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バタバタした騒動も無事に(?)終わり、その日はソファーの上でしたが、久し振りにぐっすりと眠れました。
ヴィッキーさんとアナスタシアさんと同室でしたが、コメディ漫画のように、ラッキースケベ的なイベントは起こりません。
当たり前ですが、普通に生活していたら、あんなことあるわけがないのです。
……何故か、アナスタシアさんは事故に見せかける形で、着替えを僕に覗かせようとしていましたが……。
からかうだけのことで、身体を張りすぎなんじゃないでしょうか……?
まぁ、何はともあれ。
一晩経って、心身ともにリフレッシュできて、大変結構なことです。
やっぱり人間は、文明の中で暮らさなければならないのだな、と改めて感じたのでした。
貧すれば鈍する、とはよくいったものです。
ほとんど宿屋から出なかったので、買い物などは護衛さんがしてくれました。
基本的には、保存の利く食糧などです。
ただ、それとは別に、僕の衣類もお願いしました。
全くの着た切り雀なので、そろそろ限界だったのです。
……臭いなどは魔法でなんとかしてきましたが、ずっと同じものを身に付けているのは、かなりのストレスなんだな、と、このとき初めて知りました。
というわけで、安くても良いので、丈夫な普段着と、下着をいくつか買ってきてもらいました。
サイズの問題がありましたが、基本的には古着なので、少々のものなら妥協できます。
新品のものは、別の機会に改めて購入することにしましょう。
ちなみに古着なのですが、魔術を使うと汚れだったりがなくなって新品同様になるので、意外に衛生面では問題ないそうです。
……これを聞いていたので、安心して買い物を任せることができました。
それから、夕食の時間になりましたので、いただくことにしました。
ファンタジーの世界なので食事事情がどうなのか、不安で一杯でしたが、用意されたものは見たところおかしなものはなく、大変美味しくいただけました。
……ポークステーキの原料が、オークという魔物だと知ったときは、吐き出すかと思いましたが……。
食べてみれば普通の豚肉と相違なかったのが、逆にショックです。
聞くと、魔物の肉はよく食べるのだとか。
確かに、森の中で野宿したときは、倒した魔物を仕方なく食べていましたが、あれは非常時でのことだと思っていました。
でも、美味しいのだから、食べないという選択肢はありません。
それに考えてみたら、日本でも食べ物に関しては、なかなかえげつないものも多くありました。
イカやタコ、ウニなど見た目は酷いですからね。
……あと、ナマコとか。
虫食とかもあるのだから、今更魔物を食べるくらいでごちゃごちゃ言ってられません。
郷に入りては郷に従え、ということですね。
そんなわけで、なんやかんやありましたが、一夜明けて、宿屋をチェックアウトしました。
朝食も美味しかったし、大変満足しました。
とても良い宿屋でしたが、護衛さんの話では、ここは高級な宿屋なので、これが一般的だと思ってはいけない、とのことでした。
ヴィッキーさんも、自分の収入だとこんなところに泊まることはない、と言っていたので、冒険者というのは本当に大変なものなのだと思いました。
そうそう。
すっかり忘れていましたが、護衛さんの名前をようやく聞きました。
ゴーウェンさん、という名前だそうです。
……もう、護衛さんで良いよね?
間違えて呼んでも、「噛みました」と言えば、誤魔化せそうです。
その護衛さんが御者となり、馬車を走らせます。
ヴィッキーさんは馬に乗り、馬車の後ろに付いてきます。
僕とアナスタシアさんは馬車の中です。
予定としては、ゆっくりと進んでも夕方頃に国境の街に到着するらしいので、それまで大人しく馬車に乗っているしかありません。
護衛としては不謹慎ですが、魔物が襲ってこないかな、などと考えたりしてしまいました。
……出るなよ、出るな、と芸人的なフリをしつつ、アナスタシアさんとの会話をしながら、僕は意外にも馬車での旅を楽しんでいたのでしたとさ、チャンチャン。
──と終わっていたら、良かったんですけどね……。
おかしなフリなんてするもんじゃないなと、とても後悔しています。
ゲームではないのだから、魔物が出ないに越したことはないのに……。
適宜休憩を挟みながら、馬車が走ること数時間。
時刻は、午後2時です。
街道を走っていると、徐々に木々が増えてきて、森の中を走るようになりました。
といっても、そこまで深い森ではありません。
しっかりと舗装された広めの道(二車線くらい)があって、そこから頭上にそびえる山が見えます。
あれが、国境の山のようです。
連峰になっていて、相当高い山ですね。
あれを越えるくらいならば、トンネルを掘った方が手軽なんだろうな、と思えます。
「それでも、年に何人かはあそこを自力で越える人がいるのよぉ……」
呆れたようにアナスタシアさんが言いますが、まぁ、登山家というのは、どこにでもいるものですしね。
そこに山があるから、登るのでしょう。
……僕にはちっともわかりませんが。
「わたしも、わからないわぁ……」
なんてことをアナスタシアさんと話していると、視界の隅に常時展開している『マップ』のレーダーに反応がありました。
ふむ。
このままでは、馬車と衝突しそうなルートですね。
「馬車を停めてください!」
操車している護衛さんに、声をかけました。
同時に僕は扉を開けて、逆上がりの要領で馬車の上に乗りました。
『身体強化』のお陰で、重い鎧を纏っていても、これくらい軽々とできます。
ゆっくりと馬車は速度を落として、停まりました。
そこに後ろを走っていたヴィッキーさんが、馬を寄せてきます。
「何かあったの?」
「進行方向に、魔物が走っています。
このままだとぶつかりそうだったので、停めました」
「わかったわ」
ヴィッキーさんが頷くと、じっと前方を見据えます。
「魔物は1体だけなのか?」
御者席にいる護衛さんが聞いてきました。
「いえ、2体です。
一緒に走っているというよりは、前のが後ろのから逃げている感じですね」
まぁ、何となくそんな感じがするかな? といった印象ですけども。
「こっちに来そうか?」
「んー。ちょっとそこまではわかり……げ!? 進路が逸れて、こっちに来た!?」
僕がそう叫ぶと、ヴィッキーさんと護衛さんが手で目を覆った。
ツイてない、と言いたげです。
……僕も同じ気持ちですけどね。
「ぴゅぴゅっ!」
マシロが声を出しました。
恐らく警告のつもりでしょう。
蛇の感覚では、もうそこまで来ているんですね。
うん。
では、支援魔法を使い始めますかね!
──『プロテクト』──
──『フィジカルアップ』──
──『シャープエッジ』──
──『マギマテリアライズアームズ』──
──『マリオネットアーム』──
──『フロートシールド』──
僕とヴィッキーさん、護衛さんに魔法を使い、さらに、魔力の盾を作り出し、僕の大剣と一緒に馬車の周辺に浮かべます。
準備は完了。
あとはやって来た魔物に阻害魔法を使い、動きを封じたところで、みんなで袋叩きにしてやりましょう。
来た!
もう前を走っていたのは追い付かれかけていました。
頭に鋭い角を持った鹿の魔物です。
全力で駆けていたため、口の端から涎が垂れて、息も絶え絶えです。
「なに……アレ……?」
その後ろにいるのは──巨大な熊です。
僕は思わず呻き声を出してしまいましたが、その姿はとてもキテレツでした。
全身が黒い毛皮で覆われており、4本の脚で大地を踏み締め、それとは別に、2本の腕があります。
3m以上は確実にあるその巨体でありながら、とても速く走っています。
その大熊は2本の腕を振り回し、追い付いた鹿に攻撃しました。
背後からの攻撃に、鹿は反応できず、走っている勢いもあり、前方に吹き飛ばされます。
そう、ちょうど僕たちのいる馬車の前に。
鹿の死骸を挟んで、大熊は僕たちの前に現れました。
どうでも良いことですが、4本の脚かと思っていましたが、実際は4本の腕でした。
通常通りに前脚を使って走っても、残りの腕が自由に使えるわけですね、この熊は。
「……何で、こんなところに、ヨツデグマが現れるの……?」
途切れ途切れに呟くヴィッキーさん。
その表情はとても暗いです。
「あれがヨツデグマか……。噂には聞いていたが、実際に目の前に現れるとは……」
ヨツデグマ──四つ手熊か……。
見たまんまですね。
こんなところに、ということは、普段は違うところに生息しているのでしょうか?
「山の上の方にいる、と聞いていたわ……」
ふむ?
食べ物がなくなって、下山したんですかね?
日本でもそういうニュースを見たことがありました。
「勝てます?」
「無理だと思う……」
「逃げます?」
「無理なんじゃないか……」
「戦うしかない?」
「「死ぬ……!」」
ヴィッキーさんと護衛さんは、もう泣きそうですね……。
そんなにあの熊は強いのかな?
僕は馬車の上から飛び降りて、ヨツデグマに向かって歩きました。
「シータ!?」
ヴィッキーさんの悲痛な声が聞こえますが、無視します。
んー。
何でかな?
あまり怖いと思わないんですよね……。
感覚がマヒしたのかな?
鹿の死骸を〈道具〉に収納しました。
目の前にあった自分の獲物が消えて、ヨツデグマはグルグルと唸り出しました。
理由はわからないけど、近寄ってきた小さな人間が己の獲物を奪ったことは理解したのか、尋常でない敵意を僕に向けてきたヨツデグマ。
興奮しているなぁ……。
「ぴゅぴゅぴゅっ!」
ははは。
マシロもヤル気十分だね。
僕はマシロの頭を軽く撫でてから、身構えます。
熊肉って、一度食べてみたかったんだよね……。
そんなことを考えながら、襲い掛かってくるヨツデグマに、僕は魔法を使うのでした。




