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そのドラゴンは、東洋の龍ではなく、いわゆる西洋の竜のようでした。
尾まで含めると20mはある巨躯で濃い緑色をした重厚な鱗を持ち、大きな翼を広げたその姿は、まさに圧巻としか言いようがありません。
やっぱりファンタジーと言えば、ドラゴンですよねー。
……なんて、呑気なことは言ってられません。
これは、ちょっとした現実逃避です。
爪は巨大な斧のようで、僕の身体などいとも容易く引き裂けるほどで、それが目の前に並んでいるのだから、生きた心地がしません。
かのドラゴンは、どうやら害するつもりはなさそうですが、ちっぽけな身の上である僕としては、とても安心できないのです。
『少し話をしたい。
私はフォレストドラゴン。訳あって名は明かせないのだが、了承してもらいたい。』
その声は頭の中に直接響き渡りました。
念話とか、そういう類かな?
それにしても、フォレストドラゴン……森の竜ですか。あまり見た目ではわからないですね。緑色をしているってだけです。
……っと、名乗られたのですから、返さないと失礼ですね。
「申し遅れました、僕はシータ。この子はマシロです」
『ハイエルフ、か。珍しい。
それに……その蛇の仔は……何だ? 長く生きている私も知らない種とは……? それにその身に宿る力は神の……?
……む、すまない。詮索するつもりはなかった。』
ぬぅ……またか。
また、兜で隠れた僕の種族を見抜かれた……。
意味ないのかなぁ、このフルフェイスヘルム。
それとも、やっぱり『鑑定』みたいなスキルがあるのでしょうか……?
なら、兜を被っている必要はないですね、取りましょう。
にしても、マシロのことを知らない?
神白蛇って、そんなにレアな種族なのかな?
……いや、ドラゴンすらも知らないってことは、もしかしたらこの世界でも唯一なのかも?
ふむ。
スゴいな、マシロ!
「ぴゅー!」
よろしく、というふうに身体を揺らして鳴くマシロ。
カワイイなぁ、やっぱり。
『ふむ、シータにマシロ、だな。
私のことは好きに呼んで構わない。さっきも言ったが、名は明かせないのでな』
ファンタジーでそういう場合は、真の名が明かさせると従属させられる、とかですかね?
んー、つまり仮名を付けろ、と?
じゃあ、フォレストドラゴンだから……。
「FDと呼ばさせて頂きます。
よろしいですか?」
『FD……か? それはもしかして、アルファベットなのか?
……なるほど、君は異世界からの客人なのだな?
道理で、その身体と魂に違和感を感じるわけだ……。』
ほわっつ?
今、なんと仰いましたか?
アルファベット? 異世界からの客人? 身体と魂に違和感?
『昔から客人はそれなりにやって来ていた。
……そういえば、ここ最近はあまり聞かなかったな?
それに、君のように、身体と魂に乖離があるのを見るのは初めてだ。』
……聞けば聞くほど不穏ですよ。
ヤバイです、スゴい不安になってきました……。
『い、いや、別に命に別状があるとか、そういうことではない。
私のような存在の者の目からすると、見たことがないカタチをしているな……という程度だ。
気にしなくても良い。』
僕の顔色が悪くなっていったのを見たFDさん、慌てた様子で早口で話し始めました。
『どういう経緯で、この世界にやって来たのだ?
もちろん、話したくなければ話さなくても構わないが……。』
なんか怖くなってきたので、「実は、かくがくしかじか……」と話しました。
気分は、お医者さんに症状を話しているみたいな感覚です。
『……なるほど。
そういうことなら、問題あるまい。
君は……君の魂は、その管理人と自称する存在によって護られている。
例えるなら……卵を想像するが良い。
殻が身体、黄身が魂だ。
魂を守るのが白身だとすると、その白身は、神に匹敵する力を持っていると考えて構わない。
滅多なことでは、神の如き力を通して魂に何かできるとは思えない。』
ほっ……安心しました。良かったです……。
それにしても……。
「異世界からやって来る人がいたんですね?」
『昔はそれなりにいたな。ここ数百年は少なくなったが。』
へー。そうなんですか?
召喚された勇者とか、かな?
『む? 話が逸れたな。
それで、君たちはここまで何をしに来たんだ?』
あ、そうでした。
んー、なんか会話ができているし、悪い人……じゃない、悪いドラゴンではなさそうです。
まずは、話してみますか?
「えっと、実は麓の町の付近に、この山の魔物がたくさん下りてきまして。
その原因を調査しにやって来ました」
僕がそう言うと、FDさんはすぐに何が起きたか理解したようです。
眉間に皺を寄せて、困ったような顔をしました──いや、ドラゴンなのに表情が変わるのですね、ちょっと意外。
『それは……すまない、恐らく私のせいだな。』
「いえ、謝ることでは……。
それで、その……あなたがここから移動すれば、解決すると思うのですが……どうでしょう?」
ドラゴンがいるから、山から魔物が下りた。
ならば、ドラゴンがいなくなれば、山に魔物が戻る。
自明の理ですね。
『むぅ……。』
FDさんは目を瞑り、じっと考え込みました。
『森に棲まうエルフの王たるハイエルフ。
私は世界に偏在する森を守護するフォレストドラゴン。
ここに君が来たのも、何かの因縁か。』
FDさんはそう言うと、その姿が僕の目の前から消えました。
音も何もない。
今までここに存在していたのに、それが幻だったかのよう。
『……すまない、こちらまで来てもらえないだろうか?」
「え?」
『今まで君が見ていた私は、幻覚……というかなんというか。
とにかく、実体ではなかった。
そこから少し離れた場所に、私はいる。
手数を掛けるが、来てもらいたい。』
あれが幻覚……?
でも、確かに存在感はあったのに……?
……いや、今は考えてもわからない。
とにかく、FDさんの元に向かいましょう。
場所は、『マップ』を確認すれば……と、最初に見たところにいるな。
もしかして、移動して僕の目の前に現れたのかと思っていたけど、実は動いてなかった……ということなのか?
突然出現したからパニックになったけど、落ち着いて『マップ』を見ていたら、目の前のドラゴンが幻覚だとわかったかも。
……如何なるときも、冷静であれるようにならないといけないですね。
「ぴゅ〜……?」
うん?
マシロってば、今まで寝ていたのか?
まぁ、話が長くて飽きたのでしょう。
まだ子供だし仕方ない。
もう少しかかるだろうから、寝てて良いですよ。
「ぴゅー」
僕の首にしっかりと巻き付いたマシロは、またウトウトし出しました。
それを確認して、僕はFDさんの元に走ります。
そんなに離れてないので、すぐに着きました。
『すまないな。』
「いえ、お気になさらず」
そこはクレーターのように、少し抉れていました。
ちょうどFDさんの身体で覆える程度の大きさですね。
そんなに深くなっていません。
底には……何かが横たわっていました。
んー?
何だろう、ガラスのカプセルのような……。
大きさは、大体2〜3mくらいですかね。
中には液体で満たされているように見えました。
FDさんを見ると頷かれたので、近付いてみます。
うん。
思った通りです。
SFで見るような培養槽みたい。
それが横倒しになっていました。
液体が濃いので見えにくいですけど、目を凝らして見ると何か入っているようで、何らかの影が見えます。
うん?
あれは……手足のように見えるけど、もしかして──
『そこにいるのは、私の子供だ。』
えっと……全く、意味がわかりませんです。




