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すう、と悪魔の目は細められ、口の端は耳の辺りまで引き裂かれ、その拳を攻撃直後の動きの止まった僕に向けて放ちました。
「っ!?」
──『アースウォール』──
ドガンッ、というトラック同士が衝突したかのような音が周囲に響きます。
零距離から放たれた衝撃弾による悪魔の攻撃は、僕の魔法によって作られた石の壁に遮られました。
僕は急いで悪魔から離れて、穴の空いた石の壁を解除します。
あー、もう!
魔法は使わないつもりだったのに!
使うとしても、せめて悪魔の動きを束縛してからのつもりだったんですけど……つい、やっちまった……。
『封魔結界』内では魔術が使えなくても、魔法は使えます。
どういうことかというと、魔術は体内を循環する魔力──内的魔力を使い炎やら冷気にしたりするわけですが、体内にあるからその魔力を外に放出する必要があります。
『封魔結界』は魔力の放出を封じているので、結果的に魔術が使えなくなるのです。
一方で、魔法は大気に漂う魔力──外的魔力を使います。
既に魔力があるので、『封魔結界』だろうと関係ありません。
いくらでも、魔法をつかうことができます。
例えて言うなら──スキューバダイビングを思い浮かべます。
魔術を使うということは、酸素ボンベを使うということですが、『封魔結界』はその酸素ボンベの栓を閉じて使えなくするものです。
これでは、なにもできなくなります。
しかし魔法を使うのは、エラ呼吸しているようなもので、水中の酸素を利用できるわけです。
なので、『封魔結界』は関係ないということなのでした。
……この例え、わかりにくいかな?
まぁ、良いか。
とにかく、魔法なら『封魔結界』内であっても使えるわけです。
それでも、序盤に魔法を使わなかったのは……ちょっと理由があったのですが、今は割愛します。
「貴様……なにをした? 魔術が使えないのではなかったのか?
……いや、未だに使えない。
ならば、何故……そうか、スキルか!」
乾坤一擲の一撃を防がれた悪魔は呆然となり、ブツブツと呟き出しました。
一瞬、答えを言ってやろうかと思いましたが、どうやら今の石壁のことをスキルだと考えたようなので、無理に訂正することもないかとそのままにしておきます。
誤解させたままの方が良いでしょう。
それにしても……やけに憎々しげに睨み付けてきますけど、そんなに攻撃を防がれたのが悔しかったのかな?
「貴様!
我を相手に、手加減をしていたのか!?」
…………?
……。
あ、そういうことですか!
僕がスキルを出し惜しみしていると思ったわけですね。
ふむ。
「そうですよ。
アンタ程度ならなくても倒せると思っていましたが……意外に苦戦してしまって、ついつい使っちゃいました。
あ〜失敗しました……」
「き、貴様ァァァァッ!」
ふむ?
かなり煽り耐性が削られましたかね?
物凄い形相になってしまっています。
美人だけど──美人だからか、怖い怖い。
悪魔は激昂して、僕に向かって走り出しました。
バキバキの筋肉がさらに膨らんで、よりいっそう力が強くなっているようです。あんなのを受けたらキツいかもしれません。
もう魔法は解禁にするしかないですね。
──『アースウォール』──
ドガッ!
再度、悪魔の目前に石壁を出現させましたが、あっさりと飛び蹴りの一撃で砕かれました。
おいおい……マジか。
そんなに脆いものではないと思うのだけど……。
むぅ……。
まさか、挑発したら狂戦士化してしまったのでしょうか?
攻撃力5割増……あり得る。
仕方ない。
ならば、もっと状態異常魔法で動きを単調にさせて……ん?
悪魔の様子がおかしいです。
石壁を飛び蹴りで破壊し着地した直後、蹲ってしまいました。
なにやら苦悶の表情を浮かべて……うわっ!?
悪魔の右腕が取れた!?
「ぐぁぁぁっ!?
貴様ァッ! 今度は我になにをしたァッ!?」
はて?
まだ、なにもしていないのですけど……?
…………。
……。
あ!
そうか!
なるほど……こうなるのですね。
「ようやく時間になりましたか」
「時間……だと? なに……を、言っている……」
悪魔は息も絶え絶えになり、今度は左膝から足が取れてしまい、ずん、と倒れ伏してしまいます。
もはや満足に身体を動かせないようで、僅かに身動ぎするのみです。
「なにが……起きた? 我の……身体は、どうなっている……?」
「崩壊しかけていますね。
確か悪魔というのは、生物に寄生して身体を奪うのだけど、そのとき自分の全てを寄生させると、元の身体が保たなくて崩壊してしまうのではなかったでしたっけ?」
「それだから……な、なんだ……?
我とて……そんなこと、は……承知して……いる。
そう……ならない、ように、力を分割……」
「でも、さっき、ローズマリーさんから力を持っていきませんでしたか?」
「だが……あれでは、まだ……まさ、か!?」
そういうことです。
「アンタがここに来る前に、ローズマリーさんはアンタの力を手にしていました。
あのクリスタルに埋まっていたアンタの身体のスペアから、ね」
一般的な生物の身体の容量を【100】、悪魔ならば【120】とします。
生物の場合、この【100】の中に記憶や感情、力などが合わせて【80】入っています(満タンではないのは、成長したりする余地が必要なのですね)。
このとき通常の悪魔ならば、中に入っていた【80】を全て捨てて、さらに自分の力の容量【20】を減らしてでも中に詰めること(でないと、身体が崩壊する)で、ようやく生物の身体を奪うことができます。
ローズマリーさんの場合、この悪魔はまず己の力を3分割しました。それぞれ【40】ずつです。
それをローズマリーさんから複製した身体2つに入れて、そのうちの1つはクリスタルに埋めて(スペアとして)保存しておきます。
ローズマリーさんにも【40】入れられましたが、余分なものを捨てさせることで記憶や感情を残したまま存在することができています。
さて。
そのローズマリーさんは、クリスタルの中のスペアの身体にあった分の【40】を手にしました。
その甲斐あってか、記憶や感情がだいぶ減りましたが、上手く合わさりました。これで【80】になります。
そこで、さっき悪魔はローズマリーさんから力を取り戻しました。自分で持っていた【40】に加えて、【40】だと思っていたところに実は【80】が足され、合わせて【120】になってしまいました。
そして、【100】を越えたその身体は、生物の限界を越えたことで崩壊することとなります。
この作戦を考えたとき、いろいろと懸念材料があったのです。
ローズマリーさんの記憶や感情が減って会話やリアクションが上手くできずに、不自然に思われないか?
悪魔が、ローズマリーさんから力を取り戻すか?
戻った力の多さに違和感を覚えないか?
そして、本当に崩壊するか?
でも、まぁ、上手くいって良かったです。
途中で駄目だと思って、魔法まで使わされてしまったところだったので、少し危なかったのです。
いやー、頑張って良かった……。
「バカな……。ローズマリー……にそんな、こと……できない、のに……」
「そうは言いましても、できたので。
その結果が、今の現状です」
ふむ?
やる気になれば、なんでもできるのですね。
火事場の馬鹿力ということか。
あるいは、ローズマリーさんの悪魔に一矢報いたい、という気持ちが不可能を可能にした、とか。
まぁ、なんでも良いけど。
では。
既に四肢が崩壊して、さらには身体がグズグズになりつつある悪魔に、そろそろ止めを刺しましょうか。
僕は手放していた魔鉄の鉈を拾い上げ、フラりと悪魔に近付いていきました。
「ま、まて……、たの……む、死にたく、ない……」
「ローズマリーさんもそう言うでしょうね。だから──」
倒れながらも懇願してくる悪魔の頭に、僕は魔鉄の鉈を思いきり振り下ろし──
「待ってくれ」
僕の腕を掴んで止めたのは──ローズマリーさんでした。




