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明けましておめでとうございます。
今年も、よろしくお願いいたします。
「話を戻しましょう。
魔法を使うことができる。
容姿を変えられる。
餞別でこの2点を頂ける、ということで間違いないでしょうか?」
「先程は餞別と言ったけど、実際は、君をそのまま送り出すと、また同じことが起きかねないから、それを防ぐため、ということなんだけどね。
いや、一度起きたことだけに、二度目は高確率で起きるだろうから」
だからこっちの都合なんだ、と言って、管理人さんは微笑みました。
うん、良い人ですね。
あ、皮肉ではないですよ?
「もう1つくらいは、何か君の希望を聞こうか?
欲しいもの、して欲しいこと、何かある?
伝説の聖剣が欲しいとか、従順なもふもふのペットが欲しいとか、ある程度なら融通は聞ける」
……伝説の聖剣なんか、いりません。
変な相手に狙われそうです……。
それと、もふもふのペットですか?
残念ながら、喘息の気があるんですよね、僕……。
「まぁ、文明はそこそこ進んでいるから、多少暮らしにくいかもだけど、魔法で大抵のことはできるから、安心してもらって良いと思う」
ほほう。
危険とかはどうなんですか?
「魔物がいるから、絶対に安全とは言えないね。
けど、魔法があるから……」
……?
なんでしょう、この管理人さんの魔法信仰は……?
はふぅ……。
なんか行きたくなくなってきましたけど、そうも言っていられないのですよね……。
どことなく、僻地に左遷させられるサラリーマンを想起させるのですが……?
「うーん……。
あまり思い付かないので……そうですね。
両親と『僕』になるイー君を良くしてあげてください。
それで良いです」
「良いのかい?」
「それが良いです」
「了解した」
ニッコリ笑って、頷いてくれた管理人さん。
これで、心残りはなくなった……わけではないですが、もうどうしようもありません。
諦めましょう。
思えば、我慢と諦めの人生だったような気がします。
もちろん、それだけではなかったはずですけど、思い起こせばそれらばかりが頭をよぎります。
だからでしょうか。
これから僕は、四宮奏汰ではなくなりますが、『彼』には幸せになってもらいたいです。
そうすれば、こんなことになってしまった僕も救われるのではないか、と思えるのですから。
ああ、それならば、僕も『イー君』として、幸せにならなければなりませんね。
少なくとも、そのための努力はしましょう。
それもまた、僕を救うことになるのではないか、と思います。
む?
周囲が暗くなってきました。
管理人さんを見ると、頷いて手を振ってくれます。
僕も手を振り返してから、頭を下げました。
管理人さんも頭を下げます。
2人して頭を下げ合うなんて、管理人さんはきっと日本人でしょう。
『元』日本人かも?
僕は最期にクスリと笑って、意識を手放したのでした。
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目を開けると、そこには知らない天井がありました。
どうやら、ベッドに寝ていたようです。
身体を横にしたまま、周囲を見遣ると、なんとも粗末な家具がいくつかあるだけの、殺風景な室内でした。
僕はゆっくりと身体を起こします。
どうにも違和感だらけですが、この身体は元々イー君のものですから、それも当然なのでしょう。
そのうちに慣れると思いたいです。
さて、今後の予定ですが……。
管理人さんの話によると、今住んでいるこの地は、あまり居心地が良くなさそうです。
殺風景なこの室内も、それを証明していますし。
なので、コッソリと出ていきましょう。
イー君では無理だったようですけど、恐らく管理人さんがくれた魔法の力で、なんとかできるはずです。
いえ、なんとかしましょう。
どうにも、ここにはいたくありません。
この感覚はもしかしたら、イー君の身体に刻まれた記憶なのかもしれませんね。
あり得ないことではない、と思えます。
管理人さんの話から、それだけのことをイー君はされてきたのですから。
では、旅支度をしましょう。
といっても、もう僕は旅なんかしたことないので、何が必要かわかりません。
よって、ここにあるものは置いていきます。
過去とは、決別するのです!
……と、格好をつけてみましたが、よくよく部屋の中を見ると、持っていくだけの物がほとんどないみたいですね。
なんとも、締まらないものです。
ふむ。
そろそろ身体も慣れた頃でしょうか?
動いてみましょう。
ベッドから足を下ろして……?
うん?
なんか、細い足ですね?
痩せている……というのとは、ちょっと違うような……?
あれ?
股間が変な感覚です。
……あるべきモノがない……ような……?
信じられない思いで、ゆっくりと腕を動かしソレを触ってみます。
……ありません。
まさか、と思いながら、もう片方の腕で胸をまさぐります。
……ありました。
「……あはは」
女性の笑い声が聞こえます。
僕以外に、この部屋には誰もいません。狭い部屋なので、それは確かです。
ならばそれは、幻聴でなければ、僕の出した声です。
「……あはははは」
笑いながら、管理人さんとの会話を思い返しました。
何度もリピートしています。
うん。
これは、僕が悪いですね。
僕が勝手に勘違いしていただけのようですから。
でも。
それでも。
僕は管理人さんに言いたい。
「イー君が、女性だなんて、聞いてないよ……」
その声は、誰にも聞かれることなく、虚しく響いたのでした。