キツネ
親愛なる小さなレディ
体の具合はいかがですか。無事王都に帰ってきたよ。こちらは皆元気です。
昨日はアガタ様のお父上が開いた舞踏会に行ってきた。アガタ様のお誕生日で社交界デビューのパーティーだったから、殿下と一緒にお祝いを言ってきたんだ。殿下はアガタ様とそれはそれは嬉しそうに踊っていらしたよ。生真面目な顔を装っていらっしゃったけど、口の端が少しばかり緩んでいたね。怒られるだろうから、本人には言わないけれど。私も一曲お相手いただいたんだけど、そのあとで殿下に怒られたよ。なんでお前が踊るんだ、おとなしく護衛に徹しろ、ってね。社交界にデビューした令嬢への礼儀じゃないか、と反論したいところだけれど、余計怒らせるだけだから内緒だ。
アガタ様に、君が病み上がりだというのにミノムシになって遊んでいるとお伝えしたら、あきれていらっしゃったよ。でもミノムシになって遊べるくらい回復しているということで、安心なさったみたいだ。そろそろお手紙いただけるころかしら、って楽しみにしていらした。もう書いたかもしれないけれど、お手紙送って差し上げてね。私の分は後回しでも良いから。アガタ様がご機嫌だと、殿下もご機嫌で、私の仕事も楽なんだ。
同封したのは、最近王都で流行っている寓話集だ。お話自体は君も知っているかもしれないけれど、挿絵を刷新したとかで評判になっているんだ。生きものがたくさん出てくるから楽しめると思うよ。
実を言うと、君が本に夢中になってしまってちゃんと休まないんじゃないかと思って、贈るのをやめようかと思ったんだ。でも家の中で過ごせる何かを用意しないと、脱走を図るんじゃないかと思って、やっぱり贈ることにした。最近そちらから来た人から、まだ雪が残っていると聞いたよ。イリスは雪が好きみたいだから、雪だるまでも作りたがるんじゃないかと心配している。今年の冬はあきらめて、家の中に楽しみを見つけなきゃね。
まだまだ寒い日が続くだろうから、病気がぶり返さないように、やんちゃせずゆっくり休むんだよ。
フェリクス
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親愛なるフェリクス様
お手紙とご本をありがとう。でも、私、やんちゃなんていたしませんわ!
この間ミノムシになってしまったのだって、遊んでいたのではありませんのよ。あたたかい恰好をしようと思ったら、私に対してショールが大きすぎて、からまってしまいましたの。ショールが大きかったの。私が小さいのではなくてよ。大切なことですから、お間違いのなきよう。
フェリクス様がお帰りになってからもすてきな雪の日が続いたのですけれど、雪だるまも雪合戦も、ちゃんとがまんしましたわ。良い子にしていたおかげで、このごろやっとお外に出る許可が出ましたの。と言っても天気が良い日に10分だけですけれど。
我ながらよくがまんしたと思いますわ。一日一日と暖かくなって、雪の下から妖精のような花が現れる季節ですもの。昨年はお父様とご一緒して、春の妖精と呼ばれる花々を見に行きましたのに、今年はそれもできませんわ。昨年のスケッチブックを見返して、すこしさみしい気持ちです。
ご本とお手紙の中身を聞いて、お父様が大笑いしていました。お父様も同じ理由で、私の枕の横にたくさん本をつんでいるのです。フェリクス様はイリスのことをよくわかっていらっしゃる、とお父様はおっしゃいますけれど、私はしゃくぜんといたしませんわ。
それにしても、お話の中でキツネはいつもずるがしこく策をめぐらす役目なのですね。そして最後にはこらしめられたり、笑われたりしてしまうのですわ。私はわりとキツネという生きものが好きなので、少しばかりさみしいですわ。夏のキツネは細いですけれど、冬の間は毛がふわふわに生え変わって、真ん丸になりますの。そこに雪がふりかかるところなんか、とても愛らしいすがたですのに、どうしてそんな役どころなのでしょう。園丁のおじさまにそうお話ししたら、キツネは庭の鶏を器用に盗み出したりするから、そんな役割なんじゃないかと言っていました。
アガタ様には、お祝いを申しあげないとですわね。殿下とももちろん踊ってらしたのですよね? アガタ様、むかし私へのお手紙でこっそり言ってらしたのよ。デビューの時に殿下が踊ってくださるかしら、踊ってくださったらうれしいわって。殿下には秘密にしておいてくださいませ。デビューの時に思い人と踊るのは、乙女のあこがれというものらしいですわ。私にはよくわかりませんと申し上げましたら、あなたにもいつかわかるわ、と言ってらしたわ。そういうものなのでしょうか。
あら、侍女のモニカに早く寝なさいと怒られてしまいましたわ。ずっと寝込んでいておもしろい生きものも見つけられていないことですし、今回はこのあたりで筆をおきますわ。
それでは、ごきげんよう(この終わり方、優雅ではなくて?)
かしこ
イリス