一
「かお、り……?」
そうだよ、覚えていてくれたんだね。
少し照れたように笑う彼女の髪がそよ風になびいた。一際強い風が吹くと、彼女は慌ててワンピースの裾を押さえていた。
「ねえ、大地。」
生前と何一つ変わらぬ姿のまま、彼女は昔よりずっと大人っぽい声を出した。声そのものが変わったのではなく、つややかさが加わったのかもしれない。目の前に立つわずか16の少女は、その見た目にそぐわぬ大人の何がしかを感じさせた。
「私、嬉しかったの。」
ほほえむ彼女の左肩がちょっと上がった。
「大地、私のこと忘れないでくれているんだなあって。」
「……当たり前だろ。」
香織を前にすると、つい口調がぶっきらぼうになってしまう。幼い頃から、それこそ香織と初めて会った時から、どこか素直になりきれない自分がいた。
香織が小さく何かつぶやいたような気がした。
「なんか言った?」
「え、なにも?」
しらばっくれる彼女の癖は変わっていなかった。目を見開き、ぱちぱちと2回、瞬きするのだ。香織がしらばっくれるものなんてのは、大抵がどうでもいいことだから、俺も別に深くは尋ねなかった。
「つーか、お前知ってたのかよ……。」
その場にしゃがみこみ、がしがしと頭をかく。あー、と声を出してみても、気恥しさはちっとも消えてくれなかった。
女に隠し事できると思うなよ、とちょっとすごんで言うくせに全く怖くない彼女に、うるせ、と返す。
軽口を叩くうちに、胸の奥から懐かしさがこみ上げてきた。
「ね。お酒、飲もう。」
くっ、とビールを飲み干す仕草をする香織が死んでいるなど、正直考えられなかった。彼女の髪に触れてみる。さらりと指の間から滑り落ちるものの、確かに触れた。ぽん、と頭に手を置いてみる。温かいのか冷たいのか判断がつかず、思わず手を引っ込めていた。
小中と馬鹿にされ続けた俺の身長は、知らぬ間に、とっくに香織を追い越していたようだった。
「ああ、飲もう。約束だったな。」
覚えていた、忘れるはずがなかった。数あるうちの一つを、今日やっと果たすことができるのだ。