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「あたしたちが倒したあのワーウルフ。
ワーウルフではなかったの!」
はい?
何を仰っているのでしょう?
倒したワーウルフがワーウルフではない。
……おかしくない?
「ああもう!
良いから来て!」
痺れを切らしたヴィッキーさんは、無理矢理僕の腕を抱えて、引っ張っていきます。
うん。
これが俗に言う、「当ててんのよ」というヤツですか。
腕が幸せです。
……例え、関節が曲がらない方に曲がりつつあっても。
フワフワに包まれて、ギリギリと絞められるままに、ヴィッキーさんについていきました。
その僕の後ろを、アナスタシアさんと護衛さんがゆっくりと歩いています。
あ、アナスタシアさんは護衛さんから事情を聞いているようです。
僕も、そっちから聞きたいなぁ……。
「これよ、これ!」
しばらく歩いてから辿り着いたのは、馬車から少し離れた街道脇の木の下でした。
掘り返した跡があるのは……亡くなった方を埋葬したからでしょう。
……南無、と手を合わせます。
そうしてから、ヴィッキーさんの言う方を見ると、倒したワーウルフの死骸が乱雑に積まれていました。
こっちも念のために、南無。
それから一歩近寄ろうとして……あれ?
ナニコレ?
「ね、おかしいわよね」
「ぴゅ?」
ふむ?
どうなっているんだろう?
そこにあったのはワーウルフの死骸ではなく──狼の毛皮を纏った人間でした。
狼の毛皮は頭ごと残っていて、それをすっぽりと被っています。
確かにそうすれば、狼頭の二足歩行の生き物に見えるでしょう。
けれど……。
「あたしたちは確かに、あれらをワーウルフだと認識したわ。
戦っている際に、しっかりと見ている。
間違いないはず。
なのに、ここには、ワーウルフではなく、人間が倒れている。
どういうこと?」
そうなんです。
僕は、少し離れた場所から魔法で支援していただけですけど、それでもあれが毛皮を纏った人間には見えず、普通にワーウルフに見えました。
いくらなんでも、見間違えはしていない。
ましてや、直接戦闘していたヴィッキーさんは尚更そうでしょう。
「ぴゅ〜?」
マシロも首を捻っている。
カワイイ。
そんなマシロの頭を撫でながら、僕は考え込みますが、全く答えは出ません。
……まぁ、当然ですね。
そこまで、この世界のことを知らないですし。
前提がよくわからないのだから、答えなんか出ない。
「ヴィッキーさんは、どう思います?」
わからないことを考えていても無駄なので、他の人に聞いてみましょう。
「さあ……見当も付かないわ」
……もうちょっと、悩んでほしい。
こほん。
気を取り直して、別の方に聞きます。
「アナスタシアさんは、どうです?」
「……」
後ろにいたアナスタシアさんに聞きますが、答えはありません。
振り向いてみると、腕組みして口を掌で覆いながら考え込んでいます。
今までのどこかフワフワした印象からは一転して、その表情はとても真剣です。
そういえば、この人の職業はなんでしょう?
護衛が付くような立場なわけですよね?
……見た目からではわかりません。
豪奢なドレス姿で露出している部分が少ないから、鍛えているかどうかは見てとれない。
ヴィッキーさんみたいに、冒険者ではないと思います──まぁ、そうだったら、護衛を雇うことはないか。
こんな魔物がいるような場所を旅しているのだから、ただの村人ではない。
ならば、商人? 貴族?
……わからないことだらけです。
こういうときは、徹底的に追求するか、全く何も考えずに無視するか。
どうする……?
「……ちょっと考えてみたけれど、思い当たることはないわ。
でも、何らかの魔術が使われているかもしれない。
魔物の毛皮を纏ってその魔物の力を得る、とか。
あるいは、あなたたちが見たのは幻影かも。そんな魔術ならば、よく聞くから」
…………。
急に饒舌になりましたね、アナスタシアさん。
それでは、何か知っていることを隠そうとしているように見えますよ。
その証拠に、ヴィッキーさんは貴女のことを疑いの目で見ていますし。
まぁ、だからと言って、アナスタシアさんの言葉を翻すものがあるわけでもなし。
今のところ、これは魔術だ、と言われたら、そうなのかもとしか言いようがない。
それに、アナスタシアさんが何かを隠そうと言うのなら、僕はそれに乗りましょう。
わざわざ首を突っ込むことでもないですしね。
「……さあ、行きましょぉ……。
いつまでもここにいても仕方ないわぁ……」
あ、口調が戻りました。
シリアスモードは終了のようです。
「わかりました。この死体は燃やしておきましょう。アンデッドになられても困りますからな」
「お願いねぇ……」
護衛さんにそう言って、アナスタシアさんは身を翻して、馬車に向かいました。
その背中はやはり、僕らにこれ以上の干渉を拒むかのよう。
ヴィッキーさんはそれを見て、首を竦めて、何も言わずに後を追います。
「ぴゅ〜……」
あとに残された僕とマシロは、顔を見合わせるしかありませんでした。
「叔母……じゃなかった、お姉様はこれからどうされるのですか?」
馬車に乗り込もうとするアナスタシアさんに、ヴィッキーさんが聞きました。
「え? ヴィッキーちゃんたちと一緒に、お家に帰るけどぉ……。
そのためにこんなところまで来たんだし……」
…………。
えーと、その言い方ですと、アナスタシアさんは……?
「そうよぉ……。ヴィッキーちゃんを迎えに来たのぉ……。
その途中で、襲撃に遭うとは思わなかったし、それを助けてくれたのがヴィッキーちゃんだなんて、もっと思わなかったけどぉ……」
「え? え? 待ってください!
それって……?」
考えてみれば、こんな場所で襲撃に遭っている人を助けたら、それが知り合いだったなんて、そんな偶然があるでしょうか?
「もしかして……巫女様ですか!?
わざわざあたしを探すのに、神託を授かったのですか!?」
「だって〜、ヴィッキーちゃんがどこにいるかなんて、わかるはずないものぉ……。
それならぁ、効率を考えて、ちょちょいっと聞いたのよぉ……」
「……ちょちょいっと……って……」
ヴィッキーさんは悲鳴のような声を出したかと思えば、アナスタシアさんの言葉を聞いて、へたりこんでしまいました。
これは、あれですね。orzのポーズ。
ところで、巫女? 神託? って……ナニ?
「え? 知らないのぉ……。
エルフだから、かしらぁ……?
うーんとぉ、あとで教えてあげるから、とりあえず今は馬車に乗ってちょうだい……」
あ、はい。
どうやら、一般常識みたい。
しかし、言い訳にエルフというのは、結構有効なんですね。
これからも、利用しましょう。
馬車に乗るアナスタシアさんに続いて僕は、足元で呆然としているヴィッキーさんを抱えて馬車に乗ります。
いつの間にか、御者席にいる護衛さんが馬に鞭をくれて、馬車を進めました。
うーん。
なんかよくわからないけど、これから行くのは、アナスタシアさんの家──つまり、ヴィッキーさんの実家のようです。
僕も行くことになりましたが、良いのでしょうか?
「ぴゅ?」
まぁ、流されるままに流れても良いか。
マシロのもふもふの身体を撫でながら、そんな風に思うのでした。




