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僕は後方に飛びしさり悪魔から距離を開けながら、手に持っていた魔鉄の弓矢を構えました。
……?
てっきり悪魔は先ほどみたいに衝撃弾を放つと思っていましたが、なにもしないでただ佇んでいます。
なんだろう、なにか企んでいる……?
警戒心がむくむくと出てきて、悪魔の一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らしました。
だから、でしょうか。
その変化に即座に気付けました。
悪魔の身体がビクビクと脈動したかと思うと、ボコンボコンと膨張し始め、一回りほど大きくなっていきました。
柔らかそうだった肌が筋肉に覆われて、今にも弾けそうです。
これは……褐色の肌色と相俟って、まるで以前にテレビで見たことのあるボディビルダーの女性選手のようです。
バッキバキの筋肉が目立ち、あのたゆんたゆんの爆乳とむっちりとしたお尻や太ももは、どこに行ってしまったのでしょう?
身体が大きくなったために、白いドレスはところどころ破けてしまって、その様はセクシーのはずなのに、全く色気のいの字も感じられません──つか、マッチョ過ぎてそんな次元じゃないです!
あまりの変貌ぶりに、跪きそうになるのは堪えましたが、唖然としてしまって、攻撃するのを忘れてしまうほどでした。
「ぴゅ〜……」
マシロまでも怯えたような声を出しました。
けど、その気持ちはとてもよくわかります。
なんというか……あれは怖い。
「ふぅ……ふ、ふふ、ふはははは!
漲る、漲るぞ!
この溢れんばかりの力!」
哄笑しながら悪魔が握った拳を振るうと、衝撃弾が僕に向かって飛んできました。
慌ててミスリルの小盾で防ぎましたが、その速度も威力も先ほどまでのものとは比較になりません。
というか……ちょっと腕が痺れています。
すぐに『自動治癒』が働いて治りましたが、これはちょっと……。
「ふはははは!
覚悟しろ、ハイエルフ!
泣き喚いて、頭を地面に擦り付けて、我に恭順を示そうが無駄だぞ!
惨たらしく殺してやる!」
悪魔は白目と黒目の反転した瞳を大きく剥き出しにして、口の端を引き裂かれんばかりに開けて呵呵大笑します。
うわぁ……なんだ、あれ?
……狂った?
「ぴゅ〜……」
ドン引きの僕とマシロに構うことなく笑い続ける悪魔は、そのままこちらに接近してきました。
おっと。
気を取り直して、真面目に対応しなければ。
僕と悪魔との距離は30mくらいあったからか、そのままでは衝撃弾の威力が減衰するため、近付いて来たのでしょう。
でも……この距離は、僕の弓の距離です。
今度は、僕がこの距離を保って攻撃を仕掛けましょう。
一矢、また一矢と、僕は後退しながら矢を放ちます。
しかし、その放たれた矢を衝撃弾で迎撃して打ち落とし、悪魔は僕に近付いて来ます。
一応、お腹の付近とか、足元とかの、衝撃弾を当てにくかったり、避けにくい場所を狙い射ってはいますが、それほど効果がなく足止めにもなりません。
「くはは、無駄だ、無駄だぁっ!」
開いた口から涎を零れさせながら、哄笑と共に前進してくる悪魔の顔はアブナイ薬を使っているかのようで、とても見られたものではありません。
ぶっちゃけ……キモい。
それでも反射神経には支障がないようで、着実に僕に近付いて来ています。
こんなに矢を放っているのに一矢もクリーンヒットしないのは、ちょっと……いや、かなりショックです。
ま、まぁ、点の攻撃は避けられやすいし、だから本来の弓の使い方は大人数で一斉に放つか、気付かれないようにもっと距離を取ってのスナイプショットが理想で、こんな真正面から放つのは、愚の骨頂と言えます──言い訳ですけどなにか?
ともあれ。
もう、かなり距離を詰められました。
彼我のそれは、既に10mもありません。
僕は矢を放つのを止めて、衝撃弾の回避に専念しています。
足を止めて防御に徹してしまったら、先ほどまでと同様にやられる一方になってしまうのです。
衝撃弾の威力が増している分、それは悪手と言えるでしょう。
僕が回避を優先して動き回っているので、悪魔の方もあまり狙って衝撃弾を打てないようです。
下手に足を止めて狙おうとすると、僕が大きく距離を取ってしまうからです。
そうなっては、元の木阿弥となります。
悪魔は壁に追い詰めようと仕掛けてきますが、僕はその事態を避けるべく動き回り。
若干狙いは甘くなりますが、僕は僅かな隙を見付けては矢を放ち、悪魔の追撃のチャンスを潰し。
「チョロチョロと煩わしい!
貴様、大人しく死ねっ!」
「バカなの?
そんなこと言われて、わかりました、と足を止めるやつはいないですよ」
「貴様ぁっ!
殺す! 絶対に殺してやる!」
「さっきから、そればっかり。
他に、語彙はないのですか?」
「────っ!」
うわ、こわ。
また、一回り筋肉が肥大しました。
もう、女性らしいシルエットが、顔以外に、欠片もありません。
ゴリゴリのマッチョが、ボロボロのドレスの切れ端を纏っているのだから、正直言って、メチャメチャキモい。
しかし、そんな見た目とは裏腹に、危険度は増してきました。
衝撃弾の威力も増大している──けど、その分、狙いも甘くなっています。
とは言え、無差別で、かつ四方八方に衝撃弾が飛んでいるので、逆に回避しづらくなっています。
隙を見て矢を放ちましたが──キン、と高い音を響かせて、矢が弾かれました。
筋肉が硬くなって、矢が刺さらない……マジか?
ならば!
予め目算の付けていた位置に到達しました。
そこであるもの──手放していた魔鉄の巨剣を拾います。
一旦、〈道具〉に回収してから、急ブレーキをかけて方向転換。
真後ろから追い掛けてきていた悪魔に向かって、再び〈道具〉から取り出した魔鉄の巨剣を握って、薙ぎ払うカウンターの一撃。
円運動と剣の重量を利用した、渾身の攻撃です!
悪魔は頭を下げて姿勢を低くして、四つん這いになるかのように走り、僕の巨剣の攻撃を避けました。
轟、と振られた巨剣の重量に僕の身体が泳ぎ──悪魔と目が合います。
すう、とその目は細められ、口の端は耳の辺りまで引き裂かれ──
「っ!?」
──ドガンッ、というトラック同士が衝突したかのような音が周囲に響いたのでした。




