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わたし──アナスタシア・エマーソンは、日が暮れて暗い森の側を歩きながら、どうしてこうなったのか、過去を思い返していた。
もし過去に戻れたら、どこで、何をやり直すか。
今でも思い出せる。
事の始まりは、3ヶ月ほど前に友人の夜会に招待されたこと。
「……はぁ」
溜息と一緒に、白い息を吐く。
かなり気温が低くなってきた。
少し急いだ方が良さそう。
そう思って足を速めるが、これからのことを考えると、すぐに足が止まりそうになる。
なんとか前に進めようと、非生産的でも良いから、過去をやり直せたら、と思い返してみよう。
仲の良い友人から、とある貴族を紹介された。
その貴族に付いていたのが、あの『男』だ。
では、夜会に出なければ良かったのか、というとそうでもない。
たまたま友人にその貴族を紹介されたわけだけど、そうでなければ別の誰かにその貴族を紹介され、そのときにあの『男』に出会っていただろう。
その貴族は有名で、顔も広かったからだ。
挨拶をしたときの、『男』の顔はよく覚えていないが、だからこそ想像できる。
目を見開きかけ、かと思えば、表情を消して、興味のない装いをしながらも、でも逸らした視線は舐めるようにわたしの身体を上下する。
大抵の男性は、同じような顔をしていた。
わたしは自分で言うのも何だが、整った顔立ちをしているし、何よりも出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ、いかにも男好きのする身体だ。
そういった視線は不愉快であったけれど、既に慣れてしまって諦めていた。
──男はそういうもの。
祖母や母、姉たち、親類縁者は皆、口を揃えて言っていた。
わたし自身、妹のような姪に言ったことがある。
だから、そのときはよくあることだと思っていた。
『男』は隣国の錬金術師だった。
貴族は旅をしていた『男』の才能に惚れ込んだか何かで、支援することに決めたのだと言う。
詐欺なんじゃないかと思ったけど、わたしには関係ないから、何も言わなかった。
むしろ、追従するかのように『男』を褒めて、貴族の見る目を持ち上げた。
だって、『男』を貶したり、貴族に詐欺ではと忠告をするなんて、興ざめだ。
招待してくれた友人の顔を潰すことになる。
後から考えれば、わたしが間違えたのだとしたら、きっとここだと思う。
忠告せずとも、何も言わずにいれば良かったのだ。
特に、『男』の話など興味ないようにしていれば良かった。
しかし、そのときはいつものように、『男』の話を楽しく聞いている振りをしていた。
それが社交というものだから。
でも、それがよくなかった。
夜会が終わり、その翌日以降、外で『男』とよく出会うようになった。
1度や2度ならば偶然かと思うが、それが何度と続くと、いくらなんでもおかしいと思う。
わたしの家はそれなりの家格なので、外出の際に護衛が付いてくる。
その護衛が露骨に警戒し出したのだから、よっぽどだろう。
すぐに、わたしの友人を通して『男』に支援する貴族へと話が伝わった。
貴族は謝罪をして、『男』を連れて隣国へと行くことになったのだった。
あの夜会から、1ヶ月が経った頃だった。
わたしにしてみたら、いつものこと……とは言わないが、ないでもないことだったので、この件に関してはすぐに忘れた──忘れてしまった。
それから2ヶ月が経ち、父が倒れた。
幸い、命に別状はなかったが、家の中が少々騒がしくなってしまった。
騒動とまではいかないけれど、付き合いのある方々にはいろいろと迷惑と心配をかけてしまった。
まぁ、何事もなく収まったから良かったけれど。
そんなとき、わたしはとある用件で、隣国に向かうことになった。
隣国というが、辺境の──それも国境に接しているわたしの家からしたら、王城のある王都の方が遠く感じられる。
ついでに、家出して隣国にいる姪を連れ戻すことにした。
父に会わせたいし、結婚のこともそろそろ考えなければならない。
良い機会なので、これからどうするつもりか話し合わなければ、と考えたのだ。
隣国で冒険者していることはわかっているけれど、それだけではすれ違いになる可能性の方が高い。
そこで、巫女様に神託を賜ることもなった。
これで、どうにか姪に出会うことができるだろう。
そういったあれこれを済まして、特に思うこともなく、旅立つことにした。
これが、第2の間違いだ。
わたしはもっと警戒するべきだったのだ。
もちろん、後からだから言えることなのだけど。
数日かけて隣国に到着し、用件自体はすぐに終わった。
特にこれということもなく、むしろわたしが行くことがあったのだろうかと、疑問に思うほどだった。
そして、その疑問はすぐに解消された。
あの『男』が目の前に現れることによって。
偶然かと思った──そう思い込みたかった。
でも、そんなことはあり得ないのだ。
当たり前のことだが、『男』の仕組んだことだった。
わたしが隣国に来ることになった用件でさえ、この『男』の仕掛けたことだった。
それを嬉々として『男』は語り、だからこの出会いは運命なのだ、と訳のわからないことを言い出したから、わたしは思わずゾッと全身が粟立ち、急いで逃げ出すことにした。
そのときは油断していたのか、わたしから攻撃されることを考えていなかったのか、『男』に怪我を負わせることができて、逃亡が可能だった。
そのときのわたしの頭を占めるのは、恐怖しかなかった。
街に立ち寄ることもなく、ひたすらに馬車を走らせた。
あの『男』から逃げることをただ、最優先した。
幸いにも、わたしの馬車は、空間魔術の付与された魔道具で、車内で寝泊まりすることができる。
宿に泊まらずとも、なんとかなるだろうと思っていた。
しかし、その考えは甘かった。
あの『男』はすぐに追手を差し向けたのだ。
最初はただのワーウルフだと思われた。
しかし、違った。
倒すと何故か、毛皮を纏った人間へと変わったのだ。
その不可解な出来事に、悠々とわたしの前に現れたあの『男』は、怪我が癒えていないのか青白い顔色をして、笑いながら言った。
「これは、俺が拵えた特別製のホムンクルスだ。
コイツらがお前を追い掛ける。
いつまでも逃げられると思うな。
俺とお前は運命によって、結ばれているんだ!」
なんとか護衛たちの決死の攻防のお陰で逃げられたが、徐々に追い詰められていることに気付いた。
わたしはまだ良い。
直接戦うわけではないし、馬車でも休むことはできている。
でも、護衛たちはそうはいかなかった。
逃げることを優先させ、ろくに休息できず、襲い掛かる人造ワーウルフを相手に戦っているのだ。
能力自体は護衛たちの方が上だったが、怪我と疲労が蓄積し、数の多い人造ワーウルフに次第に倒されていったのだった。
1人、また1人、と護衛が減っていき、あと少しで国境を越えられるというところで襲撃に遭い、護衛があと1人になってしまった。人造ワーウルフはまだ多い。
もう駄目かと思ったそのとき──
「大丈夫ですか?」
彼らは颯爽と現れたのだった。




