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「ぜ、絶望ですか……」
「はい。
ここまで話してきたら、もしかしたら想像しているかもですが……。
イー君は、自殺しました」
…………。
ふぅ。嫌な話です。
日本ではニュースでよく聞きますけど、まさかファンタジーの住人であるエルフにもあるんですね、こんなこと。
いや、知的生命体である以上、避けられない問題なのかもしれません。
僕が知らないだけで、SF小説でも、宇宙人が自殺する物語があるのかも……なんて、思考が暴走していたりします。
「ところが、イー君は自殺出来ませんでした」
は?
「自殺出来ませんでした」
……大切なことだから、2回言いました?
「そしてこれは、イー君が魔術を使えない理由にも繋がるのですが……。
イー君は特殊な体質だったからです」
ふむ?
「少し話が逸れますが、一般的な魔術師というのは、魔力を体内に巡らせ生命維持を為します。そして、そこから溢れて漏れた余剰分の魔力で魔術を行使します」
「本来は、このようなことは起きません。
魔力を血液に例えると、魔術師は生きているだけで、出血し続けているようなものです。
魔術師というのは、ヒトとして欠陥を抱えている、とも言えます」
「さて、話を戻して。
イー君は特殊な体質故に、魔力が体内から溢れて漏れることなく循環している。
それだけならば何ら問題はないけど、イー君はエルフ特有の莫大な魔力がその身を駆け巡り、高速で循環し、それ自体が魔術となってしまったのです」
「常に体内で魔術を行使し、その魔力は全て使われているから、イー君はそれ以外の魔術を扱うことが出来なくなった」
「その魔術は『自動治癒』と、『身体強化』。
傷が付いても、勝手に治っていきます。外傷だけではなく、体内で付いた傷も。
いや、単純な傷だけではない。
病気など、身体にとって不具合が生じると、全て癒されていくのです。
『身体強化』は、その名の通りです。加えるならば、『自動治癒』すら強化します」
「だから、イー君は自殺出来なかった。
身体を傷付けても、首を吊っても、毒を飲んでも。
いくらやっても、どれだけやっても、イー君は死ねなかった」
「尤も、『不死』ではないので、やりようはあったと思う。
ただ、そのときのイー君では、自らを殺すことは出来なかった」
「イー君は自分の体質に、そのとき初めて気が付いた。
もちろんそれが魔術であることも。
だからといって、自らを魔術師だとは思わなかった」
「──『呪われている』」
「そう考えて、イー君は、ただただ絶望した」
…………。
『呪い』……ですか。
僕には、想像もつかないことです。
なので、言葉が思い付きませんし、そもそも管理人さんもそんなもの求めていないのでしょう。
管理人さんの話は先に進みます。
「イー君は考えを改めます。
死ぬことが出来ないならば、今の状況を打破するためのチカラがいる、と。
エルフの森から出るチカラ。
周囲のエルフからの悪意をはね除けるチカラ。
そして──自らを殺すチカラ。
いずれかのチカラがあれば、この絶望はなくせる。
イー君は、そう考えた」
チカラ……。
そんなものなくても……なんて言えないですね。
僕も、イー君と同じ状況になったら、恐らく求めてしまうのでしょう。
それこそが『呪い』なのかもしれません。
「幸い、と言えるのかどうなのか、自殺未遂の際に、イー君は自らの魔術の存在を知りました。
少なくとも、魔力はある。
ならば、何とかしてその魔力を活かせないだろうか?
イー君の試行錯誤が始まりました」
「質問ですが、良いですか?
魔法が使えるとわかったのなら、周囲にそう伝えて、状況は改善出来なかったのでしょうか?」
「魔術には違いありませんけど、エルフに求められる魔術ではない。
これが答えです」
「……そうですか」
「それから数年経ちます。
経過は省いて、結果を話します。
イー君はエルフとしての上位種、ハイエルフに進化します」
…………。
え? いや、そんなにあっさり話されても……。
「私は記録でしか知ることは出来ないから、そんな私の言葉では、薄っぺらなものになってしまいます。
そんなものを聞いても、本当のことは伝わらないでしょう」
「……まぁ、良いです。本筋ではないでしょうし。
それで? ハイエルフとは?」
「うーん。
なんかスゴいエルフ、くらいに思って構わない。
魔力が増えて、使える魔術が多くなるんだけど……イー君には関係なかった」
そうですね
普通の魔法は使えないし、魔力が増えれば『身体強化』と『自動治癒』が強化されてしまいます。
それではイー君の願いから、遠ざかるでしょう。
「イー君はハイエルフという上位種であることに、もう意味は見出せなかった。
絶望に次ぐ絶望の中、イー君はこの世界からいなくなることを決意する」
世界からいなくなる?
普通に考えるなら、死ぬことですけど……そうではないんでしょうね。
「自分がエルフなのだから苦しい──エルフのない世界であれば良い。
自分が魔術が使えないから苦しい──魔術のない世界であれば良い。
この強い願い、あるいは呪詛に、ハイエルフとしての魔力が応えた。
応えてしまった。
魔力は体内を巡っている。
しかし、その魔力が体外へ漏れ出ることはない。
だから、魔力は世界に干渉出来ない。
だから、魔力は魂に干渉した。
魂はこの世界を拒絶している。
ならば、魂はこの世界から消えれば良い。
しかし、世界にとって魂の総量に変化があってはならない。
これは理であり、絶対だ。
ならば、どうする?」
…………。
今までの話は、僕にとってどこか他人事でした。
確かに、イー君に同情しました。
だけど、それは同情しか出来なかったから。
他人事だから、同情するしかなかったのです。
でも、今の話だと?
そして、今の状況は?
最初に、管理人さんが謝っていたのは?
「イー君の魂は、世界を越えた。
元いた世界から、別の世界に行った」
別の世界とは、どこですか?
「魂の総量は不変だ。
1つ消えたら、どこかから補充される」
どこかとは、どこですか?
「言い方を変えれば、イー君の魂は、どこかの誰かと入れ換わった」
どこかとは、どこですか?
誰かとは、誰ですか?
もしかして──
「こんなことになるなんて、私のみならず、どの神すら想定していなかった。
気付いたときには、既に入れ換わりは成されていて、覆すことが出来なくなっていた。
それだけ、イー君の願いも呪詛も絶望も強かったのだろう。
……四宮奏汰君。
イー君と入れ換わってしまったのは──君だ」