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 トレントを倒した僕は、ドンドンと山を登っていきます。

 『マップ』での魔物の反応は、ほぼトレントのようなので、進行方向にいるもの以外は無視しました。


 多くの魔物が山を下りている中、トレントがやたら多いのは、恐らく連中は移動距離範囲が狭いし、速度も遅いからなのでしょう。

 そもそも植物なんだから、移動しようとするのはどうかと思うけど。


 この山はそんなに高いわけではありませんが、それでも2000m級はありそうで(目分量です)、ある程度登ると、植物はなくなり、雪が積もり出してきました。

 今は晴天ですが、今後、天気が急変する可能性があります。

 なるべく急いで進みたいところです。




 全身鎧を纏って山に登るとか、狂気の沙汰だなぁ……と思いながら、かれこれ数時間が経ち、現在の時刻は午後2時です。


 『マップ』にポツンと魔物の反応が現れました。


──『ホークアイ』──


 視点が切り替わり、鳥になったかのように上空から眺められるようになりました。

 問題の地点を見てみると、そこには──


「……ウソだろう?」


「ぴゅ?」


 思わず溢れた僕の呟きにマシロが首を傾げているのがわかりましたけど、それどころではありませんでした。


 そこにいたのは……ドラゴンでした。

 山肌のグレーと雪のホワイトの中に、濃い緑色をした鱗を持つそのドラゴンは、猫のように丸まって寝ていましたが、その存在感はまさに生物の王といった風格がありました。


 魔法を解除して、視点を戻しました。

 知らないうちに身体が震えています。

 ヨツデグマと対峙したときには感じなかった恐怖が、ドラゴンを垣間見て、ふつふつと沸き上がってきました。

 ドラゴンとは、斯くあるものなのか、と。

 離れた場所から見ても、その圧倒的な存在感は、僕に畏怖を与えました。


「ぴゅぴゅぴゅっ!」


 ふと、マシロの声に我に返ると、僕はいつの間にか地面に膝を付いていました。

 ブンブンと首を振ります。


 そうです。

 僕にはマシロがいます。

 頼りになる相棒です。

 この子がいるから、僕はこんな異世界でも生きていられるのです。

 マシロが側にいる限り、僕は膝を付いてなどいられません。


 もしかしたら、それは依存なのかもしれない。


 それでも、立って前を向いて歩けるなら、僕はそれで構いません。

 そう、決めました。


 だから、こんなところで立ち止まっているわけにはいかないのです。


 ドラゴン如きなんてことないです。

 なんせ僕は、神様……代わりの管理人さんにお逢いしましたからね。

 超越した方に比べたら、ドラゴンなんてただの爬虫類です。


 よっこらしょ、と震える膝を叱咤して立ち上がります。


「ぴゅ〜?」


 心配そうなマシロの頭を撫でて、僕は微笑みます。

 ……兜で見えないだろうけど。

 それでも聡いこの子は、立ち直った僕の様子に気付き、くねくねと身体を揺らしました。

 カワイイ。


 さて。

 もふもふとマシロを撫で回して精神を安定させた僕は、これからどうするか思案します。


 あんなのが地上に下りたら、パニック間違いなしですね。

 ……つか、このドラゴンが山に降りたから、ここに元々いた魔物はパニックになって、一斉に山を下りたのでしょう。


 原因は判明しました。

 では、これから僕はどうするか?


 無難なところでは、このまま山を下りて、ギルドマスターさんにドラゴンのことを報せることでしょう。

 ただ、そうしたからといって、何も解決はしないのですが。


 僕たちは国境を越えたいのですが、町の近くには山から下りた魔物がいるので、その国境を封鎖しています。

 ドラゴンがいなくなれば、その魔物は山に戻ると思われるが、そうでないならそのままです。

 なので、僕たちもそのまま足止めをされてしまいます。


 ギルドマスターさんからは、この調査の褒美として、国境を越える許可を与えてくれるという話でしたが、このままではそれも怪しいです。


 何故なら、こっちの国からは良くても、反対側の方から却下される可能性があるからです。


 このドラゴンですが、その影響力は今いるこの連峰一帯に及ぶと思われます。

 それはつまり、国境を越えたあちらの国にも及んでいるのではないかと考えられるのです。


 ということは、魔物が山から下りて溢れているのは、お隣の国でも同様なのだということになります。


 そもそも、国境の封鎖というのは、片側の国からだけで決めたものではないと思います。

 双方の決定があって初めて為されるものです。


 それだから、ドラゴンという脅威がある以上、そう簡単に封鎖を解くとは思えません。


 なら、何故、僕はそんな依頼を受けたのか?

 この事に気付いたのが、山登りの最中だったからです。

 頭を空にして身体を動かしていたときに、ふと思い付いたのです。

 ……思い付いてしまったのです!


 まぁ、それでも、少人数ならギルドマスターさんの特権で大丈夫なのかも、と楽観的に考えていたのですが……まさかドラゴンがいるなんてこと、想像だにしていませんでした。


 こういう場合、この世界ではどうするかわかりませんけど、妄想するなら、国境を封鎖したまま、住民その他諸々は遠く安全な場所に避難をして、状況が改善するまでそのままでいる、ということになるでしょうか?


 最悪の場合、冒険者はドラゴン討伐に強制参加、なんてこともあるかもしれません。

 そうなったら、その先の未来は真っ暗ですね……。


 むぅ……。

 かといって、このままこのドラゴンを見て見ぬ振りはできないし……。

 困ったなぁ……。


「ぴゅぴゅぴゅっ!?」


 なんて悩んでいると、マシロが慌てたように鳴き出しました。

 何事!?


 もしかして、と思い、再び『ホークアイ』の魔法を使って、ドラゴンを確認することに。

 すると──


「……うわ、最悪……」


 ドラゴンが鎌首をもたげて、僕のいる方を見ています。

 さらに、顔を動かした()()()()()()()()()()()()()()


「っ!?」


 慌てて魔法を解除します。

 急にどっと汗が吹き出ました。


 なんてことでしょう……。

 魔法によって僕の視点は、鳥のように上空からのものになっていました。

 それなのに、その僕と目が合うなんて……。


 これがドラゴンなのか……。


 ガチガチと歯の根が合わずに、震えています。

 それに気付いた僕は、奥歯に力を籠めて噛み締めました。

 少し舌も噛んでしまい血が出るのがわかりましたが、どうせすぐに回復するでしょう。


 逆にそのことが、僕を僅かにですが冷静にしてくれました。


 急いで踵を返して、脱兎の如く逃げ出します。

 敵うわけありませんからね。

 あんなのがどうにかできると考えるほど、僕は自惚れていませんよ。


 というわけで、アディオス、ドラゴン!

 あなたのそのお姿は、一生忘れないでしょう!


 と、走り出したところで──


『待ちなさい。』


「……へぶっ!?」


 僕の足が動かなくなり、転んで顔面を思い切り打ってしまいました。

 ……いたい。


 足元を見ると、雪が固まって氷のようになって、僕の足を固定してしまっています。

 ガンガンと殴ったり蹴ったりしても、砕けることはありません。

 逆に、僕の身体が痛いくらいです。


 なんぞ、これ?


「ぴゅぴゅっ!」


 マシロの声と同時に、僕に影がかかりました。

 まさかと思い、恐る恐る振り返るとそこには──ドラゴンがいました。


 ひゅっと僕の喉が鳴ります。


 やっべー、死んだな、これは……。


 僕は覚悟を決めて、戦うために魔法を使う準備を……、


『だから、待ちなさい。』


 低い声が、頭の中に響きます。

 ……さっきも聞こえたけど、これ幻聴?


『繰り返すが、少し待ちなさい。

 私は君を害するつもりはない。

 落ち着いて、話を聞いてほしい。』


 はて?


 なにやら、コミュニケーションを求められていますが……。

 もしかして、目の前のドラゴンからですか?


 え?

 マジで……?


「ぴゅ〜……」


 僕は思わず頭の中が真っ白になって、口をアホみたいにパクパクとさせるしかなかったのでした。







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