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4本の腕を広げて、雄叫びを上げるヨツデグマ。
3mは越えるその巨大な身体は、恐ろしいほどの威圧感があります。
しかし、僕はそんなに怖くありませんでした。
恐怖心というのが、バカになってしまったのかもしれません。
……死んでも構わない、というのとはちょっと違いますけど、でも、それに近いのかも。
いずれにせよ、バカヤローなことですね。
こんな小さな人間は意に介さないのか、ヨツデグマは警戒することなく、フラりと近付いてきて、無造作に腕を振り下ろしました。
──うーん、スゴい迫力です。こんなのが直撃したら、アッサリと死んでしまいますね。
当たれば、ですけど……。
ヨツデグマの鋭い爪は、魔力でできた盾が僕の前に滑り込んで、止めました。
バガン、という物凄い音がして、ヨツデグマが少し後退するほどでした。
同時に、魔力の盾が砕けます。
「ぴゅ?」
ふむ。
限界まで魔力を込めて作った盾だったけど、一撃しか保たないか。
まぁ、何度でも作れるし、構わないけれど……いちいち面倒だな。
──『マギマテリアライズアームズ』──
──『フロートシールド』──
丈夫な盾が欲しいです。
覚えておきましょう。
マシロ、盾を使うときは受け流すように。
衝撃は和らげないといけませんよ。
まぁ、生身の身体で受け止めているのではないから、そこまで気にしなくても良いかな?
「ぴゅぴゅっー!」
さて、ヨツデグマはというと、攻撃を防がれたことに理解できないでいます。
しきりに自分の腕を見ていました。
隙だらけです。
次は、僕のターンですね。
──『バインド』──
魔法を使うと、魔力でできた帯がヨツデグマに絡み付き、拘束しようとします。
グルグルとその身体に巻き付いていきますが、ヨツデグマが煩わしそうに身動ぎすると、魔力の帯は簡単に引きちぎられました。
むう……。
全く効果がないな。
ならば──
──『スタン』──
──『スリープミスト』──
電気ショックによる麻痺と、睡眠を誘発する霧を仕掛けました。
が、無効です。
全く効いた様子がありません。
──『ブラインド』──
──『コンヒューズ』──
──『フィアー』──
立て続けに、状態異常魔法を使います。
その効果は、『ブラインド』は視界を遮り、『コンヒューズ』は混乱をもたらし、『フィアー』は恐怖を煽る魔法です。
これはそれなりに効果がありました。
なんせ、目が見えなくなったところに、混乱と恐怖ですからね。
どういう感覚か具体的にはわからないですけど、想像するとそりゃビビりますよね。
が、しかし、ちょっと失敗しました。
これらの魔法によって、ヨツデグマがその場で無闇矢鱈に暴れだしたからです。
んーむ。
近寄れなくなってしまいました。
……尤も、僕が近寄って攻撃する手段はないから、これはこれで構わないけれど。
大剣を遠隔操作して突き殺そうかと考えていましたが、4本の腕が邪魔です。
もっと、動きを止めないと。
何か良い魔法はないかな……と、ありました、これです!
──『ヘビーグラビティ』──
ズン、とヨツデグマの身体に何かがのし掛かったように、動きが鈍くなりました。
今にも潰れそうです。
ヨツデグマの体重が500kgだとして、倍にしたことで、同じだけの荷物をかかえていることになります。
乗用車を持ち上げているのと同じですよ。
……自分でやっといてなんですが、これはヒドイ。
けど、さすがクマです。
じわりじわりとですけど、こちらに近付いてきています。
体重が重いから、それだけのパワーもあるのですね。
良いでしょう、ならば、2倍ではなく、3倍増です!
──『ヘビーグラビティ』──
ズズン!
これにはヨツデグマも耐えられなかったですね。
お尻を付いて、そのまま大の字になってしまいました。
……しかし、この『ヘビーグラビティ』の魔法、えげつないなぁ。
これが、攻撃魔法ではないのだから、恐れ入る。
ずっとやっていれば、いつか死ぬんじゃないのかな、これ?
そういえば、『スタン』の魔法も、心臓の弱い人なら死ぬかもしれないけど、これも攻撃魔法じゃないんだよね。
分類が謎だ……。
それとも、ゲームっぽく、死なないようになっているのかも。
……あり得そうですね、あの管理人さんなら……。
まぁ良いか。
それならそれで。
さて、少し思考が逸れたけれど、もうトドメを刺しましょう、
遠隔操作している大剣を仰臥しているヨツデグマの顔面──正確には眼球に目掛けて、飛ばしました。
おりゃっと、突き刺します。
ズドズ、とスゴい音がして簡単に眼球を貫通して、地面にまで突き刺さりました。
ふむ?
もうちょっと抵抗があると思っていましたが……あ!?
そうか、『ヘビーグラビティ』の魔法が掛かりっぱなしでした。
ヨツデグマに大剣が接触したことで、大剣の重量も3倍になったのですね。
それで、アッサリと簡単に突き刺してしまった、と。
うん。
まぁ、結果オーライですね。
このコンボは意外に有効かもしれません。
覚えておきましょう。
というか、もっと単純に、大きな岩を用意しておけばとうでしょう?
それを動けなくなった魔物の頭上に、魔法で浮かべておけば……。
ふふふ。
面白そうですね。
想像が膨らみまくりですよ。
「ぴゅぴゅぴゅっー!」
マシロの勝利のダンスが披露されます。
全く……ちょーカワイイですよ、相変わらず。
僕は、ピクリとも動かなくなったヨツデグマの方に歩いていきます。
たぶん死んでいると思いますが、念のために確認します。
近くで見ると、眼球というよりは、目と目の間、眉間の辺りを貫いています。
硬い骨があるはずですが、そんなの関係なかったようです。
即死したんですよね。
南無、と手を合わせてから、剣を抜きま──くっ、抜けない!?
おかしいな、もう『ヘビーグラビティ』の効果はないのに……。
両手でしっかりと大剣の柄を保持して、と。
せりゃ!
グリグリグリと剣を左右に揺らすようにして、少しずつ抜いていきました。
数分かけて抜きましたが、スゴい疲れた……。
熊を退治するより、こっちの方がしんどかったです。
はふぅ……。
これで良し、と、顔面が滅茶苦茶になったヨツデグマの死骸を〈道具〉に収納して、馬車の方に向かいます。
そこには、ポカンと口を開けたヴィッキーさんとアナスタシアさん、それと護衛さんの姿がありました。
んん?
アナスタシアさん、危険なんですから、馬車の中にいてくださいよ。
「えーと、それどころではないと思うのだけどぉ……」
はて?
どういうことでしょう?
「ぴゅ?」
ほら、マシロもわからないみたいですよ。
「いやいや……。
自分が聞いた噂じゃ、あのヨツデグマ、Bランクのパーティーを半壊させたそうですよ。
なのに、あんなに簡単に倒してしまうなんて……」
「信じらんない……なんで……どうなっているの……?」
うーん、護衛さんの言う噂も本当かなぁ?
そこまで強くは感じなかったけど。
所詮は、図体が大きいだけの獣だし。
動けなくして仕留めるだけの、簡単なお仕事だと思うのですが?
「そもそも、動けなくするのに、とっても苦労するのよぉ……?」
そうなんですか?
…………。
なるほど、そうか。
あんな『ヘビーグラビティ』みたいな反則な効果の魔法が、ほぼノータイムでいくらでも使えるのだからなぁ……。
魔術がどういうものか、僕はよく知らないけど、アナスタシアさんの様子から、1回使用するのに、時間も労力も必要なのでしょう。
だとすると……うん、あのヨツデグマのような巨大な熊からの攻撃から避けつつ、魔術を使うのは骨が折れるのでしょうね(肉体的にも精神的にも)。
はい、なんかスミマセン。
「ふぅ……まぁ、良いわぁ……。
シータちゃんのお陰で、無事にいられたのだからぁ……」
「そうですな」
アナスタシアさんの一言で、護衛さんも気を取り直したようです。
落ち着かない様子でいる馬をなだめ始めました。
未だにぶつぶつと何やら呟いているヴィッキーさんは、少し放っておきますか。
「いやいやでも、エルフなんだから、これくらいはするのかしら……?
そうよね、エルフなんだものね」
あ、復活した……のかな?
「何もできなくて、ごめんなさい」
え?
頭を下げるほどなのですか、今のって?
「シータには助けてもらってばかりだから……何か、あたしにできることがあったら、何でも言って」
んー。
真剣か表情で言うヴィッキーさんですけど……僕もここまでの道中にいろいろ良くしてもらっていましたからね。
お相子しゃないですか?
それに、これからもお世話にならざるを得ないので……その先行投資ってことで、納得頂けないでしょうか?
「わかった。
あなたの今後のことは、あたしに任せてちょうだい。
責任を持って、ずっと面倒をみるわ」
うん、よろしくお願いいたします。
「あらあらぁ……。今のって、プロポーズみたいじゃないかしらぁ……?」
「叔母様! あたしは真面目に……いだだだだ!?」
「叔母様じゃないでしょう、お姉様って呼びなさいと言ったでしょう?
ねぇ、ヴィクトリアちゃん?」
「いだだだだ、ご、ごめんなさい、お姉様ぁっ!?」
なんと言うか……しょうもないですなぁ。
「ぴゅ〜」
やれやれ、というようなマシロの嘆息が、ヴィッキーさんの悲鳴の後ろで、空しく辺りに響いたのでした。




