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書簡  作者: いちはつ
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ハゼ

しんあいなるフェリクスさま


お手紙うれしくはいけんいたしました。

おへんじを書こうとして気づいたのですが、お手紙の書き出しってむずかしいですわね。いつもおなじになってしまいます。アガタさまにおたよりするときも、いつも「お元気ですか、私は元気です」からはじめることになってしまって、なにかほかにいい書き出しがないものかかんがえてしまいますわ。


しゅうかく祭には一度出たことがありますわ。村のお祭りでしたから小ぢんまりとしていましたけれど、みんなでおいしいものを食べて、火をたいて、お祈りをしました。それから子供も大人も手をつないで、大きな丸を作って火を囲んで、歌いながら火の回りをぐるぐる回りますの。せいれいにおどりをじゅう分楽しんでいただけましたら、次の年もまた来ていただけるのですって。


まえのおたよりのあと、すこしお天気がよくなったので海べへ行きましたの。時間によってしおの高さがちがいますのよ。しおがみちているときには何も見えないのですけれど、しおがひくとたくさん生きものがあらわれました。おんなじ海べでも、場所によって生きものがちがいますの。


さいきんのお気に入りは、ひがたという、どろが多いところにいるトビハゼというお魚です。お魚ですのに、どろの上を歩きますのよ。ふつうのお魚は水の中でしかいきができないでしょう?でもトビハゼは、はだでいきをするからだいじょうぶなんですって。

足がないのにどうやって歩くのかしら、と思ったら、むなびれでじょうずに歩いていましたわ。目が大きくて、きょろきょろしていますの。近づくと大きな目をきょろっとうごかして、はねながらにげて行ってしまいました。ですからこわがらせないようにそっと近づいて、じっとまっていましたらまた来てくれましたわ。


しおがひくと岩場には、しおだまりという水たまりができます。しおだまりの生きものはみんなうまくかくれていて、ちょっと見ただけでは何もいないように見えるのですけれど、しばらく見ているとたくさんの生きものが見えてきますの。トビハゼとよくにたお魚もたくさんいましたわ。トビハゼとはちがって、水の中から出てはきませんけれど。あなの中からかおだけ出して、みなもにかげがかかるとさっとにげてしまいますの。

大きさもさまざまで、私の小指より小さなものから、お父さまの中指よりながいものもいます。でもみんな目がきょろきょろしていて、とてもかわいらしいですわ。


このお手紙にそえた絵のほかにも、たくさんスケッチしましたの。こんどお会いするときにお見せしますわね。


それでは、お元気で。

かしこ

イリス


***************


拝啓

秋冷の候いかがお過ごしでしょうか


手紙の始め方か、確かに難しいね。正式にはこういう始め方をするみたいだよ。最初に季節のあいさつをいれるから、毎回違う書き出しができるようにはなっているんだ。ただ、固くなってしまう上に、そのあとの文章の続け方が決まっているから、結局いつも同じような手紙を書くことになっちゃうね。


さっき殿下の家庭教師に会ったんだけど、最近古典をよくお読みなるんです、と喜んでいたよ。それというのも、君からの手紙を読んで、殿下にトビハゼを紹介してあげたからなんだ。なんでトビハゼと古典、と思うだろう?実は昔の哲学者に世界の生物を詳しく調査した人がいてね、特に魚類については詳細に観察しているんだ。そのことをちょっと教えてあげたんだよ。そしたらあっという間に図書室に飛んで行っちゃった。だから読んでるとは言っても、殿下が血眼になって探しているのは魚類の記述だ。家庭教師にとっては残念なことだろうけれど、霊魂に関する深遠な議論なんかは読み飛ばしているようだね。

ともあれ、殿下は今や立派な魚類少年だ。少し前まで昆虫少年だったのにね。こんなに流されやすくて大丈夫かな、と思う。トビハゼを飼いたいとまで言い始めた。海水を用意するのは面倒だなと思って陛下に相談してみたら、何でも良いから生きものを与えておけ、って言うんで、なぜか鳥を飼うことになったよ。ヨウムという灰色の鳥で、大人になると人間の大人の膝くらいの高さになるらしいんだ。

このヨウムもまた厄介な存在でね、殿下よりもアガタ様や私の方になついてしまったものだから、殿下はすっかりご立腹だ。なつかない原因は簡単なんだけどね。ヨウムが遊びたがって甘えてきた時に、殿下はそっぽをむいてしまうんだ。甘やかすのはよくないって殿下は主張するんだけれど、今はまだ子供だしとても甘えたがりだから、ほどほどに遊んであげないとかわいそうだ。アガタ様や私はそう思って遊んであげているから、ヨウムの方もなつくんだけど。君にとってはきっと良い友達になると思うよ。王都に帰ってきたときは、会いにおいで。


海には誰かと一緒に行っているの?波にさらわれたら大変だから、大人と一緒に行くようにね。君のスケッチブックを見る日を、私も殿下も楽しみにしているよ。

ああそれから、手紙をまじめな言葉で始めたときは、次の言葉で締めるんだ。


敬具

フェリクス


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