる道はない──まぁ、死なすつもりはない。望むままに、俺の体液をくれてやる」


「これで、俺たちは永遠だ。

 俺がお前に、お前は俺に……。

 永遠に依存し合って、生きていくのだ!

 はーははははっ!」


 ……狂っている。

 完全に、この『男』は狂っている。


 わたしはこの『男』の狂気に飲まれて、最早抵抗する気力を失ってしまった。


 もう諦めよう。

 わたしも同じように狂ってしまえば良い。

 そうすれば……。


 絶望から目の前が暗くなっていき、それに抗うことなく、目を瞑る──その瞬間。


 バガン!


 奇妙な音と同時に、わたしの身体に生暖かいものが降り注いだ。

 掴まれていた腕の支えがなくなり、力の入らなくなったわたしはそのまま地面に崩れ落ちかける。


「な、なんだ、貴様は!?」


 『男』の狼狽する声が聞こえたとき、わたしの腕を誰かに掴まれた。

 金属の感触が伝わり、思わず瞑っていた目を開ける。

 それが何かわかったら、いつの間にか涙が(こぼ)れていた。


 そんなぼやけるわたしの視界に映ったのは──


「大丈夫ですか、アナスタシアさん?」


 こんなときでも穏やかな声を出す、全身鎧を纏ったシータだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ