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「ヴィクトリアちゃんには、結婚して欲しいからよぉ……」
な、なんだってー!
ババーン、とか、ドギャーン、とかの効果音が勝手に脳裏に鳴り響きましたが、もちろん驚いたフリです。
まぁ、予想していたというか、テンプレというか。
でも……。
「……やっぱり」
アナスタシアさんの言葉に、ヴィッキーさんが小さく呟きました。
「叔母様。あたしは結婚なんかしません。
馬車を止めてください、降ります」
ヴィッキーさんはそう固い口調で言うと、ソファーから立ち上がりました。
そんな彼女を、アナスタシアさんはじっと見つめています。
「危ないから座ってちょうだい……。
話をしたいわぁ……」
「話すことなんかありません」
「聞きなさい」
「っ……!?」
今までのフワフワな感じから一転して、アナスタシアさんの雰囲気が変わりました。
にこやかにしていた表情がなくなっただけなのに、それが恐ろしく感じられます。
威圧感、というか。
先程もそうでしたが、こちらがアナスタシアさんの本来の姿なのかもしれません。
フワフワなのは……もしかしたら、そうしてないと暮らしていけないからかな?
普段から、こんな様子でいられたら、周囲も保たないでしょうし。
……笑わないで真顔になっただけでこれなのだから、そこに感情を出したら、どうなることやら。
すとん、とヴィッキーさんがソファーに腰を落としました。
立っていられなくなってしまったみたいです。
「お父様もお兄様も、みんな、貴女の幸せを願っているの。
だから、危険な冒険者の仕事は止めて、家に帰ってきて欲しいと言っているわ」
真剣な顔でアナスタシアさんが言うのを、ヴィッキーさんもフッと息を吐き、反論します。
「幸せ……って何ですか?
結婚して家庭を持つことですか?
あたしはそうは思えません!
あたしの幸せは、あたしが決めます!」
「それは、冒険者でいることなの?」
「そうです!」
「危険なのよ。命はもちろん、貴女は女の子なのだから貞操の危険だってある。
そうでなくとも、お金に苦労するわ」
……ヴィッキーさんに、貞操の危険については耳が痛いでしょうね。
「っ……。
け、結婚したからといって、苦労しないとは限りません!
それに、街中にいたからって、魔物の脅威がなくなるわけではないです。
氾濫の危険は、いつだって、どこにいたって、あるのです」
「それは、冒険者だって同じよ。
いえ、率先して対処に当たらなければならない以上、より危険だわ」
氾濫とは何ですか……とは、この状況で聞けないよなぁ。
「一般的には、結婚して子供を作る、というのは、幸せなことよ。
何故なら、みんなそうしているから。
その結果が集まって、街中での日々の暮らしを営むことに繋がるの。
翻って、冒険者はどう?
確かに、成功した人もいるわ。だけど、そんなのはほんの一握りだけ。多くの人は悲惨な最期を迎えている」
「それは偏見です!」
「そうかもしれない。
でも、数が多いのはどっち?
街で家族と暮らしている人たち? それとも冒険者?」
それは、論点が変わっていると思いますけど……。
あ、スミマセン。
口を開くな、というアナスタシアさんのアイコンタクト、確かに受け取りました。
「……確かに、街で幸せに暮らしている人たちがいるのは、わかります。
でも……」
「貴女に苦労をしてほしくない、幸せになってほしい、と考えて、お父様たちは努力してきたの。
そして、その努力は実って、あともう一息、というところまできているわ。
それでも、貴女はその暮らしを否定するの?」
「はい。
あたしは、それがどうしても、あたしの幸せだとは思えないのです。
あたしの幸せは、あたしが決めます」
「そう……」
言い切ったヴィッキーさんに、アナスタシアさんは深く溜息を吐きます。
「全くもう……。
そこまで考えているなら、どうして黙って家を出たのぉ……?」
「え?」
またアナスタシアさんの雰囲気が変わりました……というか、元に戻りましたね。
「お父様もお兄様も、そんなに頭は固くないはずだわぁ……。
ちゃんと貴女の言いたいことを口に出して言えば、理解してくれるのよぉ……。
それなのにヴィクトリアちゃんてば、ちょっと反対されたくらいで、衝動的に家を出るなんてぇ……」
「え? え?」
急な変化に、ヴィッキーさんがパニックです。
……いや、僕の方を見ても、助けられないですよ。ご自分で何とかしてください。
「良い、ヴィクトリアちゃん?
お兄様が結婚を勧めるのは、さっきも言ったけど、それが幸せになれると思っているからなのよぉ……。
でも、それはあくまで、お兄様の考えなの……。
だから、貴女がどうしたいのか聞きたかったのに、家出するから……」
「……えーと、それはごめんなさい。
でも、そんなこと……」
「親が子供に、好きにしなさい、なんて言わないわよぉ……。
放置しているみたいじゃない……」
「うー……」
ふむ。
まぁ、そこら辺は、いろいろな考えがあるでしょうね。
放置ではなく、信頼して敢えて任せている、とか。
でも、親は大人として(というか、長く生きてきた先達として)、いろいろ言いたいんだろうな、とは思います。
自分の経験とかを踏まえて、ああした方が良い、こうした方が良い、みたいな。
それは時として、子供にとって邪魔なものに聞こえるけど……。
でも、成長するとわかるのは、そうしたものは、大きく間違っていないんです。
だからこそ、親になったとき、自分の子供に言いたい、伝えたい、となって、それが子々孫々に連綿と続いていくのでしょう。
「だからね。
ヴィクトリアちゃんのしないといけないことは、これからお家に帰って、お兄様──自分の親にハッキリと、自分のしたいことを言いなさい……。
自分はこう考えていて、それだけの覚悟かあることを、キチンと伝えなきゃダメよぉ……。
言わなくても伝わる……だなんて、子供のときだけなんだからねぇ……」
「はい……わかり……ました」
む、ハンカチを渡したいけど……待っていませんでした。
なので、こっそりこの場から立ち去りましょう。
これ以上、家族でない僕がいるのは、無粋ですからね……手遅れの気がしなくもないですけど。
……タイミングがなかったんだ。
──『サイレンス』──
──『ハイド』──
魔法を使って、静かに御者席に向かいました。
こそこそと扉を開けて、慎重に進みます。
そこには、護衛さんが操車していたので、横に座りました。
「ちょっと良いですか?」
「……っと、いつの間に。
話は済んだのか?」
「はい。
いえ、それよりも……この先に魔物がいます」
「なんだと?」
そうなのです。
『マップ』に、先程反応がありました。
このままだと、ぶつかってしまいます──いや、もちろん、その前に馬車を停めるでしょうけど……。
まぁ、そうなると、中の2人の話し合いが邪魔されてしまうので、そうなる前に、僕が出てきたのです。
……決して、あの場にいることに、居た堪れなくなったわけではないですよ。
「本当だな」
あ、護衛さんの目にも見える距離になりました。
護衛さんは手綱を操って、馬車を停めます。
「どうする?」
「僕が行くので、あなたは馬車とアナスタシアさんたちをお願いします」
「そうか……すまんが任せた」
まぁ、それが護衛さんの仕事ですからね。
「ぴゅっぴゅっー!」
うん、マシロもお願いね。
僕は馬車から降りて、走り出しました。
じゃあ、魔物退治に行きましょうかね!




