冒険者の流儀 ~ある冒険者の述懐~
「トビー! 状況を知らせろっ! ちくしょう、どうなってやがる!」
いっぱいいっぱいだ、もうこれ以上は保たない。
「状況変わらず! ダメだ! 完全に囲まれてる!」
くそ、やっぱりか。分かっちゃいたけど、聞きたくなかったぜ。
俺はすぐさま、仲間達に指示を飛ばした。
「エタンは攻撃を中止! 使う魔術を支援に変更しろ! 魔力を使いすぎるなよ!」
「もうやっている!」
「ウグス! 矢は出来るだけ温存しておけ! 囲みを抜ける時に矢の援護が無いと追いつかれる!」
「その前に死なないといいけどねぇ。分かったよ!」
「ゴーチェ! 出来るだけ俺達で仕留めるぞ! トビーは脱出するチャンスを逃さないでくれ!」
「おう! やったらあ!」
「了解!」
――どうして、こうなった
仲間の返事を聞きながら、俺の頭の中はそんな疑問で一杯になっていた。
――――――――
俺は、そこそこ大きなセブトラって名の街で冒険者をやってるデジレってもんだ。
冒険者としちゃあ若い方だが、幸いにも仲間に恵まれ、パーティーとしてはそれなりに腕の立つ冒険者として知られるようになって来た。Cランクの冒険者と言えば中級から上級になろうかって腕前だ。装備も充実し、生活も楽になった。まさに順風満帆の日々だ。
そんなある日、ギルド内にある酒場で次の依頼を吟味していると、妙な会話が耳に飛び込んできた。
「――え? えええっ!? それはアーマードボアでは!?」
「ああ、薬草取ってたら襲われたんで、返り討ちにしたんだ」
「返り討ちにしたって…」
「わふわふ、わふん!」
そんな、受付嬢と弓を担いだ新入りっぽいヤツの会話が聞こえて来たんだ。
鎧猪とはその名の通り皮膚が硬質化し、鎧のようになった猪のことだ。下手なヤツが振るった剣ならまるで通じないし、矢なんかそれこそ簡単に弾かれる。よほど正確に急所を通さないとダメージにならない筈だ。
――なるほど…
よく見れば新入りの弓は大きい。長弓と呼ばれる、普通の冒険者なら選ばないサイズの弓だ。犬も連れているようだし、恐らく隣の第三国から来たんだろう。あそこは弓師や猟師が集まる国だからな。腕のいいのが多いんだ。
「おい、アーマードボアって下位とは言えDランクの魔獣だよな?」
「ああ、Cランク直前のベテランならともかく、同じDランクでも普通はパーティー組んで仕留める奴だ。成り立てDランクなら、そもそも無理だぞ。ついこないだも、それで返り討ちに遭ったガキ共がいただろう?」
「それを、あんなガキと子犬が?」
俺と同じように新入りに注目していた周囲がざわめく。いい線行っているが、もう一歩踏み込みが足りないよ。よく観察して慎重に答えを出さなきゃあ、この先、生き残れないぜ?
「な、なあ、あんた」
そんな中、真っ先に動いたヤツがいた。あれは確かバルナベルだったか。三人パーティーで、ついこの間、件のアーマードボア討伐の依頼を受けて返り討ちに遭ったヤツだ。
アーマードボアは肉や皮だけでなく、骨、内蔵等殆ど捨てる場所がない買い取り額のでかい、見返りの大きい獲物だ。そのため中級に上がる手前や上がり立てが勢い勇んで、よく依頼を受ける。だが、その殆どがあっさりと返り討ちに遭うという、中級殺しとして有名な魔獣なのだ。
「その出で立ちからして、あんた第三国から来たんだろ? 狩猟が得意なんだろ?」
なるほど、いい観察眼だ。そして、ヤツの狙いも読めた。あの新入りを引き込んでリベンジしたいのだろう。
「しかし、そう上手くいくかな?」
「ん? デジレ、なんか言ったか?」
「…何でもない」
「そうか」
つい向こうに集中してしまい、声に出していたようだ。気をつけよう。
「確かに俺はトレブレンから来たが」
新入りがバルナベルに答えた。やはりな。それ以外に考えられないと思っていたよ。
「頼む! 討伐依頼の間だけでいい。俺達と組んでくれないか?」
こっちも予想通りの口説き文句だ。そして、この後は新入りが誘いを断り一悶着ってとこか。
一人でアーマードボアを狩れるヤツが自分より弱いパーティーに誘われて頷く訳がないだろうに。そこが考え足らずだって言うんだよ。
しかし、その後に続いた新入りの言葉に、俺は衝撃を受けた。予想を外すどころか斜め上を超高速で飛んで行かれた気分だ。
「構わないけど、俺は【万能】持ちの1レベルだぜ? それでもいいのかい?」
まさか【万能】持ちだったとは。しかも一レベルだと!?
【万能】は非常に有効だが、反面獲得後の成長を阻むスキルだ。つまり、どの段階で得たかによって対象者のレベルは違う。もっとも、歳を取ってから【万能】を得たって話は聞いた事が無いから、若年層の低レベルだけに留まる筈だ。しかし、自分からそれを暴露するとは変わったヤツだな。
「――今のは聞かなかった事にしろ!」
案の定、ベルナベルは手の平を返し、新入りから立ち去っていった。残された新入りは呆然と立ち竦む――かと思えば、仕方ないなあと言った感じの表情で苦笑いだ。
――覚悟の上だったって訳か
俺は、この新入りに興味を持った。
とは言っても常に観察し続けるって訳じゃあ勿論ない。機会があれば――例えばそう、今回のように酒場にいて、たまたま見かけたら注目する。それくらいの興味だ。
それがまさか、あんな事になろうとは、この時の俺は夢にも思わなかったんだ。
――――――――
『北北東に出現した迷宮の調査 条件:Cランク以上かつ5人以上のパーティーである事』
大反乱が近くなると、今まで姿を見せていなかった迷宮が出現する事が増えるという。
冒険者なら、一度はそんな噂を耳にした事があるだろう。未知の迷宮。それは冒険者には甘美に聞こえる魔法の言葉だ。大反乱は嫌だが、前人未踏の迷宮が増えるのは有り難い。それはきっと、俺達冒険者の共通認識に違いない。
俺達はその依頼を引き受けた。
迷宮自体は生まれたばかりなのか、そこまで難易度も高くはなく、念入りに準備したお陰もあって順調に進んだ。厄介な罠もあったが、ウチにはトビーと言う腕利きのスカウトがいる。難なく、とまでは言わないが、無事に対処出来ていた。
最奥のボスは牛人というでかい戦斧を振り回す凶悪な魔物だった。
幸いにも、最奥の部屋からは出て来られないようで、戦っちゃあ逃げてを繰り返す事で倒す事にも成功した。その奥にあるお宝も手に入れた。
順風満帆だったんだ。そう、この時までは。
――――――――
迷宮からの帰り道。件の迷宮と行き来するには、どうしても北の樹海の端を通らなければならない。行きは特に問題も無く通過した。だから帰りも特に気にしてはいなかったんだ。だからって別に軽視したって訳じゃない。普段よりは慎重に進んだし、周囲の警戒も怠ってはいなかった。だと言うのに…
「デジレ拙いぞ、囲まれてる!」
「何だって!? なぜ、もっと早く気付かなかった!?」
「巧妙だったんだ。もの凄い広範囲から徐々に距離を詰めて来やがった。気が付いた時には手遅れだった」
「待て、私はそんな統率の取れた魔物がいるなんて聞いた事がないぞ」
「だが、囲まれたのは事実だ」
「それじゃあ…。いや、まさかそんな…」
「何だ、何か気付いたなら周知しろよ」
「…大反乱の影響で進化したリーダーが現れたのかもしれない」
「何だって!?」
大反乱時には、それまで見た事も無いような魔物が出現すると言う。しかも、ソイツが多くの魔物を率いて人間を襲うというのだ。
「まさか、これがそうなのか?」
そう呟いたウグスの視線の先にいたのは――
「ヤー、ヤー!」
痩せた子鬼――ゴブリンだった。
――――――――
信じられなかった。本当にこれがゴブリンなのか。そう思うほど、組織立った動きをして来る。そう、これではまるで騎士団ではないか。
「ぐあっ!」
「トビー!? 大丈夫か、トビー!」
「ウグス、トビーを中へ! トビー、自分で応急処置出来るか!?」
「だ、大丈夫だ。終わったら参加する、持ちこたえてくれ!」
「聞こえたな! みんな、気合い入れろよ!」
「「「おう!」」」
しかし、気合いだけではどうにもならない事は多い。特に窮地にある時はそうだ。
「くそっ! なんでゴブリンなんかに!」
「迷宮を踏破したんだぞ! やっとBランクになれるんだ!」
「そうだ! 俺達は迷宮のボスだって倒してきた!」
そうだ。確かに倒した。しかし、それは胸を張って言える戦い方だっただろうか。危なくなったら逃げ、態勢が整ったら攻めた。それは卑怯な戦い方ではなかったか。
「そんな事はない…。俺達は騎士じゃない、冒険者だ。冒険者には冒険者の流儀がある!」
そんなものに拘るなら、初めから騎士になればいい!
だが、この現実はどうだ。たかがゴブリン。それなりの得物さえあれば唯の村人でさえ倒せる魔物だ。そのゴブリンに圧倒されている。自分達はその程度の実力なのだ。
――まずい、心が折れかかっている
自覚してもなお、弱った心を押し返せない。それほどゴブリン共の攻撃は苛烈だった。
「なあ」
そんな時、パーティーの頭脳とも言うべき魔術師のエタンが背中から声をかけて来た。
「…なんだ」
声を出すのも億劫だったが、返事を返す。エタンは気の利かない男ではない。彼が今態々声をかけたという事は、それは必要な事なのだ。
「連中の圧力が減ってきたと思わないか?」
「そう言えば…」
先ほどまでは、こんな会話をする余裕すらなかった筈だ。
「奴らも無限に湧く訳じゃないって事か」
「ああ、いけるぞ」
「もうひと息だ、踏ん張れ! 全員で生きて返るぞ!」
「「「「おうっ!」」」」
そこから、俺達は徐々にゴブリン共を押し返し、ついには変異種らしき親玉を倒したのだった。
――――――――
皆、疲れ切っていたが、魔石などの回収を続ける。さすがにこれだけの数となると馬鹿に出来ない収穫になるのだ。
「おい、ウグス」
「何だい、デジレ」
「これ、お前か?」
「――分からない。必死だったんで覚えてないんだ」
「そうか」
俺達の視線の先。そこには喉や眉間などの急所を射貫かれたゴブリンの死体があった。それも山のように。
――どれも一撃か
たまたま中った訳じゃない。正確に射貫かれたその矢傷は射手の技量を窺わせるに充分だった。
――誰かに助けられた?
では誰に?
ゴブリン共の包囲網は広範囲に渡っていた筈だ。でなければトビーが気付かない筈がない。
射手が包囲網の中にいた筈はないのだ。いれば、いくら戦闘中でもそれと気付く。その範囲の外からこの射撃だ。
――そうだ。この射手の存在にはゴブリン共ですら気付いていなかった
それに気付き、周囲を遠くまで見渡した。しかし、当たり前だが、今更何も見付けられなかった。
――――――――
疲弊しながらもセブトラへと帰ってきた。このまま宿に直行したいが、ゴブリンの件を報告しない訳にもいかない。疲れた身体に鞭を打って、ギルドへと向かった。
――ギイィ
軋む扉を開けて中に入ると、俺の目に入ったのは一人の冒険者の背中だった。
あの時の新入りだ。長弓を背に担いでいるのですぐに分かった。
「――はい。では、薬草の採取依頼完遂です。お疲れ様でした」
「ありがと」
そう言って新入りは踵を返すと出て行った。何となく、その背を追うと…
――矢筒が空?
新入りの腰にある三つの矢筒がどれも空になっていた事に気が付いた。
それはおかしい。先ほど受付嬢が薬草の採取依頼を完遂したと言っていたではないか。勿論その途中で魔物に襲われて撃退するのに使った可能性はある。しかし、薬草採取に矢筒三つは使わない。では、なにで使ったのか。
――まさか
「おい、デジレ。何をぼーっと突っ立てるんだ」
俺のすぐ後ろにいたゴーチェが急かす。だが、俺は彼の背から目が離せなかった。頭の中を目まぐるしく様々な情報が浮かんでは消えていく。
―襲われたんで、返り討ちに
―よほど正確に急所を通さないとダメージにならない
―長弓と呼ばれる、普通の冒険者なら選ばないサイズの弓
―あそこは弓師や猟師が集まる国だから腕のいいのが多い
――アイツだ、間違いない。
俺は確信した。
「俺達は冒険者だ。そうだな?」
「あ? ああ、そうだ」
「冒険者はな、義理堅いんだ」
強いだけの奴は早死にする。生き残るのは――
「義理堅くなくちゃ生きていけない。生き残れないんだよ」
――人との繋がりを大事にする奴だ。
「借りは返す。命の借りは命を以て返すのが冒険者の流儀だ」
「……?」
仲間が戸惑った顔をしていた。彼らを放っておいて、俺はそのまま受付に向かう。
「済まないマリエット。今の彼、なんて名前だい?」
「あ、こんにちはデジレさん。ああ、あの人ですか? 彼は――」
仲間達には、後で語って聞かせるとしよう。
俺達の恩人の名を。
あらすじにも書きましたが、 近いうちに投稿する連載の外伝?的なお話です。