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『我が子の面倒を見てもらえないだろうか?』
…………。
はあ!?
いやいや、そんな簡単に言われても……。
イヌネコじゃあるまいし。
『そうは言うが、もはや他にないのだ。
考えてもみるがいい。
君は幸いにも、私の話を聞いてくれた。だが、この後もそうであるとは限らない。
むしろ、私を討伐しようとしてくるだろう。
──なにせ私はドラゴンなのだから。
それもフォレストドラゴンが力を発揮できる森から離れ、植物のない高山にいる。
こんな好機は滅多にあるまい。』
むぅ……。
加えて、FDさんには守るべき子供を抱えている。
動けないし、動かせない、というおまけ付きです。
これは……普通に考えたら、詰みですね。
『だが、君がいる。
この子を君に託せば、私は自由に動ける。
そうすれば、この山に魔物が戻るから、事態は解決するのだろう?』
その通りです。
だから、言い方は悪いけれど、誰がババを引くか、ということが問題になるわけですね。
FDさんか、僕か?
FDさんがババを持ち続ければ、その先に待つのはゲームオーバーで、僕が代わりにそのババを引けば、まだゲームは続く。
みんな幸せになるのです。
僕だって、この出会ったばかりのドラゴンがどうなっても構わない、とまでは思わない。
というか、このまま無視すれば、恐らくFDさんもそのお子さんもいつかは死んでしまうだろう、と予測できるから、尚更なんとかしたいと思うのです。
でも……子供を預かる、という決断を軽く、簡単にしてはいけないとも思います。
僕自身、今後のことが見通せていません。
ぶっちゃけ、今の僕はフリーターみたいなものです。
それを考えると……。
…………。
はふぅ……。
いくら考えてもムダですね。
もう、僕は目の前で不安そうな表情をしているFDさんを、無視して見捨てる選択肢は選べません。
僕が覚悟を決めさえすれば、2つの命が救われる。
後々のことは考えないで、今はそのことを優先しましょう。
「わかりました。お子さんを預かりたいと思います。
責任を持って、保護します」
僕がそう言うと、FDさんはホッとした顔をして、翼を広げました。
人で言うなら、バンザイをしたようなものでしょうか?
『すまない、本当にすまない。
そして、ありがとう。
この礼はいつか必ずすると誓おう。』
……本当なら、心を鬼にして見捨てなければならないところなんでしょうね。
可哀想だから、という理由だけで救おうとしたら、恐らくいつかダメになる日が来ると思います。
でも……こんな風に、ドラゴンなのに破顔して感謝の言葉を言われるなら、それだけで良かったと思えます。
袖振り合うも多生の縁。
情けは人の為ならず。
座右の銘とまではいきませんが、意味を知って感銘を受けた慣用句です。
良い機会なので、実践してみるのも良いかもですね。
『そうだ。
君に加護を与えよう。』
そう言うと、FDさんの身体からキラキラした何かが僕の身体に降り注ぎました。
綺麗ですけど、ナニコレ?
『竜の加護だ。
君に何らかの助けとなれば良いのだが……。』
加護と言われても……。
別に身体に変化はなさそうです。
ゲーム的な考えですが、メニュー画面を開いて、〈能力〉を確認してみましょうか。
名前 :シータ
種族 :ハイエルフ
年齢 :21
レベル:8
クラス:冒険者LV.2 操蛇者LV.2
生命力:357(170)【+17】【+170】
魔力 :0
精神 :42(20)【+2】【+20】
敏捷 :50(24)【+2】【+24】
幸運 :25(11)【+1】【+11】
攻撃力:29(14)【+1】【+14】
防御力:29(14)【+1】【+14】
スキル:自動治癒 身体強化
劣悪環境耐性
全ダメージ軽減
全状態異常耐性
称号 :フォレストドラゴンの祝福
ふむ?
なにやら増えてますね。
効果などはわかりませんけど、ありがたく頂戴します。
『すまないが、私は行かせてもらう。
我が伴侶が心配だ。』
バッサバッサと翼を羽ばたかせ、FDさんは言いました。
そうでしょうね。
今までは子供を優先していましたから、次は奥さん……じゃなくて、旦那さんの心配をする番ですね。
♂と♂だから、ビミョーにアレですが……。
『では、これで失礼する。
さらばだ!』
バッサと一際大きく羽ばたいて、FDさんは飛び立ちます。
1度上空でぐるりと旋回し、グワォッと吠えるとそのまま振り返ることなく去っていきました。
いやはや。
いろいろな意味で、スゴかったです。
さすがドラゴンですね。
…………。
さて、一難去ってまた一難。
まだまだ問題は山積みです、山だけに。
僕の目の前に、培養槽が横たわっています。
今更ですけど、FDさんはお子さんと挨拶しなくて良かったのでしょうか?
飛び去る前に、お子さんを起こした方が良かったんじゃないかな?
……この子、グレないかな?
培養槽の中は、濃い色の液体に満たされ、ハッキリと視認できません。
かろうじて、手足のようなものが見える程度です。
ですけど……?
あれ?
じっくりと見ると、この手足って、そこそこ大きい。
FDさんの話から、僕は小さな子供を想像していたけど……間違いかも。
もしかしたら、もう既に大人なのかな?
しまったな……そこら辺の確認を怠っていました。
それに、名前も聞いてないし。
あ、魔力を与えるということだったけど、どうやれば良いだろうか──まぁ、これに関しては、魔法でなんとかなるんじゃないかな、と楽観視していますが。
ぐぅ……。
冷静に対処していたつもりでしたが、全然ダメダメです。
何もかも足りてないです。
はぁ……。
でも、もう遅いです、FDさんは彼方に飛んでいっちゃいましたしね。
とりあえず、この子を起こしてから考えますか。
……って、どうやって起こせば良いのかもわかりません!
ああ、もう!
バカか、僕!
バン、と思わず培養槽を叩いてしまいました。
が、すぐに頭が冷えます。
いかんいかん、八つ当たりイケナイですよ。
バシュッ!
うおっ!?
叩いたのが原因なのか、唐突に培養槽が開きました。
中の液体が溢れて周囲に零れます。
僕は思わず濡れないように下がりました。
「ぴゅっ!?」
今の動きで、今まで寝ていたマシロが起きたようです。
ビックリしたのか、シャーと舌を出して警戒しています。
キョロキョロと辺りを見回しているので、頭を撫でて落ち着かせました。
まぁ、僕が落ち着きたかったのもありますが……。
そうしていると、培養槽から立ち上がる姿が見えました。
FDさんのお子さん、ですよね……?
年の頃は、10代後半くらいに見えます。
濡れたストレートの髪は艶やかで黒く見えますが、よくよく見ると、濃い緑色をしています。FDさんの鱗と同じですね。
前髪はパッツンと眉毛のところで切り揃えられ、腰より少し下まで長く伸ばされています。
瑠璃色をした瞳で周囲を睥睨している様は、先程までそこにいたドラゴンを思い出させました。
今まで培養槽にいたためか服を着ていないけれど、そこにいやらしさはありません。
手足が長く、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるそのスタイルの良さは、どこか巧妙に計算されて造られた美術品を見ているような気がします。
ただ、次第に白い肌に血が通っていき薄く赤に染まっていくと、そこに人間味が出てきて、艶っぽく感じられて、目を離すことができません。
なんというか、僕の貧困なボキャブラリーでは、とにかく、綺麗である、としか言えません。
でも、綺麗であるのは間違いではないけれど、それだけではないのかもしれません。
ボケッと見ていた僕と彼女の目が合い、ニコリと微笑むその顔は、とてもかわいらしくて……。
「はじめまして、なのです。シータ」
鈴が鳴るように響くその軽やかな声に、不甲斐ないことに僕は全く反応できなかったのでした。




