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「待ってくれ」
僕の腕を掴んで止めたのは──ローズマリーさんでした。
今まで血溜まりの中にいたので、綺麗な白銀の髪がかなり汚れてしまっています。
着ているワンピースも黒いからわかりにくいけれど、血塗れですね。
──『クリーン』──
魔法で汚れを落としましょう。
あ、念のために……と。
──『キュアオール』──
回復魔法を使います。
異常がまとめて回復できると良いのですけど……。
「む……助かる、ありがとう」
僕が汚れを落としたのがわかったのか、頭を下げるローズマリーさん。
「いえ、それよりも……これ、とっとと殺したいので、手を離してくれませんか?」
未だにローズマリーさんは僕の腕を掴んでいるので、魔鉄の鉈を悪魔に振り下ろせません。
その悪魔は白目と黒目の反転した瞳を限界まで見開き、ローズマリーさんを凝視しています。
まぁ、死んだと思っていた少女がピンピンしているのだから、それは驚きますよね。
できれば『ドッキリ大成功!』と書かれた看板を持ちたくなりますけど、さすがにそれは自重しましょう。
「このまま放っておくと、全身がグズグズになってしまうから、その前に止めを刺したいのです。
主に、僕の気を晴らすために」
これでも結構ムカついていたのです。
できれば、糞虫は自分の手で殺したい。
あれ、ローズマリーさん?
まさか……この悪魔を生かしておこう、なんて考えていませんよね?
「それこそ、まさか、だ。
……君の気持ちもわかるが、できれば殺るのは妾にさせてもらいたい。
獲物をかっさらうようで申し訳ないのだが……」
なんだ、そういうことですか。
それなら、どうぞどうぞ、ですよ。
僕はその糞虫が死ぬのが見たいのであって、それを誰が殺ろうと関係ないのですからね。
もちろん、自分の手で殺れればそれはそれで良いのでしょうけど。
「じゃあ、これを」
そう言って、僕は魔鉄の鉈をローズマリーさんに渡しました。
小さな彼女の手には重そうな鉈ですが、動けない虫の頭に振り下ろすだけなら、何の問題もないでしょう。
「さて……」
ローズマリーさんが鉈を手にして、悪魔に視線を向けました。
その目は、虫を見るようで──いや、それ以下の、ゴミを見るようです。
「さんざん、妾のことを弄んでくれたな。
その礼をしたい」
ローズマリーさんの声はゾッとするほど冷たく、恨み以外の感情の感じられないものでした。
いや、恨みなどという言葉では表せないなにか、ですね。
「ま、まて……。なぜ、だ? なぜ、生きている……のだ? お前、は死んだ……はず、なのに……。死んだ、から……我は力を戻せた……のに、なんで……?」
そろそろ限界なのか、悪魔は呼吸も荒く、途切れ途切れに声を出します。
うーん?
教える義理はないんで、このまま死んでもらえないですかねぇ?
「妾は一時的に、仮死状態になっていただけだ。
貴様が勝手に死んだと判断したのだ」
……って、喋っちゃうの!?
まぁ、良いですけど……。
そうなのです。
実は、事前に僕が魔法でローズマリーさんを仮死状態になるようにしていたのでした。
だから僕は、躊躇なくローズマリーさんを矢で射抜いたわけです。
……いくらなんでも、そこまで人間を止めたつもりはないです、エルフですけど。
ただ、この仮死状態にする魔法──『ロミジュリ』というのですが、ふざけた名前です。
かのシェイクスピアの名作から付けられたと思うのですが、絶対に命名に日本人が関係してますよね?
たまたま以前に〈魔法〉の一覧から見付けていたのですけど……こうなると、この一覧にある魔法というのは、なんなのでしょうか?
気になりますが……まぁ、今はどうしようもありません。
答えがあるのかどうかも、判然としませんしね。
それはさておき。
仮死状態にすることができるなんてなかなか便利な魔法だと思うでしょうけど、実際はそこまで使い勝手の良いものではありません。
この異世界にはステータスというのがあり、そこに表示されている生命力の数値が【0】になると死んでしまうのですが。
この『ロミジュリ』という魔法は、ダメージが大きくて生命力が【0】以下になってしまっても、一時的に【1】未満【0】以上にすることができるのです。
これだけなら、緊急避難として使えそうなものなのですが、そのときには絶対に意識を失ってしまうので、傍に誰か仲間がいないと危険なのです。
また、この魔法は使ってから1時間以内でないと効果が切れてしまう上に、しばらく使用者の魔法が使えなくなってしまう(発動すれば元に戻る)ので、そんなに使い勝手の良いものではないのでした。
僕が悪魔との戦闘で魔法を使わなかったのは、この『ロミジュリ』のせいなのです。
けれど『封魔結界』があったため、悪魔に対するカモフラージュとして、魔術が使えない振りをするのにはちょうど良かったわけですが。
ちなみに、『封魔結界』は予め使っておいて僕の合図で発動するようにしておきました。
……意外に大変だったのです、マシロが。
「ぴゅ〜……」
あとで美味しいものをたくさん食べましょうね、マシロ。
「ぴゅっ!」
なにはともあれ。
いろいろ策を弄しましたが、上手くいって良かったです。
最悪の場合、ただの力押しで解決させるつもりでしたからね。
ローズマリーさんのことを考えなければ、悪魔を倒すのにはそれほど苦労しなかったわけで。
悪魔が本来の力を発揮すればともかく、分割された状態だったのだから、それこそマシロの魔法を行使しまくればとうにでもなるだろうな、とは思っていたのですし。
魔術を封じてしまえば逃げられなくなりますし、強力な攻撃はできなくなります。
いくら筋肉を発達させて攻撃力を上げたとしても、打撃のみでは僕を倒せません。
一撃死でないのなら『自動治癒』で治せますから。
なので、『封魔結界』が発動した時点で、悪魔を倒すだけなら問題はなかったということなのでした。
そんな感じでネタばらしすると悪魔は、
「は、ははは……。
我、は……全て……貴様、の……掌の、上に……いたのか……」
「僕ではなく、ローズマリーさんですね。
アンタは彼女を──ヒトを甘く見ていた。だから負けた。そして死ぬ。それだけです。それ以上も、それ以下もありません」
「ふ、ふはは、ふはは……ははは……はははははは……。
ふははははははははははははははははははははははははははっ!」
悪魔はそれきり狂ったように哄笑し続けて──そして、ローズマリーさんはその頭に鉈を勢いよく振り下ろしました。
悪魔は砕け散り、そこから靄のようなものが湧き出たかと思ったら、そのまま霧散したのでした。




